困惑
「くそっ、なんだってこんな事に・・」
毒づいても毒づいても毒が溢れてくる。
森林の中を駆けながら恨み辛みばかりが口から溢れてくる。
「まだ死ねない。まだ死んでやらない。絶対に生き延びてやる」
そう呟きながら後ろを振り返り、事の発端となった人物を見据える。
中肉中背、この辺りでは珍しい黒髪をした青年。
彼は今、私の兄を背負いながら私の後ろを追走している。
そもそも今日は出だしからツイていなかった。
食料確保のために商店の倉庫に忍び込むまでは良かったが、まさかそのタイミングで商店の主人が忘れ物を取りに戻るだなんて有り得るのだろうか?
いくつかの食料を懐に入れて逃げ出したまでは良かったんだが。。。
私は今一度後ろを振り返り男を睨み付ける。
アイツのせいでその食料も散財し、挙げ句の果てには街の入口で偶然にも巡回から戻った重装兵に出くわすなんて。
彼等は私達の素性をアッサリと見破り、一切の躊躇もなく攻撃を仕掛けてきた。
兄さんがとっさに庇ってくれなかったら脚の一本は吹き飛ばされていたかもしれない。
それ程までに容赦なく無慈悲な攻撃だった。
そんなにアイツ等は私達が憎いというのだろうか。
そんなに私達が悪いというのだろうか。
唇の端から血が流れる。
私はこんなところで絶対に死なない、殺されてなんてやるもんか。
そんな真っ黒な思考にとらわれていた時、後方から情けない声が掛けられる。
「おーい、何処まで行くんだ?ここまで距離を離せば十分の様な気がするんだけど」
振り返ると私の兄を背負った男が息を切らしながら両膝に手をついていた。
確かに思考に没頭するあまり随分無駄な距離を走ってしまったみたいだが。。。
そもそもコイツにさえ出会わなければ、こんなに鬱陶しい事態にはならなかったんじゃないか?
八つ当たりと理解しつつも感情を抑えきれずにキツイ言葉を発してしまう。
「うるさい奴だ。アンタが好き勝手に暴れてくれたおかげでアタシ達はとんだ災難だ。そもそもアンタ一体何者なんだ?人の盗みを邪魔したかと思えば重装兵相手に大立ち回りしやがって。金が目的って訳でも無さそうだし」
男は私の話を聞いて、困ったように頬をかきながらヘラヘラしている。
その煮え切らない態度が益々私を加速させる。
「何をヘラヘラしてんだか。気色悪い。もういいよ、取り敢えず兄さんを下ろしてアンタはさっさとどっかに行っちまえ」
男は少し悩んだような素振りを見せると背中に背負っていた兄をゆっくりと地面に横たえて、背中を向けて歩き去っていった。なんだか去り際にブツブツと言っていたが正直どうでも良かった。あの様子なら私達が此処に逃げた事を吹聴しそうにもないしな。
私は兄を背負うと逃げてきた道を少し戻り脇道に入る。
今の私達にはマトモな家なんか無いけど、兄と一緒に慣れない大工作業をして作り上げた小さな小屋がある。もちろんここが街外れとは言え、そんな物が森の中にあれば目立って仕方ないだろうが、今の所は見つかる事もなく今後も見つかる可能性は低いだろう。
この森には沼地が多く存在していて、取り分け大きいモノになると森を分担してしまう程の大きさになる。結論から言うと、私達の小屋は今の私が居る位置から途轍もなく大きな沼地を超えた場所にある。そこに辿り着く為には、木の蔦を握り渡るという曲芸じみた芸当が必要となり、背負う荷物や天候によって握る蔦を変えるという何とも面倒くさい判断が必要となる。っと何とか兄を背負ったまま飛び越える事が出来た。
もしも予備知識も無しで大沼を越えようものなら
「あぁぁっぁ~~~」
この様に大沼に落ちてもがく事になる。
先程、背中を向けて去ったと思った青年が沼地に落っこちてあっぷあっぷしている。
呆れながらその光景を観察していると、背中で呻き声が聞こえる。
「うぅっ、ここは一体?」
兄さんは未だ頭痛がするのか、頭を抑えながら私の背中からゆっくりと降りる。
「覚えてない?私達は街から出た途端に重装兵に見つかって、いきなりドカンと吹き飛ばされたのよ。兄さん、体は大丈夫?」
兄は自分の腕を上下左右に振り、感覚を確かめた後に
「うん、所々痛むけど骨までは達していないようだよ」
それを聞いて私はホッと一息つく。
兄さんはこの世界で唯一の私の味方だ。
「あぁ~、お~~ぃ、そこのおふたりさぁ~ん」
感慨深い思いを一瞬で消し去ってくれた情けない声に目をやると、馬鹿な男はもう口の半分まで泥に沈んでしまっていた。
「あれは一体何だい?」
兄さんが馬鹿を指差して問い掛けてくるので、私は足元に転がっている枯れ木を馬鹿に向けて放り投げつつ、今までの経緯を説明する。枯れ木を投げるたびにあっぷあっぷする馬鹿を見るのが少し楽しかったのだが、事情を理解した兄はすぐに大きな木片を投げて、馬鹿を大沼から救出してしまうのでした。
〇 〇 〇
「この度は誠にご迷惑をお掛けしました」
青年はそう言って私たちの前で土下座している。
ヤバイ、ちょっと泣いてやがる。
兄は一体どうやって声を掛けたものかと迷っている様子だったので、出来の良い妹としてはその助けになるべく、土下座している青年を足蹴にしてみた。
「グハァッ!!」
たかが脳天にカカトを落としただけなのに随分大げさに痛がる奴だな。
「こらっ、お前はまたそんな乱暴な事を、少しは淑やかにしろと常日頃から言ってあるだろ」
何故、私が兄から怒られなければならないのだろうか。
ふつふつと湧いてきた怒りを、またしても目の前に青年にぶつけてくれようかと考えたその時
「俺達の事を助けてくれた事には感謝する。何一つとして返してやれるものが無いんだけど、それは君が勝手に助けたという事で大目に見て欲しい。君が一体どうしてこんな事をするのか知らないが、この場所は比較的安全というだけで絶対は保証出来ない。さっさとこの場所から去るべきだ。それと恩人に対して重ね重ね申し訳ないんだが、この場所の事は他言無用で願いたい。これは君の為でもあることだ、俺達と共にいた事が露見すれば君もタダでは済まない」
兄は強い眼差しで青年に忠告する。
確かに兄の言葉は正しい。私達兄妹は一緒に居るところが見られるだけで烙印を押される存在だ。
またしても胸の奥がモヤモヤし頭痛がする。
青年は兄の言葉を受け、さっきまでの馬鹿面が嘘のように真面目な顔で私達を見ている。
一体何だっていうんだコイツ?
ちょっとムカついたので、一発お見舞いしてやろうかと思ったその時に青年は言った。
「僕が君達の力になるよ。大した事は出来ないけどね。だから教えてくれないか?君達が救われない理由を」