邂逅
「泥棒だぁ!誰かソイツを捕まえてくれ!」
僕がこの街に着いて聞こえてきた第一声がそんな言葉だった。
自分自身厄介事を自然と引き寄せる特性を持つとは言え、いくらなんでも早すぎるだろうと思う。
この街は長年高慢な政府による圧政に苦しんでいたが、つい最近現れた『英雄』とやらのお陰で風潮が一新。発展途上国として近隣国家にその名を轟かせていると噂を聞いていた。
それでも都市に巣食う闇は決して消える事は無い。
きっとこれはそういう事なんだろう。
僕はそんなくだらない事を考えながら大通りから路地裏に歩みを向ける。
案の定、そこには盗人と思われる黒い影が足取り軽く屋根を飛び跳ねているのが確認できた。
外見は黒装束で覆われている為、顔は確認出来ないけど体つきは随分小柄に見える。
溜息一つ、僕は腰に下げた剣を鞘ごとベルトから外し黒い影に投げつける。
「アゥッ!」
僕の投げた剣は見事に黒装束に命中し、その身を路地裏に落とす。
ゆっくりと僕はその影に近づき、投げ放った剣を拾いながら言葉をかける。
「盗みはあまり感心しないなぁ」
僕の言葉を受けた黒装束は顔を覆っていたフードを脱ぎ捨てて、鋭い眼光で言い放つ
「邪魔すんなよ!何なんだテメーは!!」
盗人はまだ幼さの残る少女だった。
僕にはそんな事よりもその少女の眼光があまりにも獣じみていた事に驚きを隠せなかった。
僕はこの眼をしている類の人間を良く知っているから。
僕が驚きに硬直している間に盗人の少女は体制を立て直し、鋭い蹴りを放ってくる。
「グハッ!」
油断大敵、腹部にマトモにめり込んだ襲撃に一瞬呼吸が止まる。
その隙に少女は僕の横を通り抜けて路地を駆ける。
「待てっ!君はどうして、、」
声を上げた僕の首筋に鋭利な刃物が当てられる。
「貴様、正義面するのは結構だが俺達の邪魔をすれば命は無い物と思え」
背後から若い男の声が聞こえる。
これまた失敗したな。二人組だとは考えもしなかった。
男はそれだけ言い残すと颯爽と少女の後を追う。
僕が呼吸を整え服についた汚れを払っていると、ようやく被害者と思われる主人が兵士を引き連れて追いついてきた。
彼らは僕を見て声高にこう告げる。
「盗人め、やっと観念したか。大人しくお縄につくんだな」
僕の足元には盗人の少女の袂から溢れた食品らしきものが散乱していた。
これはとんだ災難だな。弁解の余地もなく連行される僕。
はやくも二度目のため息が溢れる。
〇 〇 〇
そう云う経緯もあって現在、2人の兵士に囲まれて連行されているという訳なんだが、
何も大通りの真ん中を歩く事はないんじゃないだろうかと切に思っているわけで。
『見せしめ』という意味では効果があるのかもしれないが、住民にとってこれは恐怖政治と捉えられかねない。
そんな事を危惧しながら辺りを見回すと、僕の考えとは裏腹に住民たちは一様に兵士を尊敬の眼差しで見つめている。
またしても僕は大きな勘違いをしていた様だ。
この街では正義と悪の境がハッキリと出来ていてなお、いき過ぎた淘汰が存在しない。
住民とってはなんて優しい世界なんだろうか、この都市が急速に発展した理由も分かるというものだ。
都市というものは人が居てこそ繁栄する。
人が居てこその都市で、ここまで見事に勧善懲悪の風潮を醸し出す事は容易い事ではない。
僕が胸の内でこの街の統治者に感嘆の念を抱いていた時にそれは起こった。
街の入口付近、ちょうど僕が先ほど通ってきた辺りで爆発音が上がり、黒煙が立ちのぼった。
突然の事態に動揺しパニックになる住民たち。
僕を連行している兵士たちも突然の事態に硬直してしまっている。
『何をしているんだコイツ等は』と思いながら、僕は押さえ付けられていた腕を振るい兵士の拘束から抜け出し、もう一人の兵士を体当たりで突き飛ばし一目散に爆心地に駆ける。
幸い物理的に手錠等で拘束されていた訳では無かったので、恐慌する住民たちの合間を縫う様に駆ける事で兵士たちを置き去りにする事が出来た。
爆心地が近づき、ぼんやりと黒煙の向こうに人影が確認できた。
爆心地で僕が目にしたのは、先程、僕に濡れ衣を着せてくれた黒装束の2人組とそれを取り囲む重装兵が5人。
黒装束の一人が倒れているところを見ると、先の爆発を起こしたのは重装兵の可能性が高い。
彼等は有事の際に備えて火薬を筒状の入物に詰めて携帯していると聞いた事がある。
しかし、火薬筒の用途は主に緊急時の連絡用と聞いたはずだけど、たかが盗人にそこまでする必要性がどこにあるというのだろう。
更に現場に近づいた僕の耳に重装兵の声が聞こえる。
「見つけたぞ、忌まわしき血を引いた子供達よ。まさかこんな所で発見できるとは、これも救世主様の加護か。その様な装束で姿を隠したつもりだろうが、この街で貴様ら以外にこの様な場所で蛮行に及ぶ人間が居ようはずもない。我らが恒久的な平和の為にその命、この場で貰い受ける」
忌まわしき血?恒久的な平和?一体何の事だかさっぱり分からないが、重装兵が黒装束の2人をこの場で始末しようとしている事だけは十分に理解出来た。
それに彼等に近づいた事で分かった事だが、倒れている方の黒装束が僕に刃物を突き立ててくれた男の方で、その男を庇うように立っているのが先の少女だろう。
少女は気丈にも重装兵に吠える。
「…ふざけんな!!誰がお前達なんかに殺されてやるもんか!!お前達のせいでアタシ達は全てを失ったんだ。絶対忘れない、絶対にゆるさねぇ!!」
あぁ、、、やっぱりその目をするんだ。
獣のように鋭く、世界から淘汰されてなお生きる道を選んだ、決して報われない者特有の眼差し。
少女の言葉に耳を貸す事も無く、重装兵は無慈悲にも腰に下げた剣を抜き放ち振り下ろす。
その刹那の間に僕は懐から取り出した煙幕を重装兵に投げ付ける。
備えあれば憂いなし、僕の様な生き方をする人間は常日頃から十分な用意はしておくべきだ。
立ち上った煙に重装兵がひるんだ隙に、彼の手に握られていた剣を奪い、面兜を強打する。剣の腹とはいえ鋼の塊同士が鼻先で衝突すれば、それだけで人が昏倒するほどの衝撃を生む。
僕は体を低くし、残りの重装兵も同様のやり方で無効化する。
次に、倒れている黒装束の男の容態を確認する、
大丈夫。目立った外傷も無ければ息もある。
恐らく爆発の余波で昏倒しているだけだろう。
急ぎ黒装束の男を背中に背負い、阿呆みたいにポカンとしているもう一人の黒装束を急かす。
「どっちに逃げればいいい?」
「あっ!アンタさっきの・・・」
「ごめん、時間が惜しいんだ。とりあえずどっちに行けばいいのか教えてくれ」
「・・・付いてきて」
渋々ながら黒装束の少女は街と反対方向に駆け出す。
僕はその後を駆け足で追いながら考えを巡らす。
先の重装兵達が放った言葉。
忌まわしき血、恒久的な平和
どうやら今回も僕はこんな厄介な人間を見つけてしまったようだよ。
君は呆れるだろうね。
ふと遠い昔に出会った人の面影を思い出す。
まぁそれにしてもこの先どうしたものか。