真冬のダンス
喧騒が吹き荒れる雪を溶かす。
渦巻く男たち声の中心にいるのは、二人の男。それぞれ思い思いの武器と、それぞれ「北」「南」と書かれた札を携えて対面している。決闘だ。
このときだけは、雪に包囲された人々も冷天と貧窮の支配から逃れ、在りし日と同じように資本と暴力に隷属する。獣じみた衝動は、人類は神のいない世界に置き去りにされたことを忘れさせてくれる。
文明が失われ、人々は変わった。数百年降り続ける雪は神の不在をありありと見せ付けてくるから。
変わらないのはさびた鉄骨の間を吹き抜ける寒風のにおいだけ。いつもどおり、ガスまじりの風が無表情に少年の頬をかすめていく。その首にかけた「南」の札が風に踊って軽い音を立てた。
彼は中心に陣取る男たちの片割れ。決闘の参加者なのだ。
「お前が相手なのか? 珍しいな」
少年は、対戦相手の男を見て、言った。
「北」の対戦相手は、軽く見積もって少年の三倍程度の体積があるが、珍しいと表現したのはそこではない。上等そうなワインレッドのスーツを身にまとっているが、B級遺物《対物解析ゴーグル》を介して見るまでもなく、サイバネ義肢使用者か、アンドロイドだと判断できる。それも戦闘用に調整されている。上物だ。それが、大男を珍しいと称した理由だった。
「オッズは北が八倍だぜ! さぁ、賭けた賭けた!」
吹き付ける雪に負けない大声で胴元が叫ぶと、労働者たちはこぞって賭け札を買い取っていく。
北の大男は上機嫌に吠えた。
「お前みてェなチビガキじゃあ、盛り上がりにかけるんだよォ! これは、ショウ・ビジネス! より派手に! 思い切り良く! 相手をぶち殺してこそだ! けどテメェ! なんだそのナリはよォ! これじゃあ丸っきり弱いものイジメみてェじゃねェか!」
大男は品のない笑みを浮かべ、誇示するように体を揺すると、ガチャガチャと金属同士が擦れ合い、耳障りな歌を吐く。それを合図に、賭け札を握りしめた労働者たちは、血走った目でいっせいに歓喜の声を上げる。
「意見が合ったな」
北風が、「南」の少年の耳元でビュウビュウと虚しい悲鳴を上げる。
「お前のような一山いくらの粗大ゴミをスクラップにしたとして、それで盛り上がるとも思えない。……まあ遺物屋とサイバネ屋の肥やしくらいにはなるか」
言い返す「南」の少年は無表情。大男が青筋の浮かび上がった顔で力むと、スーツが弾け飛ぶ。
「言うじゃねェか、ガキィ!」
荒天の下、鋼の肉体が剥き出しになると、モーターが唸りを上げ、火花を散らしながら、少年の体躯を一息で握りつぶせそうなほど巨大なマニュピレーターが出現し、蠢いた。その数、四。圧倒的暴威とともに立ちふさがるその姿はまさに鋼の千手観音である。
「こいつはやるかもしれねえ!」「いいぞォ! やっちまえ!」「ぶち殺せ!」観客から野次が飛んだ。
しかし、相対する少年は、大男の威圧する姿にも、うなぎのぼりに盛り上がる観衆にも気圧されることなく、淡々とリボルバーに弾を装填し、構え、そして、尋ねた。
「一応、名前くらいは聞いといてやるよ。それだけのナリってことは他所のギルドで相当儲けたんだろ?」
少年の黒い瞳が大男を見る。刹那、大男の、エンジンで暖まっていたはずの体が、小さく震える。大男の心の奥底にある生身の部分が、一気に粟立った。
感じた寒気が武者震いでないということがわからないほど、大男ものぼせ上がっているわけでも、うぶなわけでもなかった。
北の大男は察した。敵対する少年は、一筋縄で行かない手練であり――『能力者』だと。
「……クレバス」
「北」の大男は名乗る。少年に促されるままに。自身が培ってきた勘と、研ぎ澄ましてきた魂が、少年を一流の戦士と認めたのだ。
大男は腹の底から捻り出すような声で名乗り、そして己の世界から、己自身と、相対する少年以外の姿が――雪の音や風さえも消える。己の集中力が極限まで研ぎ澄まされている証拠だ。クレバスと名乗った大男は、四つ腕を構えた。
「カストル・ポルックス――《糖酔/シュガー・ハイ》と呼ぶ奴もいる」
クレバスと名乗った大男に応え、少年もまた名乗ると、戦慄が大男の中を駆け抜ける。
――こいつ、二つ名持ちか。
「互いに自己紹介も終わったようだね」
すると、見計らったかのように、人の波を割り、履帯の車椅子が現れた。そこに座るのは、灰色の髪を後ろに撫で付けた小柄な老女。その手には緑髪の天使をあしらった鐘がある。
「どちらかがノックアウトされるか、降参するまで戦ってもらう。ルールはそれだけだ。殺しは可能な限り避けるように。そして、賭もここで打ち切らせてもらう。野郎どもの参加と、緑の天使の恵みに感謝するよ」
会場が沸き立つ。同時に、高く響くようなゴングが鳴る。それが合図だった。
ガスの匂いに焼き菓子の甘い匂いがほのかに混じると、雪上にて二人の戦士が激突した。