第一幕 「毒ガス・テロの真犯人」
告
愚作は虚構小説であり、登場する一切の固有名詞は、現実と無関係でありますが、読者諸姉諸兄のご想像はご随意にお任せします。
小生の戯作を大いにお楽しみ下されば幸いでございます。
ペンスピナー 麻咲イチロウの事件簿:メーソンの野望
(一)
人間は元来、不明なものを恐れる生き物である。であるから、科学者達は多くの謎を解き明かし、文明を発展させてきた。現代においては、もはや不明なものなどないとの錯覚の上に、多くの者が安住している。特に都会は、斯くなる慢心が跋扈する世界と言えよう。
西暦二〇〇六年四月末のこと。
深夜、都内の出版社の編集室に、一人の女が、何の恐怖も持たずに入ってきたのも、文明への過大な信頼故だろうか。
遺失物を探している様子の彼女が、背後に某かの気配を感じ、誰か居るのか、と呼びかけたのもまた、居たとしてもそれは人間であるとの思い込み故であったのだろう。
何者かが蠢くような物音に混じり、幽かに唸るような声も聞こえる。彼女の凝らされた目は、その何者かを未だ捉えられずにいた。
そのとき、彼女は漸く気付いた。確かに、それが人間であるならば、その何者かが居るのは彼女の目線の範囲に限られよう。しかし、人間でなければ?そう。「頭上」でも有り得るのだ。
彼女は目線を、おずおずと頭上に向け始めた。
そんな筈はない。人間以外のものが、この都会に居るわけがない。彼女は懸命に自らに説いた。
しかし、彼女の視界に入った「それ」は、その虚ろなる期待を裏切るものであったのだ。
想像を絶する異形。肌は飽くまで白く、イグアナのような体躯であるが、足の多いところでは昆虫にも似、芋虫のような頭部からは人間のもののような歯茎と歯が突き出ているではないか。
叫び声を上げる彼女の目前に、怪獣は降り立つ。じりじりと迫り来る怪獣への恐怖に、終に彼女は気を失った。
怪獣がそのヌメヌメとした体躯を、女に向かって投げ出した、その時であった。
強烈な打撃が、怪獣を吹き飛ばしたのだ。
仰向けに倒れた怪獣の、幾本もの足を懸命にばたつかせる様は、この世の物とは思い能わぬ不気味さを放っている。
やがて怪獣はその奇怪な体を起こすと、自らを吹き飛ばした者に向き直った。
それは背広とコートに包まれた、日焼けした褐色の巨体。頬骨の張った、武骨なスキンヘッドの中年男が、疾風を纏っているかの如く凄まじい迫力を放っていたのである。
やがて彼の背後より、警官隊が姿を現した。スキンヘッドの男は、地を揺らすような重厚さと、紫電の如き鮮明さを併せ持つ声を発した。
「その人を避難させろ」
警官隊はこの言葉によって、気絶している女を運び出した。続いて男の声は、怪獣に向けられた。
「復活怪獣・ロイガー。きさまの企みは、ここで終わる」
斯く言われた怪獣=ロイガーは、身を起こし、数多い足を素早く動かして、男との距離を瞬く間に縮めた。ロイガーは鋭い爪を供えた最前の足を男に叩き付けんとしたが、男の強靭な左腕がこれを遮り、続いて男の右腕が鉄槌の如く、ロイガーの頭部を何度も打ち付けた。
ロイガーは身を翻すと、今度は空中から男に飛び掛る。すると男の足は蝦蛄の腕の如くに、飛来するロイガーを強烈に蹴りつけた。
天井に叩きつけられ、続いて地にその身を落としたロイガーに、男は言い放った。
「きさまに食い殺された多くの作家の無念を、今叩きつけてやる」
斯く言うと男は地を蹴り、宙を舞った。男の体躯は空中で翻りロイガーに跳び蹴りを加えたのだ。
その刹那、強い閃光と共にロイガーは大爆発を起こした。
舞い上がる粉塵の中から、男の巨体が立ち上がった。
「栄山隊長」
先程の警官隊が戻り来て、男=栄山猛に声を掛けた。
「女性を病院に搬送しました」
栄山は睨みを利かせると、斯く返す。
「正式に復職した訳じゃない」
「失礼しました、先任隊長。実は先程、ウォンタナ教の戦闘員を発見しました」
ウォンタナ教とは、十一年前に毒ガス・テロを行い、クーデターを目論んだカルト組織である。
「申し訳ありません。逃げられました」
「とすると、ロイガーを古代から復活させたのも、ウォンタナ教の仕業か」
「有り得ます。奴らも、怪獣をある程度操る技術を持っていますから」
一同が撤収するとき、夜が明け始めていた。夜明けが日を追って早くなりつつある時節であった。
(二)
所変わって、警察署の薄暗い署長室。署長と怪しげな男が同席している。
「我が兄弟よ、貴方の部下なら必ずロイガーを退治してくれると信じていました」
署長は険しい面持ちで、
「簡単に言わないでくれ。『特殊災害警備隊』は怪現象に立ち向かうスペシャリストだが、あんな化け物は想定外だ」
と返した。
「しかし結果として彼らはロイガーを倒した」
「栄山警視を呼び戻さなければ勝てなかった。彼は我々にとって、危険な存在なんだぞ」
「杞憂ですよ。たかが機動隊の一隊長に、我々『組織』の存在すら気付けますまい」
「だと良いのだが」
そのとき、ノックの音があった。
「入れ」
ドアが開き、開いた角度の分だけ天井と床に光の筋が描き出され、その奥から巨体が現れた。
「失礼します」
「ヤア栄山君。良くぞロイガーを倒してくれた。君なら成功すると信じていたよ。報酬は望む侭はずもう」
署長の後ろから、男が言葉を発する。
「署長、部下を易々と招き入れるのは感心しませんな」
「彼はただの部下ではない。彼には何度も助けられたし、今の私があるのは彼のお陰といえる。言うなれば友人だ」
栄山は口をはさむ。
「そして都合が悪くなれば首を切り、必要に迫られればまた呼び戻す。きっと都合の良い友人なんでしょうね」
うろたえる署長に、栄山が男について尋ねると、男自身が代わって答えた。
「先程の失礼にご容赦を。私は漫画家の尾根ミヤマと申しまして、署長の旧来の親友です。実は私の漫画家仲間が、ロイガーの犠牲になりまして。仲間の仇を討って下さり、ありがとうございました」
「こちらこそ、お話中失礼。実はその件で、署長にお願いがあります」
斯く言って栄山は署長に向き直った。
「今回の事件の調査を、最後まで私に一任して頂きたいのです」
「調査だと?」
署長と尾根は、互いの引き攣った顔を見合わせた。
「君はロイガーを倒した。これで事件は解決した筈ではないかね。」
栄山は署長の態度を怪訝に思いつつも、斯く返す。
「実は部下が現場で、ウォンタナ教の戦闘員を目撃したのです。今回の事件も、彼奴等が関与している可能性があります。この事件の調査を完遂させて頂きたい」
「アア、勿論だとも。君に身を引いてもらったのも、不本意のことなのだ。できることなら君を復職させてやりたいのだ」
栄山は厳しい面持ちの侭、唯簡単に失礼、とのみ言葉を添えて署長室を辞した。
「御覧なさい。ウォンタナ教の仕業だと思っていますよ」
「私の考えすぎだったやも分からんな」
「全ては我等の崇高な目的のためです」
(三)
栄山の直感が、彼に告げた。署長達が何かを隠している、と。それも、此度の事件に関わることだ。然し、それが何かは判然としなかった。
彼は警備隊の本部に辿り着いた。
白衣を着た隊員が、彼に歩み寄った。
「間違いありません。ロイガーは人為的に復活されたものです。現場から証拠が見つかりました」
そう言って彼が見せたものは、極めてシンプルなものだった。
牛の肉塊と、鶏の血液と、合成樹脂の塊であった。
「ロイガー復活の儀式に使われたと思われます。古典的な儀式ですが、高い魔導技術を要します。ウォンタナ教にこんな技術があるでしょうか」
栄山も首をかしげた。
「これら三つの道具の、入荷元は判るか?」
「合成樹脂は組成から比較的簡単に割り出せると思いますが、肉塊と血液はちょっと・・・」
「こんなこともあろうかと、以前、家畜の品種系統を、企業別にまとめておいたんだ」
そう言うと栄山はコンピューターを操作して、その画面を映し出した。
「すごい。流石は隊長です」
「伊達に育種学をかじってる訳じゃないからな。これに肉塊と血液の遺伝情報を照らし合わせてみてくれ。合成樹脂の方も頼む」
言われて隊員はサンプルを分析器に入れ、分析器とコンピューターを接続した。
やがてコンピューターは声を発した。
「ブンセキ・カンリヨウ・シマシタ。ブンセキ・カンリヨウ・シマシタ」
画面に、一致する項目が大量に列挙された。
「該当する企業が多すぎて、判りませんね」
隊員は顔をしかめて言った。
その間栄山は、枚挙された企業名をじっと見つめていた。
「ダブリューバーガー、サンダースチキン、それにディスティニー・アニメイション。アメリカ系の企業が多いな」
栄山は更に指示を出す。
「このリストからアメリカ系の企業を抽出して、過去半年の共通の取引先を割り出せるか」
言われて隊員がコンピューターを操作すると、画面に別の企業名が列挙された。
「さっきの結果と重複しているものが目に付くな」
栄山はリストを確認し、ある項目を見つけた。
そこには「警視庁」の文字があった。
そばにいた隊員達は、互いに顔を見合わせた。
白衣の隊員も驚き、栄山の顔を覗き込む。
「何か裏があるな」
緊張感の染み渡った警備隊本部に、署内の内線電話が鳴り響いた。一人の隊員が電話に出、神妙な面持ちで応対し、やがて受話器を置くと栄山に報告をした。
その報告は、更なる戦慄をもたらすものであった。
ウォンタナ教の使節が、栄山と会見を望んでいるというのである。
(四)
栄山は本部を辞すると、使節が待つという応接室に向かった。
応接室に到着した彼を待っていたのは、黄色い奇妙な服装に身を包んだ若い男であった。彼もまたスキンヘッドであるが、栄山のものとは明らかに別の意味を帯びているようで。
「これは隊長。愚僧はウォンタナ教の大使、モッガラーナ・中村です。悟りと法悦を」
そう言って中村は合掌した。
「挨拶はいい。それより話せ。ロイガー事件と君達の関係を」
「我々と敵対する組織が、ロイガーを復活させたのです。目的はわかりませんが、何か意味があるはずです。そこで我々は、奴らの作戦を妨害するつもりでした。でもその前にあなた方がロイガーを倒した」
「その組織とは?」
中村は茶を啜った。
そして、一息つきつつ声を発した。
「征服結社『メーソン』というものです」
栄山は訝しげな面持ちで。
「仮に君の話を信じるとして、なぜウォンタナ戦闘員は我々を見て逃げたのだ?」
中村は栄山を一瞥した。
「貴方なら気付いているでしょう。警察もメーソンに動かされているのです。この辺りで、休戦協定を結びましょう。共にメーソンと戦うのです」
栄山は飲もうとしていた茶を置くと、語気を強めて言った。
「十一年前、君達が行った毒ガス・テロ事件は多くの犠牲者を出した。私の父もその一人だ。特殊災害警備隊が君達と手を組んだら、遺族を裏切ることになる。私自身も含めて」
「おかしいと思いませんか。ウォンタナ教は当時、クーデターを企てていたのです。十一年前の大量検挙がなければ、今頃日本は我等の仏国土です。毒ガス・テロをしても、精々、都市機能を壊滅させる程度です。クーデター計画を台無しにしてまで、ジェノサイドを行う必然性があったでしょうか」
栄山の目が大きく開かれた。
「毒ガス・テロの真犯人もメーソンだと言うのか」
「そう考えるのが自然です」
「それでも、検挙後に発覚したウォンタナ教の殺人事件は多い。それらまで陰謀とは言えないだろう」
「その件に関して、言い逃れはしません。しかし、愚僧はメーソンについて多くの情報を持っています。ここで愚僧と手を結ぶことが賢明で・・・」
突如、中村が苦しみだしたのだ。
助け起こす栄山に、中村は、
「お茶に毒が。奴らの仕業です。」
と言って、絶命した。
(五)
中村の不審な死の翌日、司法解剖の結果が、「虚血性心疾患」と出された。
「隊長のお茶からも、毒物が検出されました。明らかに警察幹部の陰謀です」
栄山の部下が言った。
「ではなぜ、署は私を呼び戻してまでロイガーを退治させたのだ。矛盾してるじゃないか」
一同は首を捻った。
「とにかく今は気付いていない振りをしよう。小隊A、B、Cに分かれて調査する。小隊Aはウォンタナ教の敵対組織を洗ってくれ。メーソンとやらの尻尾を掴むんだ。小隊Bは漫画作家・尾根ミヤマと署長の関係を探ってくれ。小隊Cは私と共に、ロイガー事件の犠牲者について調べる」
(六)
斯くして特殊災害警備隊は調査を始めた。栄山は、小隊Cを率いて犠牲者の調査を行ったが、その共通項がなかなか見出せなかった。
失念の中、栄山達は最後に、尾根ミヤマの友人だったという漫画作家・熊野慎一のアトリエを訪れた。そこで彼らが目の当たりにしたのは、無人のアトリエの前で熊野を偲ぶ、熱心な支持者たちの姿であった。
「余程、人望があったんですね」
「そうだな。狂信的な信者という訳ではなく、純粋な尊敬の念のようだ。目を見れば判る。これほどまでに愛されていたからには、故人は素晴らしい人格者だったのだろう」
栄山も感心して言った。
そのとき、一人の男性支持者が、ナイフを取り出し、その切先を自らに向けた。
「熊野先生、俺もそっちに行きます」
隊員は驚き、凶行を止めようとしたが、それより先に、別の女性支持者が、彼の手からナイフを払い落とし、平手打ちを加えた。
「熊野先生はそんなこと望んでいらっしゃらないわ!先生の作品にも書いてあったでしょう。『生き残ってこその勝利だ』って」
男性支持者は泣き崩れた。
「俺が間違っていた!」
すると別の男性支持者が立ち上がり、皆に向かって、涙ながらにこう訴えた。
「皆!僕達は、熊野先生が下さった数々の感動を大切にして、泣き暮らさず、前向きに生きていこうじゃないか。先生も、それを望んでおられる!」
支持者の中から、口々に、そうだ、そうだ、と声が上がった。
それを目の当たりにした隊員達も、思わずもらい泣きをした。
「なんて立派な支持者達でしょう」
そう言って隊員が覗き込んだ栄山の顔には、強い決意が漲っていた。
無辜の漫画作家を死に追いやった征服結社メーソン。必ず陰謀を剔抉し、根絶せねばならぬ。魂の訴えを、彼は確かに感じたのだった。
(七)
時を同じくして、暗くて広い部屋。
この部屋の奥から発せられた低い声が反響している。
「栄山警視が我等メーソンの存在を知ったようだ」
「御意」
応えたのは長髪の青年である。
「閨川守よ。栄山を抹殺するのだ」
闇の中から徐々にその姿を現した声の主は、襟の立ったマントを羽織った大男であった。大男は、部屋の影を一身に受け、さながら闇の根源の如き様相を呈していた。
(八)
所変わって、都内の産院。ここに風変わりな病室がある。奇妙なことに、病室内に、上階に続く階段があるのだ。
この階段を降りて来る者がある。看護師であった。
看護師に言葉を投げかけたのは、この病室に入院している妊婦であった。
妊婦の顔立ちから、西洋人と邦人の混血であることが推される。
彼女の手中には楽譜がある。
「すみません、もう少し静かにして頂けますか」
「ごめんなさいね、栄山さん。ご主人が面会に来られましたわよ」
看護師の背後から、スキンヘッドの大男の姿が現れ、看護師はその場を辞した。
「ヤア、由梨。具合はどうだい」
「順調よ」
栄山は愛妻の手を握る。
「名前は決めたかい?男の子だから、君が決める約束だ」
「まだ内緒よ。産まれたら話すわ」
「楽しみにしておくよ」
栄山は階段の方を一瞥した。
「それにしても、変わった間取りの部屋だね」
「暗譜しているとき、雑音を入れたくないの。この部屋が最適だって、看護婦さんが。元々は建築上の設計ミスなんですって」
二人は笑いあった。
「それはそうと、久しぶりのお仕事はどう?」
「今、大きな敵を追っている。私の父の死にも関与しているかもしれないんだ。忙しくなる。すまないが、毎日は来られなくなりそうだ」
「あたしだって、演奏旅行のときは長いこと家に帰らないわ。仕事中毒の夫婦だもの」
栄山は苦笑して、言った。
「この事件が終わったら、特殊災害警備隊を完全に辞任しようと思ってる。実は海上保安庁の、さる特殊部隊から戦術監督として声が掛かってるんだ。転職すれば家族と過ごせる時間が増えるし、収入も良くなる」
「それでいいの?警備隊のお仕事があなたの生きがいでしょう」
「私にとっては家庭の方が大切だ」
栄山は握った由梨の手に軽く口付けをした。
(九)
栄山は産院を辞し、帰路で述懐した。
数年前、ディスティニー・アニメイションのテーマパーク「第二ウォルターランド」での事件を捜査した。が、ディスティニー・アニメイションは、実は警察と癒着しており、彼は不当に解雇された。
彼はそれ以来、底知れぬ空しさを覚えてきた。
そして今回の事件で、一時的とはいえ呼び戻され、ロイガーと戦い、人を守ったときに、彼はありありと感じた。特殊災害警備隊の隊長であることが、彼のアイデンティティーだったのだと。
だが、彼は今、そのアイデンティティーを捨てて、海上保安庁の特殊部隊に行くことを考えているのだ。それは、家族のためでもあったが、実はもう一つ、ある理由があったのだ・・・。
ここで突然、述懐は中断された。
カマイタチのような突風が、彼の巨体を建物に叩きつけたのだ。
湧き立つ砂埃の中から身を起こした彼の目に、長髪の青年=閨川の姿が映った。
「栄山警視。気の毒だが、消えて頂こう」
「さてはメーソンの刺客だな」
「隠すつもりはない。メーソン戦闘員、閨川守だ。我々の崇高な目的のために、あなたをここで倒す」
閨川は手刀を構えると、風よ吹け、と叫んだ。
先と同じ突風が起こったが、栄山は身を翻してこれをかわした。
「超能力者だな」
閨川は尚も突風攻撃を続ける。
栄山はそれをかわしつつ、瞬く間に閨川に接近する。
栄山の両手が閨川の衣服を掴むと、軽々と投げ飛ばした。
閨川は見事に着地すると、今度は「石よ、私に従え」と言い放った。
摩訶不可思議。周囲の石が宙に浮き、栄山の周りを竜巻の如く飛び回り始めたではないか。
石は加速し、栄山のコートを引き裂いてゆく。やがて石の竜巻は遠心力で崩壊し、強烈な爆風が巻き起こった。それを見て閨川は深刻な面持ちで。
「メーソンに楯突かねば、長生きできたものを・・・」
だが、彼の目に飛び込んだ光景は、彼の予想を裏切るものだった。
栄山は、生きていたのである。ぼろぼろのコートに包まれた彼は、少しずつ閨川に向けて歩みを進めた。
「私をなめるな」
栄山は表情を引き締めると、地を蹴って、宙を舞った。栄山の足がピンと伸びると、放物線を描いて、閨川を直撃したのである。閨川の身体は地に叩きつけられた。
やがて満身創痍の閨川は辛くも身を整え、声を発した。
「手加減しなかったな。感謝するぞ。だが、まだ終わってない」
「私の跳び蹴りを受けて、まだ戦えるとは、面白い。この猛が必ず生け捕りにしてやる」
二人は再び身を構えた。
そのとき、閨川の無線機が、彼に一時の退却を命じた。
「警視。この勝負はお預けする。また会おう」
閨川の身体はつむじ風と枯葉に覆われ、やがて見えなくなった。
(一〇)
閨川と同様、満身創痍の栄山にも、至急本部に戻るようにと通信が入った。
本部に戻った栄山の姿を見て、隊員達が心配して駆け寄った。
「ありがとう。だが心配は要らん」
「何があったのです」
「メーソンが遂に動き出した。超能力者の戦闘員から急襲を受けた」
疲れきった栄山は上座に身を投げ下ろした。
「報告を聞こう」
小隊Bの代表が前に出た。
「尾根ミヤマと署長は共通して、『幸運の哲学高校』に出入りしています」
続いて小隊Aの代表が前に出た。
「『幸運の哲学』は、ウォンタナ教と敵対している新興宗教です。毎年、宣伝映画が作られていたのですが、近年それがピタリと止んでいるのです。その他の広告費を削っている動きもあります。調べてみると、傘下の『幸運の哲学高校』に多額の予算を回しているようなんです」
栄山は俄かに身を起こした。
「『幸運の哲学高校』がメーソンの隠れ蓑という訳だな」
「実は、我々より早くそのことに気付いた『学生捜査官』が、『幸運の哲学高校』に潜入したそうなのです」
「学生捜査官というと、昔で言う学生刑事だな」
「はい。学生捜査課は秘密主義で、調べるのに骨が折れましたが、どうやらその捜査官は、二度と戻って来なかったようです」
学生捜査官とは、学生でありながら、警察の権限を持って事件解決にあたるプロである。そのプロが、潜入したきり戻ってこないというのである。
一同は、恐るべき敵の牙城「幸運の哲学高校」に、捜査のメスを入れる決心を固めたのであった。
第一幕・終