憧れのジム・シャングリ・ラ
ブリーフィングを受ける戦友達。
今まで数えきれない程の戦場を共に切り抜けてきた仲間達。
ウイングランナーカズヤ。疾走するミートボムシゲ。アイスマントオル。そしてグランドスライダーカケルこと俺。
レーションを口に含み、栄養を摂るためだけの食事を終えた。
ブリーフィングルームに取り付けられた拡声器から、戦闘意欲を鼓舞する音楽が流れる。
窓の外は叩きつける雨。暗闇の中、時折、思い出したかのように鳴り響く雷鳴。その閃光が使い手を失った構造物の影だけを映し出す。
もはや人が住むことが出来なくなってしまった世界。
俺達は多構想世界の最も深部であるFB界から、新天地とされるジム・シャングリ・ラを目指さなくてはならない。
死の雨の脅威の無い新天地へ。
「俺、もしジム・シャングリ・ラに行けたら、軽構造化手術受けようと思うんだ」
レーションを頬張る戦友の言葉に、俺達は改めて気を引き締める。
戦いの開始を告げるサイレンが鳴り響く。
カタパルトゲートが開かれ、各世界を繋ぐストレイト・ウェイに飛び出す戦士達。
俺達の背中を、残る事を選んだ彼等の声援が押してくれた。戦いに疲弊した彼等を責めることは出来ない。
先頭を駆けるウイングランナーカズヤ。機体は、偵察に優れた高軌道航行モデル。両腕のウイングを展開する。
「FAより射出を確認」
遥か前方のカタパルトゲートから敵機が次々と射出されている。
「緊急走行! ライトウェイ!」
ブリーフィングの通り、ストレイト・ウェイの最右翼を高速で通過する。
禁断の走行術。
審議官に見つかれば、またウェイトスタンディングの刑。しかし今、そんなことは言ってられない。
カズヤを先頭にFA界の機体を左目に見ながら、高速で駆け抜ける。
この戦争において、最も不利な場所であるFBからの出発。唯一の利点である、超長距離加速による『限界加速』でFA世界の奴らを追い抜いていく。
螺旋を描くグランド・ウォールを落ちていくように通過し、ジム・シャングリ・ラと同次元の世界に降り立つ。
いつも現れる最大の敵、SA界の機体が見当たらない。
アイスマントオルが親指を立てる。SA界のカタパルトゲートに仕掛けたβアロン爆薬のたまものである。
それでも、爆薬を逃れたSA界の機体が後方から迫る。振り返ると、ミートボムシゲが機体中から緊急冷却剤を放出していた。
「ここは、俺に」
特別製の巨大な機体が、急激にスピードを落とした。
ミートボムシゲの機体に阻まれて、2A界の機体が速度を落としていく。
戦い前に聞いた、彼の覚悟の言葉が脳裏を横切る。
犠牲は無駄に出来ない。
歯を食いしばり、前を向く俺達の前を疾走するのはTA界の機体。
最高水準の科学力を持つTA界。何度、出し抜かれたことか。
速度、機体重量、パワーすべてのスペックで劣るFB界の機体。
「だ、ダメだ。追いつけない」
前方の状況を確認したウイングランナーカズヤがうなる。
「いや、大丈夫だ」
しかし、アイスマントオルにぬかりは無かった。
ストレイト・ウェイに開けられた、僅かな隙間。偵察活動中に、アイスマントオルが密かにこじ開けていたミニマムウインドウ。
俺は足元の走行用カタパルトを離脱させる。
「GO!」
TA界への囮として、大声を張り上げるアイスマントオルが、こちらを振り返ることなく小さく右腕を揺らした。
俺は彼を信じ、その隙間に身を投じる。
「グランド・スライダー!」
滑り込んだミニマムウインドウの外には、憧れのジム・シャングリ・ラ。
遥か向こうのストレイト・ウェイを走行するTA界の機体が罵声を上げている。
俺は、冷酷な笑みを奴らに見せながら、ジム・シャングリ・ラへの栄光の階段を上る。
みんなの犠牲のおかげ。
俺一人ではここに立つことは出来なかっただろう。 一段、一段、犠牲になった彼等に感謝を込めて進んでいく。
さあ、新天地へ!
銀色に輝く扉、その取っ手を握る。
*
「あ、ごめんね。私達、五時間目体育だから」
目の前に転がってきたバレーボールを追いかけてきた女子が俺を一瞥して教えてくれた。
俺達の新天地は…… 憧れのバスケットゴールは……
既に体操服を着た3年C組の生徒達が、その下で楽しそうにボールを追い掛けていた。
俺は勝利を知らせる旗印となるはずだった赤白帽を、体育館の床に力無く落とした。
埃で汚れた靴下。
上靴取りにいかなくちゃ。
―― おしまい ――
はあー、すっきりした。