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すべては透明に染まる...

作者: snowman

 この世界に、独りに慣れている人間なんていない。


 ましてや独りが好きな人間などいないのだ。

そんな私は随分と独りに慣れたフリが上手くなった。

知り合いなど居ない街で生活することに、淋しいと感じていないフリ。

そんな時出逢ったのは、必然だったんだと思う。

商店街で見かけたその姿は、まるで今の私の中を現したよう。

買い物カゴを持った淋しげな姿に自分を重ねた。

その人は私と同様に、小さくこの世界で生きていた。



 初対面の人間にこんなにも愛おしさを感じるものなのだろうか。

同じようにこの世界に生きている。

誰の目にも止まってはいないように其処に存在する彼。

まるで私だけが、世界中で私だけが彼を見つけたような感覚。

近くに住んでいるのだろうか・・・

朝の信号待ち・夕方のコンビニ・夜遅くの牛丼屋さん。

風景の一部に溶け込んで見えなくなってしまいそう。



 月に2〜3度の買出しに出かける。

一人暮らしにも慣れて、外食と自炊もバランスも分かってきた。

肉類は買ってきて小分けにして冷凍庫へ。野菜は悪くなりやすいのでサラダを買ってきてしまうことが多い。

商店街の中にある小さなスーパーは安くて助かっている。

無くなりかけていた調味料やラップ・調理しやすい豚バラ肉・安かったキャベツ・朝食用の食パン・レジ近くに置いてある甘いもの。

二千円程度の買い物を終え袋に詰めていると、入り口から彼が買い物カゴをぶら下げて入ってきた。

簡単な格好にサンダル。

こんな小さなスーパーでは浮いてしまいそうなその存在は、何故かしっくりと馴染んでいた。


『 カシャン 』


振り返ると、お婆ちゃんが入り口に積まれていた缶詰を倒してしまっていた。

慌てているお婆ちゃんと一緒に缶詰を拾う。

『ごめんね・ありがとう』

を繰り返すお婆ちゃんに

『こんなに沢山積んであったら誰だってぶつかっちゃうよ』

なんて言いながらもとあったように積み上げた。

そして店内を見渡すと、もう彼は消えていた。


 お礼にとお婆ちゃん貰った飴を舐めながらフラフラと家路に着く。

彼に対する感情は恋と言えるものなのか。

風景に溶け込んで見えなくなってしまいそうな彼を何故か見つけて、目で追ってしまう。

一週間に2〜3度見かける程度のその存在は、私の中の無くてはならない日常の風景。

人間という地球上に溢れかえる生物の中で唯一の仲間を見つけたような。

一度たりとも会話を交わしていないけれど分かってしまう。

私の思い込みなのだろうか・・・それでもいいと思った。

勝手な思い込みだったとしても、自分と同じ人間がいるって思っているだけで独りではないと感じることが出来る。


 

 私は彼にサラというあだ名を付けた。とても好きな本の登場人物。

本の題名は「すべては黒に染まる」という名で、本屋の片隅で見つけた。

私に買われるのを待っていたかのように其処にあった。


  至って普通の青年に見えるケイはいつも自分の周りに見える黒い靄に悩まされていた。

 鏡を見るたびに自分を包む黒い靄。

 他の人には無いのに自分にだけ見え、自分だけを包む黒。

 物心ついた時から自分は人とは違うと感じ、友達・親にさえ言わず孤独の闇に包まれてきたケイ。

 そこに現れたのは白に包まれた少女サラ。

 自分とは正反対に純白に包まれたその存在にケイは恋というよりは恐いほどの執着心を抱き始める。

 サラのすべてを調べ上げ、自然と知り合うように計画し次第に仲良くなる。

 普通に進めていけば恋人になれたかもしれないのに、ケイはそれだけじゃ済まさない。

 告白をして両想いだと分かったその日から彼女を監禁し、すべてを奪う。

  すべてを自分のものに。

 愛おしさと・憎しみがとても近い位置に存在し、ケイを憎みきれないサラ。

 毎日・毎日部屋に閉じ込めたサラを狂ったように愛おしむケイ。

 「嫌われ憎まれたとしても、彼女の中が自分だけになるのならそれでいい」

 正しい愛し方が分からない、そもそも愛し方に正しいも正しく無いもあるのか。

 自分の中の精一杯で愛そうとするケイ。それを受け止めようとするサラ。

 愛情とエゴの間で苦しみながら二人の未来は見えない、どうせなら溶けるように混ざり合いたい。

 白でも無く黒でもない灰色の世界に包まれたいと・・・



 普通に考えたら恐い話で、「良い本?」と聞かれたらハッキリとは答えられないだろう。

ただ好きなのだ。しかも私は読んでいる最中はケイだった。

少女のサラではなく青年のケイ。

自分の中にこんな感覚があると知って少し恐くなるほど入り込んでしまった。

だからと言って彼を監禁したいと思っているわけでも何でもない。

本の中でケイとサラは正反対だが、遠いようでとても近い。

白と黒・光と影・正と悪・・・どちらかが居ないと成り立たない存在。

彼がそんな存在に思えたのだ。


 

 日々のサイクルで定期的に見かけるサラ。いろんな風景にスッと馴染んでしまう存在。

一週間も見ないと変な感覚になる。いつも見ている街並みに違和感を覚えてしまうのだ。

最近は一ヶ月も見ない。

通いなれた道にもすべてに違和感を覚え始めていた。

そんな中、やっと見つけたのは近所の本屋。

読書家なわけではないが、本屋をブラブラするのが好きでその日もフッと立ち寄ろうと思っただけだった。

フラフラと店内を彷徨い、いろんな本を手にしてはまた置くのを繰り返す。

あの本を読んでから、どうしても自分の中で次に手を出すことが出来ないでいた。

そこへどこからか声が聞こえてきた。

『「すべては黒に染まる」という本を探しているのですが』

すぐに振り返り声の主を見ると、それがサラだったのだ。

聞かれた店員は、

『そのような本は当店では扱っていないですね』

と答えていた。

おかしい。あの本はこの店で買ったのだ。

急いで店員に言いに行った。

『あの、私は前にその本をこの店で購入しましたよ?』と。

それから店員はパソコンで調べてくると言い残し奥に入って行った。

残されたサラと私。

始めて聴いたサラの声は、少し掠れた軽い声だった。

『その本はいつ頃買われたんですか?』

しっかりと、でも柔らかくとらえどころの無い瞳で見つめられ問われた。

『半年前くらいでしょうか…でもその時には一冊しか無かったから売り切れてしまったのかもしれませんね。』

そんなやりとりをしたにも関わらず、戻ってきた店員は『そのような本を扱った記録はありません』とのことだった。

私の思い違いだったのか。でもここら辺に本屋はこの一店舗だけ。

どうしてだろう・・・

いろいろ思い出そうとしたが、思い違いだとはどうしても思えない。

『どうしても手に入れたいのなら仕方が無いですが、宜しければお貸ししますよ?』

ととても残念そうにしていたサラに問いかけた。

すると少し驚いた顔をして

『いいんですか?』

と言ってきたので

『大切にしている本なので差し上げることは出来ないですが、貸すのなら何の問題もないですよ。』

と微笑みながら返した。

次の日渡す約束をして、その日は別れた。


 ドキドキすることも無く、すんなりと交じった私とサラ。

本を渡す日も、とくに身なりを気にすることも無くいつも通りの私で行った。

待ち合わせた場所に行くとすでにサラは居たので、すぐに本を渡した。

そして読み終えたら連絡してくれと言い電話番号を渡してその場を後にする。

とても自然だった。それが逆に私にとっては不自然なくらいに。

もともと人見知りで、最近でも普通にすぐ仲良くなったフリは出来ても自然に心を開くことなんてありえないことだったから。


 

 二週間ほどで読み終わったと連絡がきた。

返してもらうだけだったので、仕事が終わる五時半以降だったらいつでもいいと伝えた。

三日後の午後五時半。前に本を渡した場所ということになった。

当日の私も、前回と何ら変わりなく仕事帰りのまま約束の場所に向かった。

するとやっぱりサラも前回と同様に先に来て待っていた。

ベンチに座り、貸していた本を読みながら。

『お待たせしてしまいました?』

少し早足に近寄り尋ねた。

『いえ。早めに来て読み返そうと思っていたんです』

と言い細く笑った。

本の半分あたりを開いたままそう言うのが気になって

『読み返せましたか?まだ読みたいようでしたら少し経ってからまた来ますよ?』

と言うと

『あ・・・すいません。もう少しお時間頂きたいです。僕も此処では寒いので、お茶を飲めるところにでも

入りませんか?』

その通りだった。今年は暖冬だったといってもまだ三月、寒いに決まっている。

『そうですね。それじゃあ、この先にある喫茶店にでも入りましょう』

すべての流れが自然で、違和感がひとつもない。

程好く暖房の効いた店内に入り、サラはコーヒー・私は紅茶を頼んだ。

静かに読み続けるサラと、静かに紅茶を飲みながら窓の外を眺める私。

ちょうど夕日が沈むころで店内も夕焼け色に染まる。

本を読み続ける彼さえ夕日に包まれて、淡いオレンジ色の世界。

だんだんと暗くなっていく窓の外。

反対に店内の照明がオレンジ色に光り、外の闇を小さく照らしていた。

時間がとてもゆっくり進んでいるような感覚なのに、時計はあっというまに八時をさしていた。

ボーっと外の闇を眺めていたら

『もうこんな時間になってしまっていたんですね!随分と待たせてしまってすいません』

と彼は少し焦ったように謝った。

『気になさらないで下さい。特に用事があったわけではないので』

と微笑みながら答えた。

そして本を渡され、家路に着く。

遅くなってしまったからと言われ送ってもらうことになったが、とりわけ何か喋るわけでもなく家の前まで

送ってもらいお互いにお礼を言い別れた。


 すべてがゆっくりと動く。

ゆっくり・ゆっくり。もどかしいと感じることもなく。

顔見知り程度になった私たち。

普通ならもう友達にでもなっていそうだが、そうではなかった。

以前と違うことと言えば、習慣のようにたまに街で会った時に会釈をしてたまに少しだけ会話するくらい。

それでもゆっくりだとしても着実に動いていた。

自分では気付かない程の速さで。


 顔見知りのまま半年が過ぎた頃、仕事が終わり携帯を見るとサラからの着信が残っていた。

私は帰り道を歩きながら折り返しの電話をした。

『プルルル・・・プルルル・・・。はい。もしもし』

2コール目で出た彼に

『もしもし。着信を頂いていたようなのでお電話させていただいたのですが。』

と、特に何も思わずに話し始めた。

そして驚いた。それは誘いの電話だった。

今度隣の街でやる美術展に一緒に行かないかとのことだった。

私は始めから決まっていたように『はい』と返事をした。

少しずつ動いていた何かが、何かの拍子に少しだけスピードを上げ転がり始めた。

コロコロと・・・

美術館・映画・そしてただの散歩。

人からすればまだゆっくりだと言われるであろう速度で進む。




 そうこれからが始まり。長いプロローグの終わり。


 


 生きるために生まれてきた。

そこにはこれ以上の意味を見出すことは出来ない。

それなのに違う意味を見つけ出そうともがき続け、疲れ始めていた。

やっと見つけた。

生きることよりも、僕の人生に必要なもの。

僕は君を見つけた。

ただ心臓が動いているだけだった僕に、やっと魂が宿ったように。

この喜びと、見つめることさえ儘ならない自分への憤り。

ただ此処で諦めるなんてこと考えられなかった。

想えば想うほど、僕は君に見つめて欲しかったんだ。


 すべて僕が描いたように進む。

君が僕のことをサラだと位置づけていたのには少し驚いたけど・・・

もうこのまま進むんだ、そして君を手に入れた瞬間に時を止めよう。

いいんだ。

嫌われることなど恐くはない。

僕が思い描いた小説のように、君に思い返してもらえるなんて思ってはいない。

僕が君を想い書いた本を、君が自ら手にした時点で僕は決めたんだ。

これは僕が描き、掴み取った運命。

僕は十年後など必要ない。

 今

今しかない。

君の為にキレイな籠を用意しよう。

僕のすべてになるんだよ。

君が白か黒かなんてどうでもいいんだ。

君が白なら僕は黒で、僕が白なら君が黒なんだから。

それは夕日さえ遮る程の雲に覆われた空のように。

僕と君が混じるグレーの世界。



 

 貴方が私に出会うために生まれてきたと言うなら、私は貴方を生かすために生まれてきたのでしょうね。

恐くなんてない。

私を、誰でもなく私を必要とする存在。

ずっと待っていたのかもしれない。

キレイな籠に入れて毎日愛おしんで。

白と黒がキレイに混じったら、きっと透明になるわ。

青空・夕日・夜の闇にさえ染まってしまう。

手の中で上手く踊った私に、貴方は気付かない。

貴方が私を籠に捉えたのではなく、私が貴方を捉えたのだから・・・


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