06.猫娘はいない
人の波は音を生む。当然人口密度が高ければ高いほどうるさくなるし、人口密度を高める人員の声がでかいほど騒音は高まる。
「てめえぇぇ、邪魔なとこ立ってんじゃねえぞこらあああぁぁぁ!?」
「うあああああ、すんませんっしたほんとごめんなさ」
「おい、勝手な因縁付けるなよ酔っぱらい。壁で待機してる奴にぶち当たるとか末期すぎるだろうが」
「げえ、リンデン!」
ジャーンジャーンと銅鑼の音がした。見れば単純に酔っ払いが打ち鳴らす鎧の打楽器だったのだが、カズヤにはタイミングがバッチリすぎて銅鑼にしか聞こえなかった。
「街から出るなら醒めてから行けよー」
頬を引き攣らせた屈強な男は、カズヤを怒鳴り付けた勢いをどこへ放り出したのか、慌てた様子の千鳥足で日の光を求めて逃走していった。
ジュースのような何かをカズヤに押し付けて、酒を手にしたリンデンはカズヤの隣に背を預ける。どろっとした茶色の──なにこれ。青汁の亜種?
胡乱な視線に、答えは遠くからひそひそと返ってきた。
「おい、あいつひ弱なぼっちゃんかと思ったが……」
「ああ、度胸あるな。さすがリンデンの連れだぜ。まさかイナンゴ虫のすり下ろし汁にチャレンジするとは」
「リンデエェェェェェンッ!」
「いや、文化が違うってんなら、最初に崖から飛び降りとけばあと怖いモンないかと」
「俺は!石橋を!叩いて渡りたいッ!」
詰め寄ってもリンデンの方がガタイが良いせいで逼迫感がない。
犬を諫めるようにあしらわれて、とりあえずコップを押し付けた。流れるように近くにいた冒険者に渡されて解決。呆然とした男には申し訳ないが、そんなもん魔術が使えるようになるとしても飲みたくない。
というわけで、冒険者ギルドである。酒場を兼ねた空間に、所狭しとひしめく冒険者たちは、想像していたより随分と──むさい。
いや、考えてみれば当然なのである。最近流行のライトノベルで見るようなキャッキャウフフと肌を露出したオネーチャンたちより、そりゃあ力瘤を自慢するような屈強さこそが冒険者には適しているだろう。何せ、冒険をするわけだし。
でもカズヤは妖艶な魔法使いとか、新米ドジっ娘とか、そういうのを期待していたわけだ。責められる男がどこにいよう。「あーらあなた冒険者ギルドは初めて?私が教えてあ、げ、る」みたいな桃色イベントあってこそのギルドであるとカズヤは断言したかった。したかった。過去形になった今では、儚くも現実的には夢で当然だった夢である。
「おまたせ、ねーちゃん。カジャどしたの?」
「人類の壮大な希望が潰えた絶望感が世界を滅ぼすとか何とか」
「いや待て、まだ希望は残っている!」
なお、冒険者ギルドに来た理由はエレクターのクエスト報告と、カズヤの魔術適正の確認のためだ。
後者は先送りにされた。魔術師自体がそう多くないので、今日は知人がご不在であるとか。誠に残念であるが致し方ない。
そんなことより、希望である。
「ファンタジーは!?」
「主語とか述語とか」
「おいおいそれくらい察しろよ親友!」
「ほお、エレク親友なのか」
「いやあ、特にそういう記憶ないけど」
少し眉を顰めたリンデンが、どこからともなく取り出した布でカズヤの口を適当に覆った。頭の後ろで留められて首を傾げる。それ以上のアクションはないので、続けても構わないようである。
「ネコミミとか羽とかモフモフとか、そういう萌え要素を兼ね備えた獣人みたいのはいないんですかねえッ?」
「ねーちゃん俺パフェ食べたい」
「報酬貰って来たんだろ。自分で頼めよ」
思っていたよりくぐもった声が出た。なるほど、消音。まさかの主張殺しに愕然とする。なんという知略。これが……戦争屋!
と感銘を受けていると、何やら屈辱を受けたような顔をしてかの戦争屋がこちらを向いた。感銘を受けたのに。
「それが屈辱以外のなんだって言うんだおまえ。生活の知恵だよこういうのは」
「なんと。俺の他にも生活レベルでこんな扱いを受ける輩が」
是非ともお友達になりたい。そして自分の方がマシな扱いであると自分に言い聞かせたい。もしカズヤの方が扱いが悪かったら見なかったことにして、お友達止めて完璧なる他人として扱うことになるけど。
エレクターが意気揚々と口に運ぼうとしたパフェを、隣のテーブルから拝借した匙で大きめに頂く。わお、こんなにはっきりと目を見開いたエレクター初めて見た。パフェうめえ。
「ごちです」
「ここまでアレだといっそ潔いなあ」
「おままま……」
わなわなと震えた手が得物に伸びてはゆらりと離れる。そうだ、素人に刃物を向けるなぞ言語道断な振る舞いであると知れ。
エレスターナに殺されそうになるカズヤを見捨て続けた冷血漢ざまあ!
リンデンの背後に回ってニヤニヤしていると、首根っこを掴まれて引きずり出された。その頃にはエレクターの活性化も一段落を見せて、拳を固めている程度にまで落ち着いていた。
涙目で睨まれる。
「ターナにあることないこと言い聞かせてやる!女の子と良い雰囲気で顔寄せ合ってたとか」
「えっ、別にそんくらい……」
心なしかモヤッとしなくもないが、ダメージを受けることでは。
エレクターはそんなに心を抉るのは得意じゃないらしい。良いことである、人として。口の達者さは女性陣に持って行かれたのかと余裕の安堵を覚えたが。
「良い雰囲気だと思ったら実は幻覚魔術を纏った筋骨逞しいヒゲハゲデブの油ギッシュなオッサンだったとか」
「ヤメテッ!」
悪夢の一声に飛び上がって謝罪した。吐き出すから勘弁してくれとの提案はリンデンのダブルカラテチョップで寸断された。
結局、リンデンがエレクターに甘味を奢るというところに着地した。ついでにカズヤの前にも糖分が差し出されてテンションが上がる。何だかんだで面倒見が良い。そっと虫エキスドリンクを寄せて来た手は見ないフリをした。
「ところで獣人って」
「いないよ」
同じく現金にも上機嫌になったエレクターが、間髪入れずに言葉を返す。ひどいショックを受けたのは言うまでもない。天地がひっくり返るような衝撃だった。
「ばかな……!」
「いや、バカって言われても。獣耳とか尻尾は一定層に需要があるけど、俺の知人の熱弁を引用すると、夢は夢だから美しいんであって、実在したら興ざめだとかいう」
「どこのどいつだそんな夢も希望もないこと言う奴は!紹介しろ、説教してやる!」
「一緒にいるところを見られると恥ずかしいから寄らないことにしてるんだ」
「あ何か遠めにバカにされた」
弟への不満を姉に向けて視線で訴える。生温かいような汚物を見るような複雑な目で迎撃された。
「だってそれ、もし存在したとして、獣とヤった人間が子供作った結果だぞ」
「そういう生っぽい部分はオフレコでお願いしたいです!あ、夢は夢のままで良いわ」
そうか、自分の輝く夢は実は泥にまみれた汚い方のファンタジーだったのか。
どんよりと落ち込んだカズヤを意に介さず、なにがしかを考え込んでいたらしいエレクターが身を乗り出して小声で囁く。
「ちなみに、エルフっていう耳の尖った美形だらけの種族ならいるけど」
「うおおおおおおおおおおお、どこに、どこにだ!?俺のパラダイスにはどの辺りまで旅立てば辿り着けるんだッ!あと何で小声で言った」
「同類と思われると恥ずかしいだろ。いや、マニアってのは嗜好が似るもんなんだなぁ」
肝心の答えが返ってこない!
他人のフリに励むリンデンを射殺さんばかりに見つめると、嫌そうな顔をして言った。
「人間嫌いのエルフの里の場所なんぞ知らん」
「じゃあ、知り合い!知り合いとか!」
「さすがに希少種と仲良しなほど人脈豊富じゃない」
徹頭徹尾視線を合わそうとしない彼女に思うところはあったが、ひとまず肩を落として諦める。
さよならパラダイス、こんにちは思ったよりファンタジー要素の少ない現実。ちびちびと甘味を口に運ぶカズヤに、エレクターはエルフの個体の少なさを適当な口調で語った。噂では、目撃すると恋人ができるとか、金持ちになれるとか。何その運気上昇アイテム扱い。思ってたエルフと違うの、もしかして。
リンデンは多分、エルフと交流を持ったことがあるのだろう。嫌そうな顔はカズヤに向けたというより過去への嫌悪に見えたし、仲良しなほど、ということは、仲良しじゃないエルフならいるっぽい。気付かないと思ったのだろうが、他人の感情に敏感な青々とした少年期を舐めて頂いては困る。こちとら教師のご機嫌を伺って成績を上昇させていた戦果とてあるのだ。
とはいえ、嫌なものを強請るわけにもいかない。しばらくは拗ねて白いクリームを突つき回していたが、気を取り直して甘味を舐める。
ふと視線を外していたリンデンがこちらを向いた。
「……つまり、イロモノが好きなんだな?」
「ねーちゃん、エルフはイロモノじゃないと思うんだけど」
イロモノと言うと人聞きは悪いけど、正直なカズヤは首を横に振ることはできない。嘘はあんまり吐かない。なぜなら不思議とすぐばれて痛い目を見る羽目になりがちだからだ。
「心当たりはあるんだ。キーワードとしてはとてもそれっぽいような感じがする」
代替案を思い付いたらしい。妙に神妙な顔で、言っても良いのかなこれ、と言いたげな目をして口ごもる。
意気揚々と先を促すと、記憶を辿る素振りも見せずに淡々と言葉を連ねる。思い出す必要性がないような早さだった。まるで心当たりとやらが目の前にいるような鮮明さで、木肌色の瞳が瞬く。
「忠義に溢れ、腕っ節の立つ、メイド服を華麗に翻して得物を振るう、侍女だ。何人かいるが、内数人は容姿端麗。誰が見ても美少女だと思う」
「うおおおおおお、戦うメイドさんキタコレええええ!ドストライク!俺が求めているのはまさしくそれッ!」
「だが一つ問題があってな」
「国ですか!距離ですか!都合ですか!?いくらでも待つから紹介──」
ふいと外された目が、遠い彼方へ旅立った。
「さすがにオーガに勝る肉体を持つ侍女ってのはイロモノすぎるよな?」
「あ、はい。それはちょっと遠慮しときます」
「そうか」
突っ伏して涙を流す背を、優しく叩く手が温かかった。
現実って色々厳しい。
侍女について詳しくは連作「大樹の下で」にて。
http://ncode.syosetu.com/n5219bm/
需要のあらゆる方面を無視したまさかの主要人物たちです。
でもストーリーは王道なんだ。




