【Lightard】土曜を逃げろ!
魚――ピンときたらホコツ!
かつて、禍々しき力で思うがままに『ライトアード』の世界を支配していた邪悪なる者は、立ち上がった勇者により倒される。
砕けた邪悪なる者の身は世界各地へと飛び散り、あたかも平和が訪れたように思えた。
しかし、邪悪なる者の力までは消え去ることはなく、飛び散った欠片に残されていた。
時は流れ、再び悪しき力を満たした欠片は『ライトアード』の世界を分かつ。
飛び散った欠片の数だけ世界は分かれ、平和な世界、悪行蔓延る世界、止まることなく繰り返される戦乱の世界とさまざまな平行世界が誕生した。
それが、仮想現実多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム(VRMMORPG)『ライトアードオンライン』である。
瑞々しい萌黄色をした草原は吹き抜ける風に煽られ、反射する光が波のように繰り返し流れている。
仕事を終えたあと、この場所で一心地つくのがここ最近『彼』の習慣である。
視界が届く見渡す限りの草原は彼が所有するエリアだ。
頬を撫でる風、草や土の匂いもとてもリアルに感じるが全てはバーチャルである。
一時間ごとに昼夜が入れ替わり、三時間ごとに乾期と雨期が巡ってくる。
先ほど雨期が過ぎて乾期となった今、彼は草の上に寝そべり空を仰ぎ見ている。
吹き抜ける風で揺れた草が頬を擽り、吸い込む空気も清々しく彼は自然と笑みを浮かべながらうっとりと瞼を閉じた。
作れるキャラクターは人間を始め、ファンタジーな人種やモンスター種と多岐に渡る上、容姿や体型、肌の色に声と数え切れないパーツから選ぶことによって限りなくオリジルなキャラを組み立てられるのも人気の一つだ。
スキルも多種多様に溢れ、冒険者として極める物から何の役に立つのか分からない無駄な物まで揃っている。
一つのアカウントで五人のキャラクターを作る事が可能であり、条件付けされてはいるがログインログオフの必要なくキャラを代えられる利点もある。
今の『彼』――phamima.comはグラスというスキルを極めたGMだ。
幾つかある無駄スキルの一つに上げられている。
何のスキルかといえば、単に牧草を育てるスキルである。
但し、GMが育てればマジック効果が付き、毒スキルが備えていれば毒草も作ることが可能である。
しかし、NPCのショップでも効果はかなり下がるが同様な物を購入できることと、地味で時間の掛かるスキル上げ、広大な土地が必要であることや、極めたあとも牧草地の管理が大変など、掛けた労力と得られる利益が伴わないためにスキルを極める者は限りなく少ない。
世界各国でプレイをされているゲームであるが、グラスGMは二桁いるかいないかであろう。
正に趣味のためだけに存在するスキルである。
そんな無駄スキルを長時間やり込んで極めた一人がphamima.comである。
彼の周りには、彼と同じように変わった趣味の人間が集まってくる。
類は友を呼ぶとはこのことだろう。
phamima.com牧場に友人の一人が訪れた。
牧場へ自由に出入りできるようフレンド登録されたこの友人、『ヌルッポさん』も無駄スキルを極めた変人である。
ちなみに『さん』までが名前であるため、正しくはヌルッポさんさんだ。
「やぁやぁ! phamima.com君、お邪魔しますよー!」
phamima.comに気付いたヌルッポさんが手を振りながら近づいてくる。
ヌルッポさんPLの性別は不明であるが、キャラクターは萌え要素が大きい幼女エルフである。
ピンクの髪に大きな目と尖がった耳、白い肌に小柄な体、声もアニメボイスと徹底している。
十中八九、PLは男だろうとphamima.comは予想しているがあえて尋ねたことはない。
ヌルッポさんは外国シャードでも遊んでおり、色々と貢いで貰っているようである。
またヌルッポさん逢いたさに外国シャードから日本シャードへやってくる外国人男性もいる。
日本人は自分の性別にこだわらずキャラを作成するために男性が女性キャラで、女性が男性キャラで遊ぶことは往々にある。
だが、外国人は自分の性別と同じ性別のキャラを作る傾向にあるため、性別が逆であるという可能性に思い至らない。
ヌルッポさんの気を惹こうと一生懸命な外国人PLを、生温い思いで見つめる日本人PL達であるが、事実は知らないほうが幸せということもあり、誰も彼にヌルッポさんの正体については教えていない。
phamima.comは寝そべっていた上体を起こし、手を振り返して応えた。
ヌルッポさんは牧羊スキルを極めた変人である。
どのようなスキルかといえば、牧羊する動物やモンスターを指定した場所へ移動できる「だけ」のスキルである。
グラススキルにはまだ実用性があるものの、牧羊スキルは極めるのも大変な上、実用性さえもないスキルであり趣味以外の何物でもない。
しかも、牧羊スキルを使用する際には牧羊の杖が必要となるのだが、指定された過酷なクエストをクリアしなければ得られないレアアイテムであるアーデルハイトの杖まで所持している徹底振りだ。
但し、ヌルッポさん本人がクエストをクリアしたかは謎である。
この牧羊スキル以外にもヌルッポさんは動物やモンスターを従える調教スキルや、配合や掛け合わせができる飼育スキルも持ち合わせている。
野生の動物やモンスターをペットとして手懐けるのが調教スキルであり、騎乗ができたり戦闘に参加させたり、訓練をさせて鍛えることも可能だ。
ペットステータスを最高値まで上げれば高値でも売れる。
また、飼育スキルはペットとなった動物やモンスターを掛け合わせ、更に新たなペットを作れるスキルであるため、調教スキルの訓練次第では立派な戦力にもなることから、合わせて極める者も多く実用性を鑑みても人気の高いスキルである。
現在、ヌルッポさんが手がけているペットは、現代シュールリアリズムの鬼才がデザインした某異星生物映画によく似たモンスターである。
ボディは黒く、ヌラヌラテラテラしているが、一応騎乗は可能なモンスターだ。
ヌルッポさんは幼女エルフなので一メートルそこそこの身長なのだが、ペットは長い尾を含めると二メートルは超える。
二足歩行も可能なペットは、目視できる範囲で百匹くらいいるだろうか。
調教スキルでペットを従えることは可能であるが制限数が課せられている反面、牧羊スキルはペットへの命令ができない代わりに制限数が設けられていない。
そのため、何匹でも引き連れて歩くことが可能なのである。
二メートルを超える黒くテカったグロテスクな存在を推定百匹引き連れてご機嫌な萌え幼女。
正直グロテスクである。
心のオアシスである長閑で牧歌的なphamima.com牧場はたちまちホラーな世界に様変わりをした。
「ヌルッポさん、ソレを連れてくるのは勘弁してって言ったじゃないですかぁ」
「ごめんごめん。でも、phamima.com牧場の草が一番なんだもーん。毒草食べさせたいんだけどできあがってる?」
えへへ、と笑うヌルッポさんの後ろでギシャーギシャーと輪唱する異星生物は可愛げもなければ喧しいことこの上ない。
phamima.comは溜息を零しながら立ち上がる。
「別の場所に作りましたから、そっちも登録しておきますよ。勝手に利用していいですから」
「え、また土地買ったの? phamima.com君ってどんだけ土地持ってんの」
「たくさんです」
「なんだ、それ」
ヌルッポさんがphamima.comのとぼけた答えにケラケラと笑う。
「ソレ、ゲート潜れませんよね。徒歩で行きますか。キャラ変えるんでちょっと待ってて下さい」
「うぃうぃ」
このphamima.com牧場は犯罪者が蔓延る世界『レサノ』、PLへの攻撃や殺人、窃盗といったネガティブな干渉が許されている場所にあるため、私有するエリアから一歩外へ出れば危険が満ち溢れている。
例え見た目がグロテスクであろうとも推定百匹連れていようとも、戦闘能力ゼロであるため役には立たず、ヌルッポさんも現在は牧羊スキルがメインなので戦闘は期待できない。
そのため、phamima.comは魔法剣士のスキルを持ったキャラへと切り替えたのである。
「お待たせです。そうそう、PKギルドが近所に引っ越してきたんですよ。気をつけて下さいね」
「りょうか~い。田楽さんとTechmageさんが暇だからきてくれるって」
「それは心強いですね」
彼らは国内で三番目に作られた日本シャードの一つ『弥生』で活動する名うてのPKKギルド『呑助』のメンバーである。
毒草牧場への移動から少し目的がずれそうではあるが、それはそれでまた楽しめることだろう。
戦闘用のマクロはいつでも使用可能だ。
メンバーと合流し、最強の武器と防具を纏った彼らは次回の呑兵衛横丁はどこでやろうかと話ながら牧場を後にした。
マクロ
複数の動作をひとつのキーにて一連で動作させること
PL・プレイヤー
遊び手
PC・プレイヤーキャラクター
遊び手が作成したキャラクター
NPC・ノンプレイヤーキャラクター
システムが動かしているキャラクター
PK・プレイヤーキラー
遊び手のキャラクターに攻撃を仕掛ける人
キャラを殺害しアイテムや所持金を奪う
PKK・プレイヤーキラーキラー
PKを行うキャラを専門に攻撃を仕掛ける人
自警団