【Snatch】 武器はヌイグルミです
「流石、流石。申告通りに魔術は最低ラインだけど、力の水準は高いね。持久力も第一線張るには十分だし。もう少し魔術の扱いに長ければ即戦力で使えるな。一応、武術部隊所属で魔術部隊で修行ってとこな。武術もまだ荒い部分が残ってるからその辺の調整も欲しいところだし……ラルス隊長が戻られたら引き合わせるよ。ご苦労さん」
思いのほか良い成績を出したベイザーにほくほくとした表情でガディが告げる。
へばりきって地面に大の字となっていたベイザーが、合格の言葉に漸く体を起こした時であった。
「貴様!! 俺の邪魔をするのかっ!!」
響く怒声に中庭にいた全ての者が動きを止めて声を発した者へと目を向けた。
ベイザーが怒声を上げた者を見れば、皆が傷を受けてもよい安い皮鎧を纏っている中で、恐らく私物であろう豪奢な細工を施した皮鎧を纏っている。
本来の鎧は重厚に、そして頑丈に作られる事はあっても、実践用の鎧で華美に作る事はない。
しかし、防具を華美に施す事が貴族の間では往々にしてある。
財力の誇示であり、何者にも傷付けられないという力の誇示であるが、実にくだらない考えだとベイザーは思う。
何もベイザーだけに限らず冒険者から見れば嘲笑してしまう考えだが、貴族は真面目にそう思っている節があり、無駄に金を掛けて派手な武防具を着たがる。
皮鎧とはいえ無駄な装飾を見るにこの栗毛の男は貴族なのであろうとベイザーも見当がついた。
白い肌を怒りに紅潮させ、濃い色をした栗毛の男が手にしていた練習用の木剣を、黒髪の少年に突き付けていた。
傍から見ても怒りに満ちた栗毛の男に対し、十五~六と年若い円らな瞳をした黒髪の少年はあからさまに面倒そうな表情で髪を掻いている。
大陸では余り見かけない彫の浅い面立ちをしている。
幾らこの場が騎士団見習いの新人で埋め尽くされているとはいえ、モンスターを相手にする仕事なのだ。
それなりに屈強な体を自慢に思う者が殆どであろう。
それらに比べて腕も足も体も薄く細い少年は、どう見てもこの場には相応しくない。
下卑た者ならお譲ちゃんとからかいそうである。
「あの馬鹿……触るなと言っておいたのに。ベイザーさん、ごめん。ちょっと待ってて」
馬鹿とはどちらに対しての言葉なのか。
そう言うや否や、ガディはベイザーをその場に置いて栗毛の男と黒髪の少年の下へと向かった。
栗毛の男の後ろには、片腕を押さえて蹲っている男がいる。
「邪魔って言ってもさぁ。これは練習であって、身内潰すようじゃ意味なくね? って言ってんだけど。ちょっと、そこの人。彼、医務室連れてってやってよ」
黒髪の少年が周りを囲んでいる一人に声を掛けるが、栗毛の男は声を荒げて遮る。
「余計な事をするな! 大体これしきの事で倒れるなど騎士として呼べるか! この様な者を騎士として取り立てるララシャ国の考えを疑うわ! お前など恥を知って土でも弄っていれば良いのだ!」
蹲る男へ吐き捨てるように言う栗毛の男にベイザーは眉を潜める。
暫く様子を伺っていたが、遣り取りを聞く内に合点がいった。
少々というよりかなり腕に自信を持っていた栗毛の男は、平民である練習相手を馬鹿にして容赦なく打ち込んだのであろう。
或いは自分の実力には及ばない平民相手と打ち合う練習に腹を立てたか。
木剣とは言え、力の限り叩き付ければ骨も折れるし、打ち所悪ければ容易くも死ぬ。
その場を取り囲む男達も栗毛の男の物言いに眉を潜め、徒ならぬ空気が満ちてくる。
中には上位階級の者もいるかもしれないが、殆どの者は平民なのだから不穏な空気となるのも当然と言えた。
貴族だからと全てがこの栗毛の男のように鼻持ちならない訳ではないのだが、こういう態度を取られるとやはり偏見が生まれるものである。
「いやいや、護るのが騎士ってヤツじゃね? 無駄に突っ掛かるだけなのは、単なる馬鹿なんだと思うんだけど」
激する栗毛の男に対して緊張感の欠片も見せない少年の言葉に、誰かが思わず「そりゃそうだ」と笑いを漏らす。
その笑いに激昂した栗毛の男が突き付けていた剣を振り上げ、ベイザーを始めその場に居た者に緊張が走る。
が、ガディが何とか少年との間に割り込んだ。
「おい! 揉め事を起こすなと言っただろうが。それに、この子には拘るなと言ったはずだぞ! そこのお前、この者を医務室に」
ガディが手近な場所にいた男へ促し、腕を押さえている男を連れていかせる。
「邪魔をしたのはコイツだ! 大体、その口の利き方はなんだ! 俺は――」
「お前がどこの国の貴族であろうと、この場では意味が無い。今のお前はただの一新人だ。他人を扱く暇があるなら、自分を鍛えろ!」
「扱きじゃなくて、イジメ」
ガディが栗毛の男を一喝する背後から、黒髪の少年が余計な一言を言う。
「アナタは黙ってて下さい! 大体、何でココにいるんですか!!」
「え、面倒だから? それに、ラルスとリヴォールがいってんだから、手は足りるでしょ」
振り返り怒鳴るガディに黒髪の少年が飄々と答える。
何かしらの葛藤があったのだろう。
ガディが頭を抱え、声にならない様子で激しく苦悩を表現しているのがベイザーにも見れた。
しかし、今この場に来たばかりのベイザーもであるが、その場にいた男達も内心不思議で仕方が無い。
この詰所での最高責任者はガディである。
その肩には騎士団魔術部隊の印である濃紺色をしたリボンの臂章がついている。
正確な階位は分からないが、こうして派遣されているガディもエリートと呼ばれる一人である事は間違いないのだ。
そのガディが、言葉は悪いながらも少年を立てる態度を取っているのだ。
この少年が何者であるのか、誰しもが気になる所ではあった。
「……ガディ殿。その小僧とてこの場にいる以上、騎士団の端くれなのであろう? ならば、ぜひともその腕前を見せてもらいたいのだが?」
ガディへ告げる栗毛の男の言葉は謙っては見せるが、態度はあからさまである。
面倒この上ないとばかりに溜息をついたガディは黒髪の少年に目を向ける。
「手、出したんですから自分で片付けて下さいよ」
「えー? 面倒臭ぇなぁ……ヤっちゃっていいの?」
「駄目です!!」
「更に面倒臭ぇ。何でこんなん相手にしなきゃならんのよ」
「リヴォールさん達と一緒に行かなかったからでしょうが」
「あっちはもっと面倒なんだもん……それに、俺行ったって役立たないしなぁ」
貴族らしく華美な装いをしているが、栗毛の男は自信を伴うだけの技量があるようにベイザーの目に見える。
そんな栗毛の男をまるで意に介していない黒髪の少年の態度や言葉は、尚更に栗毛の男を苛立たせていた。
案の定、業を煮やして男が怒鳴る。
「つべこべ言わずにさっさと武器を構えろ!」
「……はぁ、面倒臭っ……」
ちらりと見やった黒髪の少年が溜息混じりに掌を返す。
魔術によって、少年がもっとも使いやすい獲物を取り出したのだ。
詠唱も無い魔術にベイザーが思わず息を飲む。
が、その手に現れた獲物を見て、ガディ以外の者が、ベイザーだけではなく栗毛の男も、そしてその場を見守っていた男たちも驚愕する。
いや、唖然としたというべきであろうか。
少年の手にあるのは、どう見てもヌイグルミであったのだから。