【幸運と必然】 気合を入れたら噛みました
どの世界であろうとも、女性が集えば賑やかになるのは常であり、ここスートニア帝国の後宮に勤める侍女達とて同じである。
勿論、口にして良いか悪いかは弁えているが、良ければそれこそ話は尽きずに花が咲くというものだ。
後宮専用の備品や雑貨を取りまとめて扱っている部署は、皇妃を始め側妃達の侍女が集う為に話題は事欠かない。
「あら、スーイ。久し振りね」
「エリーこそ、久し振りじゃない」
「新人が入ってきてたから、そっちに仕事回してたのよ。スーイは、アンネッタ様のお茶かしら」
「よくお分かりで。エリーは?」
「私は皇妃様のお使いで、ご実家から届けられた荷物を取りに来たの」
皇妃と側妃達の仲が良い事から、侍女達もそれぞれ仲が良い。
皇妃の侍女であるエリーも、二の側妃の侍女であるスーイもいがみ合う必要がないので、こうして顔を合わせれば笑みを浮かべてちょっとした近況を報告しあう。
窓口の者にそれぞれ用件を伝えた二人は、窓口から邪魔にならない少し離れた場所へと移動をする。
「アンネッタ様にお茶が届いたという事は、そろそろお茶会が開かれるのかしら」
「多分ね。ほら、ウチの皇子様とススティ国の王子様は仲が良いでしょ? 互いに行き来しているほど懇意という事もあって、あちらの王妃様が良質なお茶を贈ってくださるのよ」
「ススティ国も大きな国なのに、案外マメよね? でも、ススティ産のお茶なんて安い物でも庶民にとっては高値だし、王妃様が贈って下さるのであれば最高級品でしょ? それを惜しみなく私達にも分けて下さるのだからアンネッタ様々よね」
「本当にね」
近々開かれるであろうお茶会に期待が膨らみ、笑みを交わす二人であった。
「そういえば、アテリーズ様はお元気? 言葉を喋られるのが早かったのに、あまりお喋りされないと聞いたのだけど、ご病気か何かなの?」
「あぁ、それがねぇ……ルードグ侯爵の件から少しお喋りされるようにはなったのだけど……」
スーイの問いに、エリーが頬に手を添えながら悩ましげに吐息を零す。
「なったのだけど?」
「うーん。ほら、お喋りできるようになったといっても、アテリーズ様はまだ幼いでしょ? ちゃんとした言葉はまだ無理みたいで……それがね! 聞いてくれる? 本当に本当に! アテリーズ様ったら可愛いのよぅ!」
それまで困ったような表情を浮かべていたエリーが、急にテンションを上げて詰め寄ってくるのでスーイは思わずたじろぐ。
「う、うん? アテリーズ様は確かに可愛くてらっしゃるけど……」
「以前、初めて皇妃様を『お母様』とお呼びになられたんだけどね? 舌足らずでどうしても『オカアシャマ』になってしまうのよ。まだ、サが上手く発音できないでらっしゃるのね。一生懸命、サと言おうとするたびに、段々と眉を寄せられていくのが本当に可愛くってー!」
「それは確かに可愛らしいわねぇ」
納得とばかりにスーイも笑みを零して頷いてみせる。
「でしょ? 『オカ……オカ……オカッ……』とか仰りながら、皇妃様を必死に見つめてる姿がもーっ! しかも! 結局、サが言えなくて『シャマ』とかになってしまう時の泣きそうな困ったようなお顔ときたら、もう胸がキュンキュンしちゃうのよう!」
「まだ幼くてらっしゃるから仕方ないとは言え、それはかなり威力が大きいわね」
思い出して身悶えるエリーの様子を笑いつつ、スーイも是非に見たいとはしゃぎだす。
「なんだけどー。そのお姿が余りに可愛らしくて、つい微笑ましい気分というか、うっかり皆で吹き出しちゃったのよね。それ以来、喋らなくなっちゃったのよ」
それまでのテンションが一気に落ちたエリーが肩を落として溜息を零す。
「あらら」
「でも、皆が吹き出した時、アテリーズ様がびっくりされたご様子で私達を見てね? 傍から見てても分かるほどお顔を真っ赤にされて、皇妃様の胸に顔を埋めてしまわれたのは堪らなかったわぁ。色々と」
テンションの落ちたエリーをスーイは気遣うように伺うが、どこか恍惚とした表情を浮かべているエリーの様子に、呆れた混じりに片側の眉をあげたスーイであった。
「それから皆がいるところでは、滅多にお喋りされなくなってしまわれたのだけれど、夜にもぞもぞとしてらっしゃるからこっそり様子を伺っているとね、どうやら練習されているようなのよ」
「夜に? 一人で?」
「そうなの。『オカ、オカ、オカッ……オカッ、オカッって、ラップかよ!』って仰ってたのよね。……ねぇ、スーイ。『ラップ』って何かしら?」
「アナタが知らないのに私が知る訳ないじゃない」
真顔で問い掛けてくるエリーに、スーイも意味が分からず小首を傾げる。
暫し、二人であーでもないこーでもないと論じていたところへ、それぞれ頼んでいた品が用意されて窓口から呼ばれた。
「それじゃ、またね。そうそう、近い内にススティ国の王子様がいらっしゃるかも。もしかしたら、アテリーズ様ともご挨拶されるかもよ?」
「そうなの? 分かった。一応、皇妃様にお伝えしておくね。詳しい事はまた改めてアンネッタ様からお話があると思うしね」
「うん、よろしく」
じゃぁ、と二人は手を振るとそれぞれの主が待つ部屋へと戻っていく。
そんな侍女達を見送った窓口の男は徐に傍らの用紙とペンを引き寄せメモを取り始める。
「アテリーズ様は未だ幼く、皇妃様を『オカアシャマ』と呼ばれる……っと。舌を噛んでしまい顔を赤くして恥ずかしがるお姿は、色々と堪らなくなる。確かに堪らんな。後は……『ラップ』なる情報を求む。ってとこかな。そろそろ次の新聞作れそうだな。よしっ」
後宮奥深くに住まわれる三の皇女の逸話が、ここから城下へと流れている事は案外知られていない。