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我楽多  作者: 市太郎
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いとけない詐欺師

 私の名前は喜乃字(きのじ) (さと)。江戸時代の頃から高利貸し? 今は質屋をやっている家です。たまにお爺ちゃんとかお父さんが真っ黒な車で美味しいご飯を食べに行ってたりします。私はまだ中学一年生なので、料亭には連れてってもらえません。私の家はとてもお金に厳しいから、早く大きくなってベンチャー企業を起こして、料亭で美味しいご飯を好きなだけ食べたいと思っています。

 今年の春から中学校にあがったので、最初のお小遣いは二万円もらえました。一ヶ月一万円です。五月の下旬にある中間では良い成績を取らないとお小遣いが変動してしまいます。円高どころの騒ぎではありません。とてもシビアな家なのです。大兄ちゃん小兄ちゃん、大姉ちゃん小姉ちゃんが口をすっぱくしてお小遣いを貯めろって言うので、欲しい物はなるべく我慢してお兄ちゃんやお姉ちゃんたちのお下がりを使っています。こんな自分がとっても健気だなって思います。

 そんな健気な私にとっても不幸な事が起こりました。

 四月の最後の日曜日でした。お婆ちゃんのお茶会で余った和菓子をもらい、自分の部屋で食べようと大きな口を開けたら、突然見知らぬ男の人たちに囲まれていました。

 お婆ちゃんが贔屓にしている和菓子屋さんはとっても美味しいので、嬉しくてちょっとだけ目を細めたんです。あーんって頬張ろうとしたらいきなり男の人たちに囲まれていてびっくりしました。

「また小娘か……」

 誰かがくたびれたように呟いたのが聞こえました。誰が呟いたのかと思って男の人たちを見てみましたが分かりません。

 真正面には魔法使いみたいな服をきた優しそうなカッコイイ男の人がいます。大兄ちゃんより年上みたいです。その隣には体育の先生みたいな筋肉達磨でカッコイイ人です。

 ハリウッドスターみたいにカッコイイ人たちです。

「……勇者殿、突然の召喚にお応え頂きありがとうございます」

 勇者? 召喚? 勇者といったら悪を倒すヒーローの事かな? 私、女の子だから勇者よりもお姫様の方が嬉しいんだけどな。でも、勇者っていうのもカッコイイかもしれない。

「どうか魔王に苦しめられる我等をお救い下さい」

 家族にはいつも子ども扱いされている私だけど、こんな風に背も高くて立派そうな大人がみんなして私に頭を下げてくるなんて凄くない? そんなにお願いされちゃったら嫌なんて言えないよね。

「いいですよ! 私、頑張ります! 何すれば良いのかな?」

 お爺ちゃんと囲碁しても将棋をしてもいつも負けちゃうけど。お花もお茶も下手だけど、頑張るよ! せっかく頼られたんだから頑張らないとね! 胸を張って答えたら、みんながホッとしたように笑顔を浮かべているの。大人なのにね。私もつい笑顔になっちゃう。

 あ、でもその前に!

「あのね、あのね! 魔王? 退治するのは良いんだけど、五月の末にね中間試験があるの。だから、帰って勉強もしないといけないし。……晩ご飯までには帰りたいんだけど」

 真正面にいるからつい優しい感じのカッコイイ人、魔法使いさんに聞いてみたの。

 そうしたら、ちょっと困った顔になっちゃったから私も思わず眉が下がっちゃう。

「申し訳ございません。中間試験や学校がどのようなものか分かりかねるのですが……勇者殿には魔王の住む城へ赴き討伐して頂きたいのでございます。勇者殿は剣や魔法はお使いになられますか?」

「使えません! あ、そろばんなら得意です!」

 魔法だって! 勉強すれば私でも使えるかな? そう聞いてみたら、魔法使いさんは困った顔を更に困らせてしまったの。

「素質はあるので訓練次第で魔法は使えると思います。私よりも強くなられる事でしょう。しかし、晩ご飯までにお戻りになるのは難しいかと」

「えー? どれくらい掛かるの?」

「魔法を会得するのに一ヶ月。それから旅に出て頂くので一年ほどは……」

「一年?! 一年も家に帰れないの?! うそーっ。やだ、困るーっ!」

「何たることだ! 我等の未来を託す誇りある勇者がこのような者とは! いくら子どもとはいえ貴様は世界を救う勇者なのだぞ! 栄誉と思わぬか!」

 思わず大きな声を上げたら、体育の先生の傍に居たお爺さんが私よりももっと大きな声を上げたからびっくりして持ってた和菓子を落としちゃった。

 コロコロと転がっていく和菓子。床は石で出来ているからもう三秒ルールも無理。

 体育の先生も魔法使いさんもいきなり怒鳴ったお爺さんに何か言ってるけど、私の和菓子はもう食べれない。最後の一個だったのに。今日はちゃんとお手前ができたからってお婆ちゃんが特別にくれたのに。

 そう思ったら涙が出てきた。だって、三ヶ月に一回しか食べれないんだよ? 上生菓子なんだよ? たかが三百円とか四百円とか、私にとってどんだけの出費だと思ってるの?

 ボロボロと涙を零す私に、皆がギョッとした顔で見ている。

「ひどい……もうこんな砂がついちゃったら食べれないじゃない! 私に助けてとか甘言で(そそのか)した癖に自分が気に入らないからって怒鳴りつけるとか大人のする事なのっ! それって信義誠実の原則に反する行為なんじゃないんですか?! それとも私が子供だから騙そうって魂胆ですか! 大体、私はまだ中学生で未成年なんです! 保護者たる親への断わりも無くこんな所へ連れ出すとか誘拐じゃないですか! しかも一年におよぶ拘束! 拉致監禁の上、未成年者への強制労働! 精神的苦痛と和菓子への損害賠償を要求します! 且つ! 一年間分のお小遣い! この場合は一点百円の計算に基づき十教科満点とし、試験六回分の計六十万円を請求させて頂きます! また! 学校を無断で休むにあたっての心理的負担、その後の社会……学校? あれ? どっちでもいいや。学校復帰への補償と救済を求める!」

 涙を流しながら拳を振り上げて怒鳴っていた私の目の前に、(えん)姉ちゃんが驚いた顔で立っていた。

 そう言えば私が訴えている間、魔法使いさんが何か叫んでた気がする。

「何騒いでるの……」

「縁姉ちゃーん!! 私の和菓子がぁぁっ!」

 私は縁姉ちゃんのささやかな胸に泣きながら飛び込んだ。




 今度会ったら、今度会ったら! 落ちた和菓子の分を絶対に弁償させてやるっ!

信義誠実の原則:相互に相手方の信頼を裏切らないよう行動すべきであるという法原則

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