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我楽多  作者: 市太郎
13/22

気分を出してもう一度

 私の趣味は読書です。

 そこそこ家が裕福ということもあり、床を強化した自分専用の書庫室なんかを持っていたりします。

 漫画、小説なんでもござれ。ちょっとした漫画喫茶を経営できる冊数が揃っております。

 面白いと思えば政治、歴史、ミステリー、SFとジャンル問わずに収拾してましたが、特に好みなのは恋愛物です。恋愛と言えばハーレクィン。創刊から全て揃えてますので、そろそろ専用の部屋を作ろうかと思うほど大好きです。他、少女向けなんかもありまして、ファンタジー小説なんかも大好きです。

 ドラゴンを始めとした幻獣が棲み、王子様や騎士や魔法使いが活躍する物語。ごまんとある本の数だけ妄想の世界は広がっているのです。素晴らしいです。

 自分が主人公になりたいとかそういう気持ちではなく、映画を楽しむように小説の世界を楽しんでいる。そんなささやかな趣味でした。

 はっきり言いまして、自分の身に降りかからないから楽しめる世界なんですよね。

 何が楽しくてウォシュレットもない世界で苦労をしなければならないのでしょうか。

 扉を閉めても虫は入り込んでくる。暑くてもクーラーはない、寒くても暖房もない。お風呂に入りたくなったらボタンを押せばお湯は自動で溜まって止まる。蛇口を捻れば水もお湯も流し放題。移動もバスやら電車やら飛行機やら、快適なシートに座って数時間すれば目的地へ到着。混んでたらグリーンへ追加料金払えば良いじゃない。荷物が重ければ宅配便に任せれば良いじゃない。金さえあれば、タクシーで全国津々浦々すれば良いじゃない。

 ある日突然、そんな便利な環境とは無縁になってしまいました。


 ただ今、ファンタジー小説のような世界で、ファンタジー小説の登場人物のように暮らしております。

 ちょっとバカンスに、と出かけた先でテロと遭遇しまして、意識――いえ、命を失って気付いたら風光明媚な場所におりました。

 長所が風光明媚というだけの、文明のない世界です。ライフライン、何ソレな世界です。

 右も左も分からない私を、運良く拾って下さったのが子供のいない老夫婦でした。森に住む彼らは切った木を薪にして町に売りにいくという、それはそれは慎ましい生活をしておりました。自給自足に近しい環境でしたが、けっして余裕があるわけでもないのに、食い扶持一人追加とさせてしまった手前、とうぜんながらできることから手伝いを始め、まぁ何とか一人前になれただろうかという頃、国軍所属の魔法使いが私を訪ねてまいりました。

 数年に一度、魔力の高い者を探し出しては軍へ勧誘しているそうです。一定以上の魔力保持者が引っ掛かるように、特定の魔法で自国にスキャンをして私が物の見事に当たったとかでいらしたそうです。

 物語そのもののような展開ですね。

 平和な日本で生まれ育った私がそんな物騒なところへ行きたいと思うはずもなく、最初は渋っておりましたがそこは手練(てだれ)のスカウトさん。あの手この手で口説いてまいりました。

 結果、野球選手のような金額で手打ちとなりました。年俸億単位という金額です。

 それだけ払ってもお釣りがくる魔力を保持しているそうなのです。

 私の趣味は読書です。ブランド物や自分を着飾ることへ必要以上お金をかける趣味は持ち合わせておりません。こちらでは娯楽となる本がないので、私の性格上ドレスやら装飾品やらでお金が飛ぶことはあまりありません。必要最低限、どこへ出てもおかしくない程度に揃っていれば十分なのです。

 そういうわけで、契約金の半分はお世話になった老夫婦へ預けました。一年分の契約金の半分でも、余生は十分に過ごせるだろうという金額です。

 見ず知らずの私を世話してくれた人の好い夫婦ですから、とうぜん断わってきましたが、そこは一人で王都に行くなど寂しい、もうちょっと気軽に行き来できる場所へ引っ越して欲しい、その為の費用だ、譲るのではなく預けるのだ、資産管理だと口説き落として納得してもらいました。

 町からも距離があるので今は良くても歳を重ねれば住み難くなるような場所ということもあり、最終的には老夫婦も折れてくれました。

 話が決まれば善は急げとスカウトさんが頑張ってくれまして、王都に近いこれまた風光明媚な場所に老夫婦の住まいを見つけ、私は王都にある軍所属の官舎へと移り住むことになりました。

 現在、どこかの国と戦争をしているというわけではありませんが、初心者の私がいきなり現場に出れるはずもありませんので、最初は魔力とは魔法とは何かといった座学から始まりました。座学の中に、なぜか発声練習と腹筋強化及び早口練習もありました。

 元は一般的なOLですので、仕事と割り切ればそれなりに励みもいたします。そこそこ身についてきたところで、では実践してみましょうとなるのはとうぜんの流れであります。

 そこまでは良かったんです。そこまでは。




「『憤怒に滾る其の力! 仇為す者を跪かせ纏いし炎にて全てを焦がし爆ぜよ!』です。さぁ、ご一緒に」

 耳の傍で聞けば腰が砕けそうな素晴らしいバスの声を腹の底から朗々と歌うかのように唱え、一気に炎上した目標物を見届けた教師が私を振り返り促します。

「ふ……ふんぬに……」

「声が小さい! もっと腹の底から! さんはい!」

「ふ、憤怒にっ!」

「躊躇ってどうしますか! 戦地での躊躇いは死ですよ! 大きな声で! 敵を恐れさせるほどの覇気をもって!」

 教師は熱い人でした。

 妄想するのと、妄想を実践するのとでは大違いです。小説の中で、主人公が恥ずかしい台詞を言うのは気になりませんが、自分が言うのは羞恥の極みであります。

 私の中の、何かとても大事な物を失ってまで吹っ切れるには三年の月日が必要でありました。

 一向に役立たずのままであった私は、危うく故障選手のような微妙な立場になりそうではありましたが、今では羞恥心を怒りへと変え、対象物へ当り散らすということで心の均衡を保ってたりします。

 そんな容赦ない私のことを、身内とも呼ぶべき同隊さえもが鬼だ悪魔だと陰口を叩いたりしてますので、期待に応えるべく本日も特別メニューで実施練習をしていきたいと思っております。

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