コンビニDSZ
ここ、遊鈴坂下という名の交差点は、色々と噂の絶えない場所である。
坂下とあるのでもちろんその上には緩やかな坂が続いており、交差する二本の道も片道二車線と十分な幅があり、けっして見通しが悪いわけではないのに事故が耐えない。
四つ角を占める住居も交差点から一番遠くに玄関を設け、交差点側は堅硬な壁で突っ込んでくる車を予期しているかのような作りである。
夜にはざんばら髪の落ち武者が、白いワンピースを着た女が、果ては新幹線よりも早い老婆が走っているのを見かけたと、嘘か真かその手の噂が跡を絶たない。
そんな遊鈴坂下の交差点の角の一つには、個人が経営している二十四時間営業のコンビニがある。
その名もポイントチャールズというコンビニは、九人の社員がシフト制で詰めており、さらにバイトが数名入っているのだが、夜のバイトは常に募集が掛けられ、千五百円という破格な値段がつけられている。
まことしやかな噂を裏付けるような時給である。
そもそも、遊鈴坂下は都会からも幹線道路からも外れ、夜通し営業をしていて人が入るのか甚だ不思議な場所なのだ。
節電営業が当たり前となりつつ昨今、ポイントチャールズは看板の照明は落としながらも店内は煌々として今夜も営業中である。
本日、初めて夜間シフトに当てられた山田哲夫(二九)は社員である林雄三と共にレジへ立ち、一向に訪れる気配のない客を待ち続けていた。
時刻は間もなく丑三つ時である。
こんな時間に来る客も稀であろうに、なぜか昼時ラッシュを迎えるがごとく棚から溢れんばかりに補充をさせられた。
「……そろそろだな。山田君は今夜が初めてだっけ。君は無心でレジ打ちだけしていればいいから。ただし、挨拶も何も言わなくていい。絶対に口を開いちゃいけないよ?」
「え? なぜですか?」
厳かに告げる林社員に、新米である山田は驚きの声をあげる。
「うん。その時がくれば分かるけど、たぶん口を開いたらまともにやってられないっていうか……慣れればどうって事もないんだけどさ。あとね、レジは通常に打ってもらうけど、受け取った『お金』はココに投げ入れてね」
そう言って小林社員が指したのは、なぜこんなところにと山田が不思議に思っていたポリバケツである。
レジ打ちポジションに立つ山田の背後は、一二〇Lの業務用ポリバケツが十個並んでいた。
「はぁ……あの……一体これは……」
「僕からのアドバイスは一つだけ。考えちゃ駄目だ。無心になれ。以上」
「え? いや、あのっ」
三歳年若い小林へ戸惑いに問いかけようとした山田は、当の小林から遮られてしまう。
「さぁ、ポイントチャールズ本当の開店だよ。気絶しないでね」
小林の言葉が合図になったのか、正面の壁に掛けられた時計がちょうど二時になった瞬間、来客を告げるチャイムが鳴った。
習慣から、山田は出入り口へ目を向けながら挨拶の言葉を口にしようとした。
しかし、入ってきた来客の姿に開き掛けた口から思わず悲鳴が飛び出しそうになり、小林に脛を思いっきり蹴られたことで辛うじて堪えた。
堪えてはみたが、とてもではないが我慢しきれるものではない。
なぜならば、理科室などでお馴染みの人骨模型がカラコロと骨を鳴らして店内を闊歩しているのだから叫ぶなというのが無理な話である。
しかも、ただの人骨ではなく鎧や剣を持っている姿はゲームや映画で見るアンデットモンスターそのものだ。
山田はカタカタと耳に触る音が、人骨の足音なのか自分の歯が鳴っているのか分からないほど動揺していた。
発作的に叫びそうになる山田を、慣れた仕草で何度も小林が足の甲を思い切り踏みつける。
逃げ出してしまいたいが、狭い背後は所狭しポリバケツが並び、正面には人骨が闊歩し、横は小林が行く手を遮り山田はレジ打ちをするしか道がなかった。
グルリと店内を一周してきた人骨がレジ台へ商品を置く。
拭けばすっきり爽快ボディシートと紙パックのジャスミン茶のお買い上げである。
それは汚れや脂をふき取るもので骨を拭いてどうなるのかとか、ジャスミン茶を飲んでもだだ漏れじゃないのかとか、現実逃避か胸中の突っ込みは果てしない。
震える手でバーコードリーダーを翳し、隣にいる小林は黙々と商品を紙袋に詰めている。
金額を言う前に人骨が『お金』を置き、小林から商品を受け取りさっさと店を出ていってしまった。
「ぼぅっとしてないで、早く『お金』を後ろのバケツに入れる!」
台に置かれた『お金』を呆然と見つめていた山田に小林が小声で叱咤する。
「で、でも……これ、金じゃなくてダイヤなんじゃ?」
「いいから!」
じれた小林が拳大のダイヤモンドと思わしき鉱石を掴むとポリバケツに放り投げる。
「そんな乱暴に扱ったらっ」
「慣れる! 次の客が来るからぼやぼやしてる暇はないよ!」
再びチャイムがなる。
入店した二人連れの客は女性の姿をしていた--辛うじて。
服を纏っていない上半身は形の良い胸を惜しげもなく露わにしており、彼女いない歴ウン年の山田としては目の肥やしなのか毒なのか悩ましい姿である。
顔もキツい感じの美人と、目がクリッとした可愛いタイプで甲乙つけがたい。
だが、上半身露出狂な痴女の下半身は蛇と蜘蛛である。
彼女達は先週新発売となった缶チューハイ数本と生理用ナプキンを購入していった。
ピンクと黄色が目新しいアレである。
何を言っているのかさっぱり分からないが、キュルキュルグルグルとはしゃいだ調子から気に入っているのかもしれない。
しかし、蛇や蜘蛛な下半身にソレを使えるのかと視線を虚ろわせながら山田はレジを打ち込み、金塊をバケツに放り入れる。
続いてチャイムが鳴った。
某アニメ映画に出てきたなんとか神様のような、歩くたびに泥を落とす謎の物体、山田や小林の膝丈ほどの醜悪な顔をした喧しい団体、人の姿をしたものから、想像上の動物やら神獣聖獣と、それから怒涛のように客が押し寄せ、山田は小林の言葉とおり無心でレジ打ちを努めたのである。
オフィスビル街にあるコンビニが、朝の通勤時ラッシュを迎えるがごとく、ランチラッシュを迎えるがごとく、ひっきりなしに人外な客が訪れて数時間、幾度目かのチャイムが鳴った。
この頃には無心……ではなく、現実逃避の極みとなっていた山田であったが、聞き覚えのある声、我が母国語である日本語を聞いて涙が零れそうになった。
「あ~、お疲れ~。今夜のシフトは山田君なのか~」
非常識な状況だというのに平静でいられる小林には期待ができず、レジ打ちという流れ作業を続けていた山田には、社員である宅配担当河原の登場は強いられた緊張感を緩ませるには十分であった。
河原は昨日の夜勤シフトに組まれおり、今日の夜勤シフトに入っていなかったにも拘らず、だ。
地獄に仏とばかりに勢いよく出入り口に目を向けた山田は、河原の姿に堪えきれず悲鳴をあげる。
「河原さん、オツっす。今日はモテモテですねぇ」
「ス、ス、ス、スッ……っ」
「お~。スライムの池に宅配行くのは良いんだけど、もう離してくれなくて困っちゃうよ~。危うく原付まで取り憑かれそうになってヤバかったさ~」
ふくよかな河原はヘルメット取り外しながらを福々しい笑顔を浮かべ、首から下に纏わり付いているゼリー状のスライムに振るい落としつつ福神のような笑顔でのんびりと答える。
山田の限界はそこまでだった。
うぅ~んと唸り声を漏らし、山田の世界は闇に包まれたのである。
遊鈴坂下交差点にあるコンビニは、毎夜丑三つ時になるとどことも知れぬ世界となぜか繋がる。
夜間のバイト代は桁外れで、正社員になると月給も50十万を越えるらしい。
原付免許を持ち、夜間宅配が出来る者は特別手当も出るそうである。
ポリバケツに山と積まれる金塊や宝石がどのように換金されるのか、どのような伝手があるのか、オーナーの仕事でほかの者は一切を知らない。
ポイントチャールズでは夜間シフトに入れる方を常に募集中です。
物事に動じず、どのような状況でもレジ打ちが出来る方の応募を、従業員一同心よりお待ちしております!
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