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魔法の才能がなかった少年、実はフィジカルで世界最強でした。  作者: 冬自慢


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魔法使いとして

 ――最たるものを手に入れた者は、例外なく孤独を与えられるものだ。


 俺の頭の中で、その台詞が呪文のように、あるいは逃れられぬ呪いのように反芻される。


 それはいつ、どこで聞いた言葉だったか。あるいは、物心つく前から俺の血に、遺伝子レベルで刻まれていた警句だったのか。今となっては確かめる術もない。


 視界の端で、埃の舞う天井が白く滲んでいる。

 使い古され、寝返りを打つたびに悲鳴を上げる粗末なベッド。その上で、俺――リヒトは、泥のように重い身体を引きずるようにして起こした。


 窓の隙間からは、鋭いナイフのような朝日が容赦なく差し込み、遠くで鳥の囀りが聞こえる。


 世界がまた、俺の事情など知らぬげに、残酷なほど平穏な朝を迎えたことを悟らされる。


 俺は目を擦りながらベッドを降り、慣れた手つきで「その時」のための準備を始めた。


 今日という日は、路地裏で日銭を稼ぐ「いつもの仕事」のためにあるのではない。


 俺にとって、これまでの人生のすべてを――その時間の、その労力の、その魂のすべてを賭した、あまりにも特別な日。


 魔法の最高権威――国立魔法大学。その重厚な門を潜るための、入学試験当日だ。


 薄汚れた外套を羽織り、研ぎ澄まされた短剣を携えた革ベルトを腰に巻く。


 鏡の中に映る自分は、魔法使いというよりは、明日をも知れぬ野犬のような風貌をしていた。魔術師の気品なんてものは、少なくとも俺の辞書には載っていない。


 意気揚々と路地へ繰り出したものの、歩を進めるごとに不安が胃のあたりを締め付ける。


 数年前から志してきた大学への入学。それが、泥水を啜って生きてきた自分のような人間に相応しくないことくらい、誰に教えられずとも承知していた。だが、いかんせんこうして身震いするのは、期待からではなく純粋な恐怖からだろう。


 この日のために、数年の歳月のすべてを、文字通り身を削り取るようにして注ぎ込んできたのだ。


 そこを卒業しさえすれば、泥にまみれた過去を清算し、人並みに豊かで順風満帆な人生が手に入る。


 幸いなことに、俺には僅かながらに魔法の才があった。


(……まあ、0よりはマシという程度の、火を灯すのも容易ではない小さな火種に過ぎないが)


 乾いた唇を舐め、俺は自分に言い聞かせる。


「なぁに。入ってしまえば、何とでもなるさ」


 魔法大学は入るのも難関だが、真の地獄は入学後に待っているという噂だ。


 およそ数年に一度三十人が入学し、無事に卒業できるのは片手で数えるほど。そんな話が誠しやかに囁かれる場所だ。ただ魔法行使が、術式の展開が上手いだけでは、そこでは生き残れない。


 そもそも、魔法といってもその種類は膨大だ。

 

 大別して、世俗で最も広く使用されているのが『通常魔法』。水を出して喉を潤し、火を灯して夜を明かす。日常生活の潤滑油となる、穏やかな力だ。


 それに対して、牙を剥くのが『戦用魔法』。名の通り、純粋な殺傷能力を追求し、標的を破壊するためだけに練り上げられた魔法の総称。


 魔法使いたるもの、自らの身は自らで守らなければならない。結局のところ、試験において最も冷徹に評価されるのは、この『戦用魔法』の威力と精度なのだ。他にも『付与魔法』や『回復魔法』など多岐にわたるが、基本の双璧はこの二つであることに変わりはない。


 行使の腕前は無論、その深淵に横たわる知識もまた、厳しく問われることになる。


 無数にある魔法の構造を解読し、複雑怪奇な理論を紐解き、術式という名の設計図を脳内に描く。それこそが魔法を学ぶ根幹であり、探究の果てと言えよう。


 魔法行使の実力が芳しくない俺にとって、唯一の武器は、この「知識」と「思考」だった。


 頭でっかちと、そう揶揄されようが構わない。


 要は、人並みに。ただ、人並みに平穏な人生を。

 俺の願いは、それだけなのだ。


 試験会場は、王国の最果てにあった。


 巨大な森林地帯『荘厳なる大森林』。その深緑の威圧感が立ち込める境界線だ。


 すでに千人近い人だかりが、熱気と、そして隠しきれない殺気を孕んで渦巻いていた。


 魔法大学の試験にしては、集まった顔ぶれはあまりに雑多で、混沌としている。


 人間、犬人種、猫人種……そして、空気を裂くような圧倒的な威圧感を放つ竜人種まで。


 重厚な甲冑を纏い、身の丈ほどの大剣を背負う者もいれば、今にも折れそうな細い杖を頼りにローブを翻す者もいる。


 正直に言って、試験の内容を聞かされたとき、俺は呆れを通り越して絶望した。


 大量の脱落者――すなわち死人を出すこの試験は、受験者たちの間で『デスレース』と忌み嫌われている。


 事前に数日前に聞かされていた試験内容は至極単純。


 目の前の『荘厳なる大森林』を走破し、最深部にある『花嫁の可雫はなよめのしずく』と呼ばれる、月の光を凝固させたような純白の野花を採取して、生きてここへ戻ってくること。


 言うは易く、行うは死に等しい。


 道中に整備された道などなく、高低差は脚力を削り、何より森の主たる強力な原生生物たちが、侵入者の肉を求めて待ち構えているのだ。


 かつて一週間以内に帰還した者は一人もいないと言われ、森に倒れた者の遺体は、そのまま緑の肥やしとして放置される。


 弱者に、生存の権利はない。生きるための知識、抗うための技術。そして何より、状況を打破する腕っ節。そのすべてを揃えた者でなければ、この「緑の棺桶」から這い出ることはできない。


「よし、定刻だ! 三人一組を作れ!」


 無慈悲な号令が響く。そして、この試験における最後にして最大の縛りが告げられた。


 三人一組となり、その一人も欠けることなく、全員で生還すること。


「おい、俺と組もうぜ」

「魔法が得意な奴はいないか!」

「あと一人だ、力のある奴なら誰でもいい!」


 怒号のような勧誘が飛び交い、次々と即席の運命共同体が出来上がっていく。


 その喧騒の中で、俺だけが、静止した時間の中に置き去りにされていた。


 誰からも声をかけられない。それもそのはずだ。十四歳かそこらの、痩せぎすで貧相な装備の少年に、命を預けようという奇特な大人はいないだろう。


 まさか俺は、ここで終わるのか。


 そう諦め、冷たい諦念が背中を撫でた、その瞬間だった。


「あの――、あの!」


 まさか自分に向けられた声だとは思わず、俺は二度目の呼びかけでようやく振り返った。


 ひどく透き通った、それでいて強い芯を感じさせる若い声。


 見上げた先には誰もいない。視線を下へと落とすと、そこには俺とほとんど歳の変わらない少女が立っていた。


 月光を溶かしたような白い短髪。身体のラインに沿ったしなやかな黒の軽鎖帷子。その上から灰色のチュニックを纏い、腰には優美な、しかし使い込まれたレイピアがぶら下げられていた。


 驚きに目を見開く俺に対し、白髪の少女はさらに一歩、その距離を詰めてくる。


「あの、聞いてます? もし良かったら、私と一緒に――」


 俺は思わず口をついて出た。


「……なんで」


「え?」


「なんで、俺なんだ? 他にも強そうな、頼りになる大人はたくさんいるだろう」


 俺の問いに、少女は小首を傾げ、ふわりといたずらっぽく微笑んだ。


「んーー、なんでだろ。私と同じ、だと思ったからかなぁ。ほら、あなたも『訳あり』でしょう?」


 訳あり。


 その言葉の真意を測りかねて立ち尽くす俺だったが、周囲を見渡して、すぐに合点がいった。


 屈強な大人ばかりがひしめくこの地獄の入り口で、子供だけで立っているのは、俺と彼女だけだったからだ。


 いや……よく目を凝らせば、少し離れた場所に、もう一人。同じ年恰好の、深いフードを被った影が孤独を纏って立っている。


「あの子も誘いましょうか。そうしたらちょうど三人! どうせ私達みたいな子供と組んでくれる人なんて、他にはいないんだし」


 少女の言葉に、俺は小さく溜息をつき、肩の力を抜いた。


「……ああ。そうだな。……って、おい!」


 にへらと無邪気に笑うなり、少女は俺の手を強く引いた。


 その掌の熱さに、俺は自分の運命が、望まぬ方向へ激しく加速していくのを予感していた。

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