第14話囁かれた罰
執務室に、濃密な緊張が張り詰めていた。書類を戻す途中で固まっていたデルヴィの手は、今や体の脇で固く握りしめられている。タイニーとユンは硬直し、女主人の顔を直視できずにいる。一方、サンディは静かにデルヴィの背中を見つめるだけだった。その表情は凪いでいて、何を考えているのか読み取れない。
必要な情報を得て、デルヴィが振り返る。冷え切ったその視線が、二人の侍女に突き刺さる。
「ユン、急いでメリサをここに呼びなさい。タイニー、お前はここに残れ。」
その命令は、絶対的で冷酷だった。ユンは短く一礼すると、一言も発さずに部屋を出ていく。息詰まる静寂の中、サンディと共にぽつんと残されたタイニーは、ただただ立ち尽くす。
デルヴィは自分の椅子へと戻っていく。静かな部屋に、ハイヒールの音だけが響いた。サンディも向き直り、その女主人の一挙手一投足を目で追った。
「奥様は、メリサ姉さんをどうなさるおつもりですか?」
デルヴィはすぐには答えなかった。椅子に腰を下ろし、顔の前で両手を組む。細められた目が、ドアの近くで震えながら立つタイニーを鋭く射抜いていた。
沈黙が続く。まるでデルヴィが、最も相応しい罰を頭の中で組み立てているかのようだ。その視線の下で、タイニーは自分が繭を失った蚕のように、小さく、無防備に感じられた。
しばらくして、デルヴィの表情が変わる。薄く、残酷な笑みがその唇に浮かび始めた。
「サンディ、こちらへ来い。」
指を四本動かす、手招きの合図。サンディは音もなく歩み寄り、それに従った。
「ここへ。」
サンディが机のそばまで来ると、デルヴィはさらに近くへと、自分の椅子の真横に立つよう身振りで示す。サンディは命令に従うほかなかった。
「耳を貸せ。」
サンディが身をかがめ、デルヴィの方へ耳を寄せると、彼女は低い声で囁き始めた。
「お前は赤子の頃からジャミルとほぼ同い年の今まで、一度も母乳を飲んだことがないのだろう?」
サンディは小さく二度頷いた。デルヴィは満足げな声で、囁きを続ける。
「ならば、メリサの母乳を飲ませてやろう。」
サンディの目が見開かれる。まるで電気ショックを受けたかのように、二歩、三歩と後ずさった。その反応を見て、デルヴィの顔に奇妙に楽しげな笑みが浮かぶ。
「わ、私にはできません、奥様。」
「ほう? なぜだ? 私が誰かに滅多にしないことを命令してやっているというのに、断るとは惜しいな。」
デルヴィの表情は悪戯っぽく、蠱惑的でさえあったが、その瞳は冷たいままだった。
「わ、私は――」
「もし断るのなら」デルヴィは素早く遮った。「先ほどの提案と合意は、全て破棄したと見なす。代わりにお前とメリサを、子供たちの前で罰してやる。」
その脅しは、サンディを鉄槌で殴りつけた。無力感が彼を襲う。指の関節が白くなるほど固く拳を握りしめ、胸の内で燃え盛る怒りを堪えるように目を閉じた。だが、この支配者の前で怒りを露わにすることは、自殺行為に等しい。
重い気持ちで、彼は目を開けた。後悔に声が掠れる。
「……分かりました。奥様のご命令通りに、いたします。」
「よろしい!」とデルヴィは応え、不気味な冷たい笑い声を上げた。
(ジャミル兄様、メリサ姉さん。……こんな、恥ずべきことをしてしまう僕を、許してください)
サンディは内心で叫んだ。それは、静かに涙を流す敗者の悲鳴だった。
ほどなくして、控えめで丁寧なノックの音がした。デルヴィの笑い声がぴたりと止む。彼女は座り直すと、素早く「入れ」と声をかけた。
扉が開き、ユンに連れられたメリサが姿を現す。メリサの手には、まだトマトの入った籠があった。
「奥様、ご命令通りメリサを連れてまいりました。」
「ご苦労、ユン。さて、お前たちはもう下がっていい。」
タイニーは深々とお辞儀をすると、ユンと共に足早に出て行った。メリサは、すれ違う二人を見送り、静かに部屋へと足を踏み入れる。ユンが扉を閉めようとしたその時、再びデルヴィの声が響いた。
「待て、ユン。ミラを呼んでこい。それと、ミルクを一杯持ってこさせて。」
ユンは短く頷き、静かに扉を閉めた。
(なぜデルヴィ様はミラまで巻き込むんだ?)
サンディは内心で問うたが、すぐにその考えを振り払った。少し埃で汚れたメリサの制服が目に映り、先ほど交わしたばかりの醜悪な取引への後悔と共に、鋭い憐憫の情が再び彼を襲った。
「事の詳細はタイニーとユンから聞いた。メリサ、残念だが、お前には情状酌量の余地なく罰を受けてもらう。」
デルヴィの隣に立ったままのサンディが、ちらりとメリサを見た。彼女はデルヴィの机の前に静かに立ち、体の前で籠の取っ手を両手で固く握りしめている。
「奥様のご決定、理解いたしました。いかなる罰でもお受けする覚悟はできております。」
(は……はぁ!?)
サンディはメリサへと素早く視線を向けた。彼女の思考が全く理解できない。なぜ、自分を貶める罰を、これほど従順に受け入れられるのか? 彼が混乱していると、再び執務室の扉がノックされた。誰が来たのかは、分かっていた。
「入れ。」
扉が開き、小柄な体に見合ったミニチュア版のメイド服を纏ったミラが、大きなミルクのグラスを乗せた盆を持って現れた。
「失礼いたします、奥様。ご注文の品を――」
「分かっている! いちいち口上を述べるな。聞き飽きた。」
デルヴィの冷たい一喝に、ミラは恐怖でわずかに顔をこわばらせた。彼女はゆっくりと部屋に入り、静かに立つメリサの横を通り過ぎ、震える手で盆を机の上に置いた。役目を終え、去ろうと踵を返した。
「待て、ミラ。まだお前に用がある。」
その言葉に、ミラの足がメリサの隣で止まる。小さな体は震え始め、ゆっくりとデルヴィの方へと振り返った。
「メリサ、ドアを閉めて鍵をかけろ。誰にも我々の話を聞かれたくない。」
メリサは無言で従った。籠を床に置き、ドアへと歩いていき、鍵をかける。カチリ、と。鍵のかかる音が、やけに絶対的な響きを持って室内に落ちた。そして、彼女は元の場所へと戻った。
全員が所定の位置についたのを確認すると、デルヴィが立ち上がった。彼女は本棚の近くにある引き出しへと向かう。反射的に道を開けたサンディの横を通り過ぎていく。室内の静寂はあまりに暗く、デルヴィの足音だけがそれを破っていた。
メリサの隣で、ミラは震えながら立っている。その瞳は混乱と恐怖に満ちていた。
(奥様は、また私を罰するおつもりなのだろうか?)
その疑問が、彼女の頭の中をぐるぐると回る。デルヴィが引き出しの前に着き、それを開けた時、ミラは女主人が一本の長いロープを取り出すのを見た。デルヴィが軋む音を立ててゆっくりと引き出しを閉め、ミラを見据える。
「ミラ、メリサの服を脱がすのを手伝え。」
「え……ぇ!?」
ミラの驚きの声は、か細く漏れた。今、自分が何を聞いたのか信じられなかった。メリサの服を脱がす手伝いをするなど、想像もできない犯罪行為のように感じられた。
(ジャミル兄様、僕はもうどうすれば……。これ以上は、もう見ていられない!)
冷や汗がサンディのこめかみを伝う。その恐ろしい命令に吐き気を覚え、彼はごくりと唾を飲み込んだ。