第13話誇りを懸けた瞬間
時間は刻一刻と過ぎていく。太陽は西に傾き、じりじりと照りつける陽光が土の道を焼き焦がしていた。ジャミルのこめかみから汗が伝い、疲れたように手の甲でそれを拭う。これほど長く、肌を刺すような日差しの下を歩いたのは初めてだった。
前を歩くハンは、涼しい顔で歩き続けている。その痩せた体は常にまっすぐで、まるで灼熱の気候など意にも介していないかのようだ。ジャミルはその背中を見つめながら、感心と戸惑いが入り混じった気持ちになる。ハンという少年は、真実のためなら屋敷の快適な暮らしを捨て、厳しい路上での生活を厭わない、まさに謎めいた存在だった。
「ハン……喉、渇いた……」
ジャミルが掠れた声でこぼした。喉が砂のように乾いている。
ハンは足を止めず、ちらりと視線を寄越すだけだった。「泣き言を言うな。もう少しの辛抱だ――」
ドンッ!
鈍く硬い衝突音が市場の喧騒を切り裂いた。ハンは後ろによろめき、背中から地面に強く叩きつけられる。勢い余って、誰かが運んでいた木箱の角に頭を打ち付けた。一瞬にして、額から鮮血がほとばしり、白い肌に燃えるような赤い筋を残した。
木箱の中身が道に散乱し、あたりは騒然となる。商人や買い物客は一瞬動きを止め、一斉に騒ぎの元へ視線を向けた。物が割れる音と驚きの悲鳴が、宙に響き渡る。
少し後ろを歩いていたジャミルは、すぐに駆け寄ってハンのそばに屈み込んだ。疲労感は一瞬で消え去り、胸を締め付けるようなパニックに取って代わられた。
「ハン……大丈夫か?」
声が震える。血が流れ続けるハンの額の傷に、目が釘付けになった。
ジャミルが何かをする前に、大柄な男――木箱の持ち主――が彼を乱暴に突き飛ばした。ジャミルはたたらを踏んで尻餅をつく。男は燃えるような目でハンを睨みつけると、その襟首を掴み、華奢な体をいとも簡単に持ち上げた。
「このクソガキがッ! 前見て歩きやがれ! てめえのせいで、うちのボスの大事な商品が台無しじゃねえか!」
男は怒りで顔を真っ赤にして怒鳴った。
ハンはもがいたが、首を締め付ける力はあまりにも強い。苦しげに息を漏らし、痛みで目を細めながら、なすすべもなく宙を蹴った。
それを見たジャミルは、服についた土埃も構わずに立ち上がった。先ほどまでの疲れた眼差しは、冷たく鋭いものへと変わっていた。喉の渇きを訴えていた甘やかされた子供の姿は、そこにはもうない。挑戦者の顔が、そこにあった。
「くそっ! そいつを今すぐ離せ!」
その声は低く、鋭く、雑踏の中に響き渡った。男が振り返り、侮蔑に満ちた視線を向ける。
「はぁ!? 俺が離さなかったら、てめえがどうするってんだ?」
半分閉じた瞼の奥から、ハンはジャミルを見つめていた。宙吊りにされたまま、呼吸は荒く、顔からは血が流れ続けている。だが、ハンには分かった。ジャミルの変化が。これはただの返事ではない。覚悟を決めた者の声だ。
ジャミルは拳を握らない。ただすっと背筋を伸ばし、平坦だが重圧のこもった声で言った。
「お前は、自分が誰を相手にしているのか分かっていない。ボスの商品とやらの価値など、お前の汚い手でこの子の髪一本傷つけた場合の代償に比べれば、無に等しい。言い値を言え。倍で払ってやる。だから、今すぐそいつを離せ。」
男は下品に、そして傲慢に、腹を抱えて笑った。ジャミルの頭のてっぺんから爪先までをじろじろと眺める。上等な服、自信に満ちた立ち姿。明らかに、ただの子供ではない。
「面白い!」
首を掴んでいた力が緩んだ。だが、それは解放するためではなかった。男は無慈悲な動きで、ハンの体を横のパン屋の壁に叩きつけた。ゴッ、と痛々しい音が響く。
ハンは地面にうずくまり、背中に走る激痛に激しく咳き込んだ。ゆっくりと、震える体で片膝をつき、どうにか起き上がろうとする。
「連れは言われた通り離してやったぜ。さあ、今度はお前の番だ。」
ジャミルはすぐには答えなかった。必死に体を支えようと奮闘するハンに、ちらりと視線を送る。
「ハン……まだ立てるか?」
小さく、困難に満ちた頷きがハンの答えだった。
ジャミルは息を吐き、男に向き直る。その眼差しは今や穏やかだったが、奥には熾火が宿っていた。
「約束は守る。……さて、まずは俺の前に跪け。」
男は一瞬ためらったが、やがてゆっくりと膝を折った。その顔には満足げな笑みが浮かんでいる。彼にとって、これは単なる取引だ。ボスの商品の損害は、倍になって返ってくるのだから。ジャミルはズボンのポケットの中で固く拳を握りしめ、男の背後にいるハンを再び見た。
「何をぐずぐずしてる? さっさと金をよこせ。」
男の声は欲にまみれ、その掌が催促するようにジャミルの前に差し出された。ジャミルは冷ややかにそれを見つめ、ポケットの中の拳をさらに固く握る。男の背後で、ハンがパン屋の看板に片手をつき、どうにか立ち上がったのが見えた。
二人の視線が、一瞬だけ交錯する。ハンが、ほとんど気づかれないほど小さく頷いた。
その、瞬間だった。
ゴッ!!
「ぐっ!!」
ポケットから飛び出したジャミルの拳が、男の鼻を真正面から打ち砕いた。鮮血が派手に噴き出す。男は苦痛に呻き、膝をついたまま前のめりに崩れ落ち、血まみれの顔を両手で覆った。
市場の群衆は息を呑んだ。屈強な大男が、小さな子供の一撃でいとも簡単に沈められる光景を、誰もが信じられない思いで見つめ、立ち尽くしていた。
ジャミルとハンは一秒も無駄にしなかった。すぐさま踵を返し、呆然とする人混みを縫うようにして、全力で走り出す。
「ハン、どこに行けばいいんだ? 道が分からない!」
ジャミルはぜえぜえと息を切らしながら叫んだ。肺が焼けるように痛い。こんな感覚は初めてだった。
「この道を行け。すぐそこの交差点を曲がる!」と、ハンが背中の痛みを堪えながら叫び返した。
数メートル後方で、男が立ち上がった。手の甲で鼻血を拭い、顔に赤い筋を残す。欲にぎらついていた目は憎悪に細められ、遠ざかっていく二人の子供を睨みつけた。
「クソガキどもがァァッ!!」
男はすぐに追跡を始めた。その大きく乱暴な足取りに、市場の客たちは道を空ける。避けるのが遅れた者は容赦なく突き飛ばされ、怒りの罵声や散らばる荷物など気にも留めない。男の焦点はただ一つ。遠くに見える、二つの小さな背中だけだ。
ジャミルの後ろを走っていたハンは、背後の変化を感じ取っていた。大きくなる罵声、怒りに満ちた重い足音。振り返る必要はなかった。路上で磨かれた彼の直感が、危険の接近を告げていた。
前を走るジャミルは、パニックで青ざめた顔でちらりと横目を使った。
「ハン、どうやってあのおっさん……あの、意地の悪いおっさんから逃げるんだ?」と、途切れ途切れの息で尋ねる。
「ごちゃごちゃ言うな!」ハンの声は息が上がっていたが、断固としていた。「もうすぐ交差点だ。そこまで行けば、安全だ!」
ジャミルは返事をせず、もう一度だけ後ろを振り返ると、前方に意識を集中させた。その時、彼の目に飛び込んできた。ハンが言っていた交差点が、もう見えている。あと、ほんの数メートルの距離だ。