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第12話裂け目の兆し

数分前。薄暗い孤児院の裏廊下で――。


急ぎ足で廊下を進んでいたユンの足が、タイニーと鉢合わせてぴたりと止まった。タイニーの顔は青ざめ、髪は乱れ、ぜえぜえと肩で息をしていた。


「タイニー。どうしたの? 顔色が悪いわ。」


タイニーはすぐには答えなかった。壁に寄りかかり、制服の袖で額の汗を拭うと、ようやく絞り出すような声で口を開いた。


「さっき、メリサとジャミル様が倉庫にいるのを見ました。何か、私たちに隠れてこそこそと……でも、そこにいたのは二人だけじゃなくて。ぼろぼろの服を着た見知らぬ男が、この孤児院に無断で入り込んでいたんです。」


「不審者」という言葉に、ユンの目が見開かれる。彼女はタイニーの肩を強く掴み、声を潜めて問い詰めた。


「本当に、倉庫に見知らぬ男がいたっていうの?」


タイニーはこくりと頷く。「はい。メリサは自分の兄だって言ってましたけど……私に嘘をついているようにしか見えませんでした。」


ユンは掴んでいた手を離した。もう詳しい説明は必要ない。素早く踵を返すと、振り返らずに鋭く言い放った。


「タイニー、ついてきて! このことを奥様にご報告しないと。」


早足で歩き出すユンの後を、タイニーは慌てて追いかける。ちょうど侍女たちの部屋へ続く曲がり角で、壁際に張り付くようにして硬直しているシルヴィとすれ違ったが、二人がその存在に気づくことはなかった。彼女たちの頭の中は、女主人マトリアークの執務室へ向かうことしか考えになかったからだ。


二人の姿が角の向こうに消えた後、シルヴィは堪えていた息をそっと吐き出した。パニックに陥った表情のまま、彼女は一瞬たりともためらわない。メリサに危険を知らせるため、裏口へと駆け出した。


◇◇◇


孤児院の内部が熱を帯びていく頃、門の外ではジャミルとハンが旅路についていた。二人は黙って歩いていたが、その心境はあまりにも対照的だった。


ジャミルの一歩一歩は、まるで鉛を引きずるように重かった。呼吸は浅く、頭の中ではメリサの最後の微笑みが繰り返し再生される。


(……なんで、あんな風に笑ったんだろう)


数歩先を歩くハンは、ちらりとジャミルに視線を送った。問うまでもなく、ジャミルから発せられる不安の波動を感じ取っていた。


木々に挟まれた小道を進む。旅はまだ三十分ほどしか進んでおらず、ヴァーニまでの道のりは果てしなく遠い。目的地に着く前には、賑やかな国境の街、タウンゼンドを越えなければならなかった。


張り詰めた沈黙が二人を包む。やがて、遠くに街の輪郭が見え始めたとき、不意にハンが立ち止まった。振り返らないまま、低い声で指示を出す。


「ジャミル、もうすぐタウンゼンドの街に着く。……普段通りに振る舞え。怪しい動きは一つでもするな。あそこには反逆者を捕らえるため、ヴァーニから来た間者が大勢紛れ込んでいる。捕まれば、俺たちの命はない。」


その言葉の連なりが、ジャミルの胸をさらに締め付ける。返事はできず、ただごくりと唾を飲み込むことしかできなかった。ハンは返事を待たず、再びタウンゼンドへと足を踏み入れた。


数分後、二人は街の中心部に到着した。タウンゼンドは、ヴァーニプラのような壮麗な都ではない。ペンキの剥げかけた古風なヨーロッパ様式の一階建ての建物が、固く踏み締められた土の道に沿って並んでいる。ここでの生活は完全に市場に依存しており、商人たちは通りかかる者なら誰彼構わず商品を売りつけていた。


太陽がじりじりと肌を焼く。商人たちの怒声と、買い手の値切る声がけたたましく響き渡る。舞い上がる土埃に、生ゴミと動物の糞尿の鼻を突く悪臭が混じり合っていた。


ジャミルはハンの後ろを黙って歩く。少し俯き、市場の人々と決して目を合わせないように、必死で平静を装っていた。


「若旦那、どうですかい」と、羊毛の生地を売る商人が声をかけてくる。


ジャミルは短く頷き、かすかな笑みを返すだけで、足を止めずに通り過ぎた。前を歩くハンは、ジャミルが余計な注意を引いていないか、横目で素早く確認する。


いくつもの店や屋台を通り過ぎたところで、ジャミルの足がふと遅くなった。彼の視線は、薄暗い狭い路地に釘付けになる。そこでは、短い水色の髪をした屈強な男が、初老の果物売りの胸ぐらを掴んでいた。


「も、申し訳ありません、スカイ様。わざとでは……」


商人の言葉は、スカイが乱暴に襟を引いたことで途切れた。華奢な体は、つま先が地面から離れる寸前まで持ち上げられる。


「よく聞け。次に同じ言い訳を聞いたら、てめえの命も、家族の命も保証しねえからな。」


ジャミルはその場で凍りついた。こんな暴力的な光景を、直接目にするのは初めてだった。哀れみと衝撃で、身動きが取れなくなる。


ジャミルがついてきていないことに気づき、ハンは立ち止まって振り返った。その視線の先を認めると、小さく息を吐き、ジャミルのそばに戻って肩を叩いた。


「口を出すな。俺たちには関係ないことだ。」


肩を叩かれた衝撃と、ハンの低い声で我に返る。ジャミルが振り向くと、その目にはまだ驚きが残っていた。


「もうすぐヴァーニだ。俺が合図するまで止まるな。いいな!?」


ジャミルは小さく頷くことしかできなかった。彼が再び前を向いたのを確認し、ハンは「行くぞ、ジャミル」とだけ言って歩き出した。


◇◇◇


時を同じくして、デルヴィの執務室は濃密な沈黙に満たされていた。先ほどまで揺れていたサンディは、今はもう覚悟を決めたようにまっすぐ立ち、呼吸を整えている。


部屋の向かいでは、デルヴィが椅子に座り、机に片肘をついて傾げた頭を支えていた。やれやれ、とでも言いたげに大きな欠伸を一つ。その表情には退屈と苛立ちが隠しきれずに浮かんでいた。


決意を固めた声で、サンディがついに口を開いた。


「奥様のご提案をお受けする前に、一つ、お願いしたいことがございます、デルヴィ奥様。」


デルヴィは億劫そうに閉じていた目を開ける。「早く言え。私の時間を無駄にするな。」


サンディは書類棚へ歩み寄った。ずらりと並んだ背表紙を目で追い、何かを探している。いくつかのファイルを通り過ぎ、左下の隅で視線が止まった。彼は屈み込むと、鮮やかな青い表紙の本を引き抜いた。一ページずつ丁寧にめくり、中央あたりに描かれた家の設計図を見つけ出す。


立ち上がると、彼はデルヴィの方へ戻った。そして、自信に満ちた態度で、開いたページを女主人の目の前に置いた。


「ご提案、お受けいたします、奥様。デルヴィ様がおっしゃった契約の見返りとして、私に一つだけ――」


その言葉は、唐突に響いたノックの音に遮られた。荒々しく、切羽詰まったような音だった。


途端に、デルヴィの気怠げな表情が消える。すっと背筋を伸ばし、その身に緊張が走った。このようなノックは、何かの合図だ。彼女は間を置かず、冷たい声で命じた。


「入れ。」


扉が開き、ユンとタイニーが姿を現した。二人は室内にいるサンディに一瞬驚いたようだったが、すぐにデルヴィへと意識を戻した。


「奥様、ご報告したい重要な情報がございます。」


(重要な、情報……?)


サンディは内心で呟いた。


デルヴィは立ち上がると、先ほどサンディと見ていた一族の書類を手に取り、棚に戻しに行った。


「言ってみろ、ユン。何の報告だ。」


その静かでありながら冷徹な声に、タイニーは少しだけ身震いした。ユンはタイニーに入るよう目で促し、秘密が漏れないように背後の扉を閉めた。


「倉庫にて、タイニーが偶然にもメリサとジャミル様の密会を目撃したとのことです。しかし、奥様にお伝えしたいのはそれだけではございません。」


「何だ?」と、デルヴィは振り返らずに尋ねた。


「タイニーによりますと、孤児院に何者かが無断で侵入し、メリサとジャミル様と一緒に倉庫にいた、と。……ぼろぼろの服を着ていて、まるで物乞いのようだったそうです。」


その瞬間、書類を棚に戻そうとしていたデルヴィの手が、ぴたりと空中で止まった。目が見開かれ、その瞳は恐怖に染まり、虚空をさまよう。サンディが語った特徴と、あまりにも一致していたからだ。


ヴァーニから来た、彼女の兄――その人に違いなかった。


女主人の反応を見て、それまで黙っていたサンディもまた、驚愕に強張るデルヴィの背中を振り返った。

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