表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/73

4. 美羽の帰還

  学院の正門に、一人の少女が立っていた。


 春の風が彼女の髪を揺らし、学院の制服の裾をなびかせる。灯花の妹・美羽である。彼女はもう十二歳になり、すっかり成長していた。半年前の弱々しい病人の面影はなく、その瞳には強い決意が宿っていた。


「美羽さん、よく来てくれました」


 天音が遠くから駆け寄り、彼女を出迎える。彼女の笑顔は明るく、心からの歓迎を表していた。


 美羽は微笑み、「約束通り来ました。お姉ちゃんの夢を継ぐために」と応えた。


 彼女の声は小さいながらも、芯が通っていた。天音はその変化に、灯花の面影を見るような気がした。


 学院の庭園を二人で歩きながら、天音は美羽に学院の様子を説明していた。塔の崩壊後、施設の多くが改築され、平民と貴族の間の壁も少しずつ取り払われつつあることを告げる。


「美羽さんは正式に学院の医療班として研修生になるのね」


 天音の言葉に、美羽は小さく頷いた。彼女の才能は灯花とは違い、治癒魔法の分野で開花していたのだ。半年前、まだ病床にあった彼女が、自分自身の病を少しずつ癒していった奇跡は、医療班の教授たちの注目を集めていた。


「私は灯花の代わりにはなれません」


 美羽はそう言って、遠くにそびえる新しい研究棟を見つめた。その場所はかつて灯花が最期を迎えた研究塔のあった場所だ。


「でも、あの人が守ろうとしたものを、自分なりに守りたい」


 その言葉に、天音も遼も微笑んで頷く。遼は正門の脇に立ち、二人の会話を静かに見守っていた。彼の表情には、かつての高慢さは微塵もなく、代わりに穏やかな敬意が浮かんでいた。


「美羽さんの治癒魔法は特別です」と天音は言った。「それは破壊ではなく、修復の力。お姉さんも、きっと喜んでいると思います」


 美羽は小さく頬を赤らめ、持参した小さな木箱を開いた。中には灯花が子供の頃に作った小さな魔法道具や、二人で撮った写真が大切に保管されていた。そこには貧民街での厳しい生活の中でも、二人が寄り添い笑っている姿が記録されていた。


「これを石棺の側に置いておきたいんです。お姉ちゃんが寂しくないように」


 美羽の純粋な願いに、天音は温かく応じた。彼女はかつて灯花のそばで暮らし、その本質を誰よりも知っていた。強くなりたいという願いの向こうにある、本当の優しさを。


 三人は封印室へと向かい、美羽は箱を石棺の脇に置いた。紅蓮の光が少し強まり、彼女の姿を柔らかく照らす。


「お姉ちゃん、私が来たよ。これからここで勉強するから、見ていてね」


 そう語りかける美羽の姿に、天音と遼は灯花の面影を見た。それは外見だけではなく、心の強さと優しさにおいても似ていた。ただ美羽は自分自身の価値を知っていたという点で、かつての灯花とは異なっていた。


 封印室を出た後、美羽は天音と遼に学院での計画を話した。彼女はこれから学院で医療魔法を学びながら、週に二回は貧民街の子供たちの治療にも携わるという。それは灯花が果たせなかった夢の一部を、妹が別の形で実現しようとしていることを意味していた。


「それと、私からの提案があります」


 美羽の声は小さくも、はっきりとしていた。


「お姉ちゃんが遺した紅蓮の炎の研究を、私も手伝わせてください。その炎には破壊だけじゃなく、再生の可能性もあると思うんです」


 その言葉に、天音は驚きの表情を見せた。美羽はこの半年間、自分の体を治すプロセスで、灯花の残した研究ノートを独自に解読していたのだ。そこには他の誰も気づかなかった紅蓮の炎の別の側面---再生と創造の可能性---が記されていた。


「お姉ちゃんは最後に気づいていた。炎は壊すためのものじゃなく、新しいものを生み出すためのものだって」


 遼は腕を組み、考え込む様子を見せた。「それは...危険かもしれない」


 美羽は静かに首を振った。


「私はお姉ちゃんの過ちを繰り返しません。一人で抱え込まず、皆さんと一緒に研究します。だから...」


 彼女の言葉は途中で詰まったが、その瞳には揺るぎない決意が宿っていた。天音と遼は目を合わせると、わずかにうなずき合った。


「わかったわ、美羽さん」と天音は彼女の肩に手を置いた。「ともに研究しましょう。ただし、安全と倫理を最優先にね」


 美羽の顔に安堵の表情が広がった。彼女は深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。私...約束します。お姉ちゃんが最後に見つけた答えを、きちんと形にします」


 彼女が顔を上げたとき、その目には涙が光っていた。だがそれは悲しみの涙ではなく、新たな希望の涙だった。


 学院の鐘が鳴り、新学期の始まりを告げる。美羽は深く息を吸って、新しい校舎へと歩みを進めた。彼女の背中は小さいながらも、確かな意志を感じさせる姿勢で伸びていた。


 天音は遼に小声で言った。「彼女は灯花とは違う道を行くわね」


 遼はうなずき、穏やかな表情で答えた。「だが、同じ炎を持っている」


 美羽の歩く道には、春の木漏れ日が斑模様を作り、その影は彼女の足元でゆらゆらと揺れていた。それは不気味なものではなく、彼女を見守るように寄り添う、温かな存在のようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ