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3. 石棺と希望

 式典の後、天音と遼は静かに地下の封印室を訪れていた。


 螺旋階段を下りながら、二人の足音だけが石壁に響く。学院の喧騒から離れた地下深くには、厳かな静寂が広がっていた。


「今日の式典、みんな真剣に聞いてくれていたわね」


 天音の言葉に、遼は小さく頷いた。彼の表情は穏やかだったが、どこか緊張の色も見えた。封印室に近づくにつれ、独特の空気が二人を包み込んでいく。


 重厚な鉄の扉の前で立ち止まると、天音は小さな魔法陣を描いた。彼女の手から青い光が広がり、複雑な鍵の構造を解いていく。


「ここにしか来られない時間が、私には必要なの」


 扉が静かに開き、二人は中へと足を踏み入れた。


 封印室の中央には「紅蓮の石棺」と名付けられた大きな封印装置があった。白い大理石で作られた棺は、複雑な魔法陣で覆われ、その中央部分からは赤い光が漏れ出していた。


 灯花の残した魔力が収められているのだ。


 彼らがそっと近づくと、棺の中から赤い光が強まり、二人を温かく照らした。まるで彼らの訪問を歓迎するかのように。


「不思議ね...あれだけ暴走した力なのに、今は穏やかな光を放っている」


 天音が静かにつぶやいた。彼女の顔には懐かしさと、微かな痛みが浮かんでいた。


「彼女自身もまた、矛盾に満ちた存在だった」


 遼の言葉は低く、だが明瞭に響いた。


 紅蓮の石棺を取り囲むように、壁には灯花が残した研究データや日記の抜粋が展示されていた。天音が特に選んだ言葉たちだ。最期の日の記述には「私の中の影と向き合うときが来たのかもしれない。もう逃げることはできない」と書かれていた。


「彼女は気づいていたのね」と天音は静かにつぶやいた。


 天音は石棺に近づき、そっと手を置いた。冷たい大理石と、その下に流れる温かな魔力の波動が、彼女の指先に伝わる。


「あなたの仮面も、涙も、全部ここに残ってる」


 彼女は灯花に語りかけるように言った。その声には非難も後悔もなく、ただ静かな理解と愛情だけがあった。


 遼もまた、石棺の前に膝をつき、黙祷を捧げた。彼の姿勢には、かつての彼からは想像もできない謙虚さが表れていた。


「いつか、誰かがこの炎を見つけたとき、あなたの本当の願いが届くと信じたい」


 彼が静かにつぶやくと、その言葉に応えるように、石棺の中の光が強く脈打った。赤い光が一瞬、部屋全体を染め上げた。


 天音と遼は互いの目を見つめ、微かにうなずき合った。この石棺には単なる危険な遺物ではなく、大切な教訓が封じられていることを、彼らは深く理解していた。


「この半年、石棺の魔力波動を記録していたんだけど」と天音は言った。「面白いことがわかったの」


 彼女は壁際の小さな机に向かい、記録簿を開いた。そこには石棺からの魔力波動を記した複雑なグラフがあった。


「毎週水曜日、午後三時に特に強い波動が出るの。それが何を意味するか、わかる?」


 遼は考え込むように腕を組んだ。


「水曜日の午後三時...」


 その言葉を口にした瞬間、彼の目に理解の色が浮かんだ。


「そうだ、彼女が貧民街の孤児院に通っていた時間だ」


 天音は静かに頷いた。彼女の目には涙が浮かんでいた。


「あの子は今でも、子供たちのことを覚えているのね」


 この発見は、石棺に封じられた魔力が単なるエネルギーではなく、灯花の意志や記憶の一部であることを示唆していた。破壊的な力として暴走した紅蓮の炎は、今や静かに、しかし確かな意思を持って存在し続けていたのだ。


「私たちが彼女の本当の意志を継ぐなら」と遼は言った。「まず貧民街の孤児院から始めるべきだろう」


 天音はうなずき、自分の手帳を取り出した。そこには既に「灯花基金」の構想が書き記されていた。彼女は半年間、遼とともに学院と評議会を説得し、この計画を進めてきたのだ。


「美羽も手伝ってくれる。彼女はお姉さんの夢を知っている」


 二人が計画の詳細を話し合っている間も、石棺の赤い光は静かに、しかし確かに部屋を温め続けていた。それは灯花の存在そのものを感じさせ、二人に勇気を与えていた。


 封印室を出る前、天音は最後にもう一度石棺の前に立った。


「灯花、私たちはあなたの夢を形にするから」


 彼女の言葉に、石棺の光が一瞬強く輝いた。温かな波動が部屋全体を包み込み、二人の心に灯りをともした。


 重い扉が閉まり、複雑な封印が再びかけられる。しかし天音と遼の心には、確かな光が宿っていた。彼らは扉を背に階段を上り始める。


「彼女は最後に本当の自分を見つけたんだと思う」と天音は言った。


 遼はうなずき、静かに答えた。「だからこそ、私たちも本当の自分と向き合わなければならない」


 二人が階段を上り、石棺から離れていくときも、赤い光は静かに脈打ち、彼らの背中を見送るように揺らめいていた。


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