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1. 再建式の空

 研究塔の崩壊から半年が経った。


 青い空が学院全体を覆い、まるで壮大な結界のように広がっていた。あの日の紅蓮の炎がかつて焼き尽くした風景は、今や新しい生命で満たされていた。


 新しく建てられた記念講堂には、教授陣、学生たち、そして特別に招かれた貧民街の代表者たちが集まっていた。式典の空気が張り詰め、誰もがその場にいない一人の存在を感じていた。


 天音は壇上に立ち、静かに息を整えた。彼女の表情には哀しみの影はなく、次代を生きる確かな覚悟が宿っている。首席としての金の徽章が、朝の光に鈍く輝いた。


「今日、私たちは一人の魔法使いの遺志を継ぐために集まりました」


 天音の声は小さく、しかし会場全体に届くように響いた。彼女は首席としてではなく、"かつての親友の証人"として語り始める。各席に座る学生たちの瞳が、彼女に注がれていた。


「灯花は間違えた」


 その言葉に、会場から微かなざわめきが起こった。天音は一瞬だけ言葉を切り、灯花が毎日のように座っていた席を目で追った。そこには今、空席が設けられていた。


「でも、それは私たちの誰にも起こり得たことです」


 天音の言葉に、静かな同意の空気が流れる。誰しも心のどこかで、自分自身の弱さを認識していたからだ。承認への渇望、見られることへの依存------それは灯花だけの問題ではなかった。


「彼女が最後に見せたのは、本当の灯花でした。仮面ではなく、自分自身と向き合った姿です」


 青空の下、皆が頭を垂れる中、天音は続ける。彼女の声は少し震えていたが、意志は揺るがなかった。


「私たちもまた、自分自身の内なる影と向き合わなければなりません。灯花が教えてくれたのは、その勇気です」


 講堂の窓から差し込む光が、天音の姿を浮かび上がらせていた。かつては灯花の力に憧れ、恐れていた学生たちの表情には、今は理解と共感の色が浮かんでいた。


 会場の後方には、貧民街の子供たちが座っていた。以前、灯花が毎週食事と温かな結界を届けていた孤児院の子供たちだ。彼らの目には純粋な悲しみと、何かを理解しようとする真剣さが宿っていた。


「私たちは彼女の遺志を継ぎます。弱い立場の人々を守るという、灯花が本当に望んでいたことを」


 天音の言葉に、一人の少女が小さく頷いた。貧民街からやってきた美羽、灯花の妹だ。彼女の小さな手には、姉の形見である赤い石が握られていた。


 空には雲一つない晴天が広がり、まるで何もかも洗い流されたかのようだった。あの日の紅蓮の光も、今は穏やかな青に変わっている。


「彼女の物語は、終わりではありません。皆さんの中で、これからも生き続けるのです」


 天音の言葉が会場に響き渡る中、彼女の隣には遼が立っていた。かつての傲慢な貴族の子息は、今や全く異なる表情で、天音の演説を見守っていた。


 彼もまた、灯花について静かに思いを馳せていた。一人の少女が生み出した変化の大きさに、畏敬の念すら感じていた。


「灯花は最後に、何かに気づいたんです」と天音は言葉を続けた。「彼女は、自分自身の影と向き合おうとしていました。彼女が残した言葉を、私は決して忘れません」


 そう言って、天音は記録書から一文を読み上げた。


「『影法師は私自身だった。自分の弱さや渇望を認められず、外側に投影していただけ』」


 壇上に立つ天音の背後の窓から、一筋の光が差し込み、彼女の横顔を輝かせていた。まるで灯花自身が彼女を照らしているかのように。


「今ここに灯花はいませんが、彼女が遺したものは、私たちの中で燃え続けています」


 天音の言葉が終わると、静寂が訪れた。そして一人、また一人と、参加者たちが立ち上がり、小さな拍手を始めた。それは大きな喝采ではなく、静かな誓いのようだった。


 皆が立ち上がった瞬間、講堂の大きな窓から射し込む光が、まるで結界のように集まり、一瞬だけ天音の周りに赤い輪を描いた。ほとんどの者は気づかなかったが、遼と美羽の目には、それがはっきりと見えていた。


 青い空の下で、新しい時代が始まろうとしていた。


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