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7. 新たな炎の予感

 深夜の学院は静寂に包まれていた。廊下を歩く警備の魔法使いたちの足音だけが時折響き、その他の音はすべて眠りについているようだった。しかし地下深くにある封印室だけは、まるで生きているかのように微かに脈動していた。


 その夜、突然、封印室の炎が強く揺れ始めた。


 それは危機ではなく、誰かの心の内側でまた"誰かの存在を求める"瞬間が訪れた予兆だった。石棺の中の紅蓮の結晶が放つ光が、壁一面に揺らめく影を作り出す。まるで何かを告げようとしているかのように。


 封印室を守る魔法使いたちは、警戒のために立ち上がったが、彼らが感じたのは危険ではなく、不思議な温かさだった。室内の温度は上がっていないのに、心が温まるような感覚。それは灯花の炎が初めて示した現象だった。


「館長に報告を」


 警備の一人が言ったが、部屋を出る前に、彼らは石棺に向かって一礼した。それはもはや単なる危険物ではなく、学院の大切な遺産となっていたのだ。


 一方、学生寮の一室では、美羽が眠れない夜を過ごしていた。窓から見える月明かりを見つめながら、彼女は姉のことを考えていた。入学して数ヶ月、彼女は多くのことを学び、新しい友人も作ったが、時々襲ってくる喪失感は拭えなかった。


「お姉ちゃん...」


 美羽は小さくつぶやき、手のひらを見つめた。そこには何も見えないはずだったが、彼女には微かな光が見えるような気がした。


 彼女は床に座り、深く呼吸をする。天音から教わった瞑想法だった。感情を落ち着かせ、内側の魔力を整えるための基本だ。


 美羽は瞑想の中で、自分の内側に眠る魔力を探る。それは姉から受け継いだものではないが、同じ血を分けた者として、似た性質を持っているのかもしれなかった。特に彼女は治癒魔法に適性があると言われていた。


 集中を深めると、彼女の掌に小さな光が灯った。


「できた...」


 美羽の目に驚きの色が浮かぶ。それは彼女が初めて自力で灯した魔法の炎だった。小さくとも確かな、温かな光。それは灯花がかつて初めて灯した炎とよく似ていた。


 美羽の部屋では小さな炎が揺れ、姉と同じ温かさを放っていた。彼女はその炎を見つめながら、複雑な感情に包まれた。誇らしさ、懐かしさ、そして悲しみ。


 その瞬間、地下の封印室で起きていた現象と同期するかのように、美羽の炎がより鮮やかに輝いた。美羽にはそれが分からなかったが、二つの炎は確かに呼応していたのだ。


「美羽、何をしているの?」


 寮監の女性が扉をノックする音がして、美羽は慌てて炎を消した。


「すみません、悪夢を見て...」


「大丈夫?」


「はい、もう平気です。ありがとうございます」


 寮監が去った後、美羽はベッドに横になった。しかし彼女の心は興奮で満ちていた。自分で炎を灯せたこと、それが姉の炎と似ていたこと。彼女は明日、天音にこのことを報告しようと決めた。


 翌朝、天音は美羽からの知らせを聞き、彼女の部屋を訪れた。美羽は昨夜のことを興奮気味に話し、再び手のひらに炎を灯してみせた。


「見て、天音お姉さん!私、できるようになったの!」


 天音は感慨深く微笑んだ。美羽の手のひらに灯る炎は、確かに灯花のものと似ていた。優しく、温かで、決して強大ではないけれど、心を照らす光。


「素晴らしいわ、美羽。あなたの中に、確かな才能があるのね」


「お姉ちゃんみたいになれるかな?」


 その問いに、天音は少し考えてから答えた。


「あなたはあなた自身の道を進めばいいの。灯花のように強くなることも、彼女の過ちを避けることも、すべて自分で選べるわ」


 美羽はうなずき、炎を見つめた。


「でも、お姉ちゃんの良いところは受け継ぎたい。誰かを守るための魔法を使いたい」


 その言葉に、天音は深く感動した。灯花の本質的な優しさが、妹に確かに継承されていたのだ。


「昨夜、封印室の炎が特別に強く揺れたって聞いたの」


 天音が言うと、美羽は驚いた顔で見上げた。


「封印室の...?お姉ちゃんの炎が?」


「ええ。そして同じ時間に、あなたが初めて炎を灯したのね」


 二人は互いに見つめ合い、その偶然の一致に意味を感じていた。


「炎は消えないのね。形を変えて続いていく」


 天音の言葉に、美羽の目に涙が光った。それは悲しみの涙ではなく、希望の涙だった。


 学院の日常は再び流れ始めていた。朝の授業、午後の実習、夜の自習時間。生徒たちは新たな知識を得て、成長していく。そして時折、彼らは封印室を訪れ、灯花の物語に思いを馳せる。


「見られたい」という思いと「本当の自分」を見失う恐れは、誰の心にもある。灯花の物語は、そんな普遍的な問いかけとして、静かに次の世代に語り継がれていた。


 そして時折、誰かが自分自身と向き合おうとするとき、封印された灯花の炎は強く揺らめき、その人の心に温かな光を投げかけるのだった。


 その日の夕方、天音は校長室に呼ばれた。


「昨夜の現象について、報告を聞いた」


 学院長は窓辺に立ち、沈みゆく夕日を見つめていた。


「はい。美羽が初めて炎を灯したときと同期していたようです」


「興味深いな」学院長は考え込むように言った。「彼女の炎は消えていないのかもしれない。むしろ新しい形で生まれ変わったのだろう」


 天音はその言葉に深く頷いた。彼女もそう感じていたのだ。


「美羽は治癒魔法の才能があります。彼女は既に初級クラスで頭角を現しています」


 学院長は満足げに頷いた。


「彼女自身の道を歩ませるといい。過去の影に縛られることなく」


 天音はその助言に同意した。美羽は姉の遺志を継ぎながらも、自分自身の道を見つけ始めていた。それは「見られるための力」ではなく、「誰かを癒すための力」だった。


 夜、天音は窓辺に立ち、学院の夜景を見下ろした。そこかしこに灯る明かりは、それぞれの魔法使いたちの存在を示すようだった。彼らの中には、灯花のことを直接知らない者も多い。だが彼女の物語は、形を変えて彼らの心に届いていた。


「新しい時代の幕開けね」


 天音は微笑んだ。彼女の目には新たな希望が宿っていた。灯花の炎は確かに受け継がれ、そして新たな形で未来を照らし始めていたのだ。


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