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3. 天音の語り部としての決意

 窓から差し込む夕陽が、天音の部屋を柔らかく照らしていた。彼女は机に向かい、新しい日記帳に静かにペンを走らせていた。


「灯花のように、誰かに見られるためじゃなく、自分が誰かを信じるために魔法を使いたい」


 そう書き留めながら、天音は自分の心の変化を感じていた。灯花の死後、彼女の内面は大きく成長していた。かつては自分の力に自信がなく、常に誰かの承認を求めていた彼女だが、今は違う。彼女は自分自身の価値を知り、そして他者のために力を使う意味を理解していた。


 新しい日記を書き始めたのは、自分自身の成長を記録するためでもあり、いつか誰かに伝えるためでもあった。それは灯花の精神と物語を伝えることを自らの使命と定めた天音の、最初の一歩だった。


 机の上には、教授会から依頼された資料が広げられていた。「魔法倫理と自己認識」という新しい講義の資料作成に、天音は携わることになったのだ。この講義は、次世代の魔法使いたちに、力の使い方と自己との向き合い方を教えるためのものだった。


 中心となるのは灯花の経験だった。彼女の魔力の探求、紅蓮の契約、そして最終的な気づきまでを、学術的な形で整理し、教材として活用することが天音に託されていた。


「魔法使いが陥りがちな『承認欲求の罠』や『力への耽溺』の危険性を...」


 天音はペンを止め、窓の外を見やった。かつての研究塔があった場所には、今は小さな庭園が造られつつあった。中央には石碑が建てられ、「真の力は自己を知ることから始まる」という言葉が刻まれる予定だった。それは灯花の日記の最終ページに記されていた言葉だった。


 資料の一部には「影法師現象」と名付けられた章があり、天音はそこに特に力を入れていた。自己の抑圧された部分が魔法によって外在化する現象について、彼女は遼とともに研究していた。


「影法師は心の闇が生み出す幻ではなく、私たち自身の一部なのです」


 そう書きながら、天音は灯花が最後に気づいた真実を思い出した。影法師は彼女の外部にいる存在ではなく、彼女自身の一部だったという事実。それを受け入れることで、灯花は最後に本当の自分を取り戻したのだ。


 天音は資料から目を離し、別の書類の束に視線を移した。それは彼女が個人的に進めていたプロジェクトの計画書だった。


「貧民街保護結界プロジェクト」---灯花の本来の夢だった、貧民街に安全をもたらすための計画だった。


「彼女の"願い損ねた何か"を、私が形にする」


 天音はそう決意し、灯花の遺した結界術の設計図を手に、新しい保護結界のプランを練っていた。幸いなことに、遼もこのプロジェクトに協力することを約束してくれた。彼の家系に伝わる秘術と、天音の風の魔法、そして灯花の結界理論を組み合わせれば、長期間持続する強力な保護結界が作れるはずだった。


「灯花...あなたの望みは、きっと叶えられるわ」


 天音は小さくつぶやくと、再び資料に向き合った。講義の準備は簡単なことではなかった。灯花の経験を単なる警告話にするのではなく、彼女の成長と気づきを、次世代の魔法使いたちに伝える必要があった。


「魔法の力を求めるとき、私たちは何を求めているのか」


 と天音は講義ノートに書き込んだ。これが講義の中心的なテーマになるだろう。灯花の物語を通じて、学生たちに自分自身の動機と向き合わせ、真の魔法の使い方を考えさせる内容だ。


「灯花という魔法使いは、力を得ることと認められることを混同してしまいました」


 天音は灯花の日記の一部を引用しようと考えた。もちろん、あまりにプライベートな部分は除外し、彼女の尊厳を守りながら、教訓として価値ある部分を選ぶつもりだった。


「しかし本当の魔法とは、称賛を求めるものではなく、信じる気持ちから生まれるものなのです」


 講義の中で天音は、灯花が通っていた貧民街の孤児院の話や、彼女が最初に魔法に目覚めた雪の夜の話を織り交ぜるつもりだった。それは単なる教訓としてではなく、一人の魔法使いの人間的な側面を伝えるものだった。


 ノックの音がして、天音は顔を上げた。


「どうぞ」


 ドアが開くと、そこには遼が立っていた。彼は一枚の書類を手に持っていた。


「貧民街プロジェクトだが、評議会の承認が下りた」


 その言葉に、天音の顔に明るい表情が広がった。


「本当?それは素晴らしいわ!」


 遼は淡々と頷いたが、彼の目には満足の色が浮かんでいた。彼もまた、灯花の遺志を継ぐことに誇りを感じているようだった。


「教材の準備はどうだ?」


 天音は微笑んで資料を見せた。「順調よ。でも、彼女の本質を伝えるのは難しいわ」


 遼は理解を示すようにうなずき、天音の向かいの椅子に腰掛けた。


「彼女の物語は複雑だ。単純な教訓にはできない」


「そうね。だからこそ、私は彼女の語り部になりたいの」


 天音の言葉に、遼は静かに頷いた。彼は天音が灯花との友情を通じて得た洞察を尊重していた。


「君は適任だ」


 遼の率直な言葉に、天音は感謝の眼差しを向けた。かつては対立していた二人が、今では共通の目的のために協力している事実が、彼女には不思議にも思えた。


「夕食の時間だ。来るか?」


 遼の誘いに、天音は微笑んだ。


「ありがとう。でもこれを仕上げたいの。後でね」


 遼は理解したようにうなずき、部屋を出て行った。天音は再び資料に向き合った。灯花の遺した問いかけを、彼女は生涯をかけて探求していくつもりだった。それは単なる友人への供養ではなく、魔法使いとしての彼女自身の成長のためでもあった。


「灯花...あなたの問いかけに、私は応え続けるわ」


 天音は夕陽に照らされた窓辺に立ち、沈みゆく太陽を見つめながら、静かに決意を新たにした。


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