4. 孤児たちとの約束
公聴会の後、灯花は学院の裏門へと足早に向かった。冬の夕暮れは早く、すでに空は茜色に染まり始めている。彼女が近づくと、貧民街の子どもたちが小さな影のように塀の陰から飛び出してきた。
「灯花お姉ちゃん!」
少女の明るい声に、公聴会での暗い気持ちが少し晴れる。張り詰めていた肩の力がふっと抜けた。これが彼女の密かな日課だった。奨学金の一部を使って週に一度、貧民街の孤児たちに暖かい食事を振る舞うのだ。
「みんな、今日も来てくれたのね」
灯花は微笑み、バスケットから小さなパンとスープの入った魔法保温瓶を取り出した。子どもたちが目を輝かせながら集まってくる。その無邪気な期待のまなざしに、胸の奥がじんわりと温かくなった。
最も幼い六歳のミラが灯花の袖を引っ張った。
「お姉ちゃん、今日も魔法見せて!」
その無邪気な願いに、灯花は応えずにはいられなかった。彼女は手のひらを広げ、小さな炎を灯した。単純な魔法だが、子どもたちには格好の見世物だ。灯花は炎を赤から青、紫へと色を変化させていく。
「わあ、きれい!」
子どもたちは歓声を上げ、その小さな炎の舞いを追いかけた。寒さが厳しくなるこの季節、灯花の炎は単なる見世物ではなく、実際に彼らを温める役割も果たしていた。
「もっと大きくできる?」と男の子が尋ねる。
灯花は「もちろん」と頷き、両手を広げて詠唱を始めた。貧民街で独学していた頃に編み出した彼女独自の結界術だ。淡い光の壁が彼らの周囲を包み込み、肌を刺す冷たい風を遮った。
「わぁ、ポカポカする!」
子どもたちは嬉しそうに結界の中を走り回る。しかし灯花は、この結界が一時的な慰めでしかないことを知っていた。夜が更ければ魔力が尽き、彼らはまた寒さにさらされる。その事実が喉の奥に苦い塊となって詰まった。
「もっと強力な永続的な結界が張れれば……」
そう考えていると、ミラが灯花の表情をじっと見つめていた。
「お姉ちゃん、泣きそうな顔してる」
その言葉に灯花は慌てて笑顔を作った。頬の筋肉が引きつるのを感じながら、必死に口角を上げる。
「そんなことないよ。ちょっと考え事をしてただけ」
だが、鋭い子どもの直感は彼女の心を見透かしていた。ミラは小さなポケットから紙で折った花を取り出した。
「はい、お守り。お姉ちゃんが悲しくならないように」
その純粋な優しさに、灯花の胸が熱くなった。目頭が急に熱くなり、慌てて瞬きを繰り返す。彼女は折り紙の花を大事そうに受け取り、震えそうになる手でミラの頭を優しく撫でる。
「ありがとう、大切にするね」
子どもたちがスープを飲み終える頃、灯花は立ち上がり、彼らの前に立った。
「みんな、聞いて。私は必ず学院で一番の魔法使いになって、みんなに安全な場所をプレゼントするからね。誰にも傷つけられない暖かい場所を」
その言葉に、子どもたちは歓声を上げた。灯花は彼らの純粋な信頼を受け、自分自身を燃やし尽くす覚悟を決めていた。胸の奥で何かが静かに、しかし確実に燃え上がるのを感じた。それは怒りとも決意とも違う、もっと深い場所から湧き上がる炎だった。
「絶対に、約束する」
彼女の言葉は冬の夕闇に吸い込まれ、子どもたちの笑顔だけが闇の中で輝いていた。
別れ際、灯花は子どもたち一人ひとりにもう一度抱きしめて、彼らが貧民街へと消えていくのを見送った。小さな背中が闇に溶けていくたび、胸が締め付けられるように痛んだ。彼らの姿が完全に見えなくなった後も、彼女はしばらくその場に立ち尽くしていた。
「必ず守ってみせる」
冷たい風に吹かれながら、灯花は星空に向かって無言の誓いを立てた。凍えるような風が頬を刺すが、それすら彼女の決意を強めるだけだった。握りしめた拳の中で、ミラからもらった折り紙の花が小さく震えていた。