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2. 炎の封印と意味

 地下深くに造られた封印室の重い扉が、独特の音を立てて開いた。天音と遼は、学院長と共に静かに室内に足を踏み入れた。部屋の中央には「紅蓮の石棺」と呼ばれる封印装置が設置され、その中に安置された灯花の魔力の結晶が赤く脈動していた。


「この封印は完全に安定しています」


 白髪の魔法工学教授が説明を続けた。


「灯花さんの残した力は、研究対象としても非常に価値があります。これほど高純度の魔力結晶は、学術的に極めて貴重なものです」


 学院長は静かに頷いたが、天音と遼の表情には違和感が浮かんでいた。彼らにとって、ここにあるのは単なる研究材料ではなく、友人の魂の一部だったからだ。


「つまり、ここを研究施設にするということですか?」


 天音が静かに尋ねると、教授は熱心に頷いた。


「そうです!これだけの魔力があれば、新たな魔法理論の発展に大きく貢献するでしょう。王国からも研究資金が---」


「失礼します」


 教授の言葉を遮ったのは遼だった。彼は一歩前に出て、学院長に向き直った。


「私はそれに反対します」


 その言葉に、教授は驚いた表情を浮かべた。霧島家の嫡男である彼が学術研究に反対するとは予想外だったのだろう。


 遼は続けた。


「この炎は研究対象ではなく、警鐘として残すべきです。私たちが何を失ったのか、そして灯花が最後に何を見つけたのかを、次の世代に伝えるための」


 天音も隣に立ち、遼の主張を支持した。


「私も同感です。この場所は灯花の記憶を守り、彼女の遺した教訓を伝える場所であるべきです」


 学院長は二人の顔を交互に見つめ、しばらく考え込んでいたが、やがて静かに頷いた。


「君たちの言うことはもっともだ。では、この封印室は研究施設ではなく、記念館として整備しよう」


 教授は不満そうな表情を浮かべたが、学院長の決定に従うしかなかった。彼は資料を抱えて先に退室した。


 部屋には天音、遼、そして学院長だけが残された。学院長は二人に向き直り、穏やかな口調で語りかけた。


「君たちは彼女の友人だった。彼女の本当の姿を知る者として、この場所をどのようにしたいと思うかね?」


 その問いに、天音と遼は互いに目を見合わせた。彼らは沈黙のまま、赤く揺れる灯花の炎を見つめた。炎は今も、誰かの心の中で静かに生き続けているように見えた。


「赤く揺れる炎を前に、沈黙が広がる中、天音は静かに言葉を紡ぎ始めた。


「この炎は、承認を求める叫びじゃなくて、ようやく誰かに届いた温もりかもしれない」


 天音の言葉に、遼はただうなずき、かつての言葉よりも重く、炎の揺らぎを受け止めた。彼らの前には、灯花の研究データや日記からの抜粋が展示されていた。その中で特に目を引いたのは、彼女自身が描いた「影法師」の絵だった。鏡に向かう灯花自身と、鏡の中から手を伸ばす影のような存在。線の揺れから、震える手で描かれたことが窺えた。


「彼女は知っていた」


 遼は静かに言った。


「自分の内側にいる影の存在を」


 天音が灯花の炎に近づき、優しく語りかける。


「あなたは最後に、本当の自分に気づけたのよね」


 その言葉に反応するように、炎が鮮やかに脈打った。


 学院長は二人のやり取りを見守りながら、自分もまた深い思索に沈んでいるようだった。彼は結局、この場所の扱いを天音と遼に一任することを決めた。


「若い魂同士の対話は、老いた私には立ち入れない領域だ。君たちを信じよう」


 学院長はそう言って部屋を出て行った。残された二人は、互いに向き合った。


「この炎を研究する者もいる」


 遼は静かに言った。


「だが私は、これを研究対象ではなく、警鐘として残すべきだと思う」


 天音は同意し、二人は炎が伝える教訓を守ることを誓い合った。


「彼女の最後の表情を見た者として、私たちにはその責任がある」


 遼の言葉に、天音は深く頷いた。彼女は灯花の炎に手を伸ばしかけたが、触れることはできなかった。それでも不思議と温かさを感じた。


「遼、あなたは彼女をどう思っていたの?」


 突然の質問に、遼は少し戸惑ったようだったが、やがて静かに口を開いた。


「最初は...侮蔑していた。平民の分際で高望みをする者として」


 彼は過去の自分を恥じるように言葉を選んだ。


「だが彼女の努力を目の当たりにして、見方が変わった。彼女は本物だった」


 天音は理解したように頷いた。遼の中でも、灯花の存在によって何かが変わったのだ。


「あなたも彼女によって変わったのね」


 遼は言葉には出さなかったが、その表情には同意が見て取れた。彼は石棺に近づき、静かに手を置いた。


「奇妙だな。彼女がいなくなって初めて、彼女の本当の強さがわかった」


 天音も隣に立ち、二人は静かに赤い光を見つめた。それは紅蓮の炎の名残でありながら、かつての破壊的な力ではなく、温かな光となって部屋を照らしていた。


「もしかしたら、彼女はこれを望んでいたのかもしれないわ」


 天音はふと思いついたように言った。


「自分の力が、最後には誰かを温めるものになることを」


 遼はその言葉を深く考えるように黙った。彼は灯花の日記から読み取った彼女の内面と、最後に垣間見た彼女の本当の表情を思い出していた。


「私たちの役目は彼女の物語を伝えることだな」


 遼の言葉に、天音は強く頷いた。それは単に灯花の死を悼むだけでなく、彼女が発したメッセージを正しく次の世代に伝えることだった。承認欲求に囚われず、自分自身と向き合う勇気の大切さを。


 封印室を後にする前、天音は最後にもう一度振り返った。


「灯花、あなたの灯りは消えていないわ」


 石棺の光が一瞬強く輝いた。それはまるで返事のようだった。


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