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1. 静寂の瓦礫

 朝靄が研究塔跡地を包み込む静かな朝だった。研究塔の崩壊から一ヶ月が経ち、学院の再建作業はようやく本格化し始めていた。清掃と安全確認が終わった区域には、既に新たな設備が運び込まれ、学生たちも少しずつ日常を取り戻しつつあった。


 天音は早朝の時間を利用して、研究塔跡地を訪れていた。ここはまだ立ち入り禁止区域だったが、首席である彼女には特別な許可が与えられていた。彼女は静かに瓦礫の間を歩き、時折立ち止まっては周囲を見回した。


 かつて灯花が求め続けた"称賛"の残滓が、いまや誰の胸にも残っていないことを感じていた。彼女の名前は語り継がれるようになったが、それは畏怖や偉大さからではなく、彼女が残した教訓と警鐘のためだった。


 天音はある石の塊に腰掛け、遠く昇りつつある朝日を見つめた。早朝の光が瓦礫の間から漏れる霧を金色に染めていく。


「先輩...」


 緊張した声がして、天音は振り返った。そこには数人の一年生たちが立っていた。彼らは不安そうな様子で、許可なくここに来たことを恐れているようだった。


「大丈夫よ」天音は優しく微笑んだ。「処罰はしないわ」


 緊張が少し解けたようで、一年生たちは少し近づいてきた。中でも小柄な少女が一歩前に出た。


「先輩、ここで何があったのか知りたいのです」


 その素直な好奇心に、天音は少し考えてから答えた。


「ここでは一人の魔法使いが、自分自身と向き合い、最後に本当の強さを見つけたの」


 一年生たちは静かに天音の言葉を聞いていた。彼らにとっては、大事件はすでに「歴史」だった。直接体験していないからこそ、真実を知りたいという欲求が強いのだろう。


「灯花先輩の...噂は聞いています。凄まじい力を得て、でも制御できなくなったと」


 少女の言葉に、天音は首を横に振った。


「それは表面的な理解にすぎないわ。彼女は力を失ったのではなく、最後に本当の自分を取り戻したの」


 天音はゆっくりと立ち上がり、一年生たちを近くの石の塊へと導いた。そこには不思議なことに、紅い光が微かに残っていた。塔の崩壊から残された魔力の名残だ。


「塔の跡地から拾われた灯花の遺品は少なかったけれど、その中に一冊の日記があったわ」


 天音は静かに語り始めた。彼女の声は瓦礫の間に響き、一年生たちは息を殺して聞いている。


「最後のページには『魔法は称賛のためではなく、守るためにあるのだと、今ならわかる』と記されていたの」


 一年生たちの目が輝いた。それは彼らが噂で聞いていたような「強大な力に狂った魔法使い」の姿ではなく、何かに気づき、成長した一人の少女の姿だった。


「灯花先輩は、どんな人だったのですか?」別の少年が尋ねた。


 天音は空を見上げ、言葉を選んだ。


「最初は純粋で、家族を守るために懸命に努力する少女だった。ときに不安で、ときに強がりで...でも本当に大切なものを見失わなかった人」


 天音の言葉には懐かしさと敬意が混じっていた。灯花はもう"見られる存在"ではなく、"語られる存在"へと変わり始めていた。


「私たちは彼女から何を学べばいいのですか?」


 その質問には、天音自身も日々考えていることだった。


「彼女の選んだ道は間違っていたかもしれない。でも、彼女が最後に見つけた答えを、私たちは忘れてはいけない」


 天音は立ち上がり、一年生たちに微笑みかけた。


「さあ、授業の時間が近いわ。戻りましょう」


 一年生たちは感謝の表情を見せ、天音とともに瓦礫の場を後にした。後に残されたのは、朝の光に照らされる静寂の瓦礫だけだった。


 天音は一年生たちとは別れ、校長室への道を急いだ。今日は研究塔跡地の扱いについての会議があるのだ。彼女はこの場所を記憶の聖地として保存する計画を立てていた。忘れてはならない教訓を、次の世代に伝えるための場所として。


 廊下を歩きながら、天音は窓の外に広がる学院の風景を見つめた。研究塔の崩壊は大きな傷跡を残したが、同時に新たな始まりでもあった。平民と貴族の関係、魔法の使い方、自己の価値---様々なことが問い直されていた。


 天音は窓に映る自分の姿を一瞬見た。そこには以前より強く、そして優しくなった自分の姿があった。


「灯花、あなたの遺した問いに、私は一生をかけて答えを探すわ」


 そう心に誓いながら、天音は校長室へと足を進めた。

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