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7. 天音の演説

 学院の大講堂には、再建記念式典のために学生たちが集められていた。研究塔の崩壊から三ヶ月、学院は物理的にも精神的にも再生を遂げつつあった。講堂の壁には新しい魔法灯が灯り、天井には復興を象徴する虹色の結界が張られている。


 最前列には教授陣が着席し、その横には王国からの来賓が厳かな表情で座っていた。学生たちは学年ごとに整然と並び、全員が式服に身を包んでいる。


 学院長の開会の辞が終わり、壇上へと呼ばれたのは天音だった。首席として、彼女が学生代表挨拶を行うことになっていた。


 天音は深呼吸し、壇上へと上がった。彼女の姿は以前とは違っていた。自信なげな少女の面影はなく、今の彼女は静かな確信と強さを宿していた。講堂全体が静まり返り、全員の視線が彼女に注がれる。


「学院の皆さん、そして今日お越しになられた来賓の方々」


 天音の声は明瞭で、講堂の隅々まで響き渡った。


「今日、私たちはこの再建された学院で、新たな一歩を踏み出します。それは単に建物が復興したということではなく、私たち自身が生まれ変わるときでもあります」


 彼女は一瞬、聴衆を見渡した。そこには友人たち、同級生たち、そして灯花を知っていた人々の顔があった。


「強さとは、称賛されることじゃない。誰かを信じる心を絶やさぬことだと、私は学びました」


 その言葉に、会場には静かな波紋が広がった。特に年長の教授たちは眉をひそめた。それは学院の伝統的な価値観とは相容れない考え方だったからだ。


「私たちの学院では長い間、力や才能が評価の中心にありました。それは間違ってはいません。しかし、その力を何のために使うのかを考えることも同じくらい重要ではないでしょうか」


 天音は立ち止まり、言葉を選んだ。彼女は灯花の名前を直接口にするつもりはなかった。それは必要ないと感じていたからだ。だが、彼女の言葉は明らかに灯花の経験から得た教訓に基づいていた。


「時に私たちは、誰かに認められるために仮面をかぶってしまいます。でも本当の自分と向き合う勇気があれば、その仮面を脱ぐことができるのです」


 講堂には静寂が広がった。多くの学生たちが心当たりがあるように、僅かに身じろぎする。特に貴族出身の学生たちの中には、不快感を示す者もいた。だが、より多くの学生たちは真剣に聞き入っていた。


「私たちは平民も貴族も関係なく、互いを尊重し、信頼することから始めるべきだと思います。なぜなら、魔法とは本来、誰かを守り、支えるためのものだからです」


 天音の言葉は強さを増し、彼女の目には決意の光が宿っていた。


「学院の未来は、私たち自身の選択にかかっています。私たちがどんな魔法使いになりたいのか。どんな学院を作りたいのか」


 会場からは小さな拍手が起こり始めた。最初は控えめだったが、徐々に大きくなっていく。特に平民出身の学生たちの間で、共感の表情が広がっていた。


「私は皆さんに約束します。首席として、そして一人の魔法使いとして、私は誰もが自分らしく魔法を学べる環境を作るために力を尽くします」


 天音は一礼し、演説を締めくくった。会場には大きな拍手が沸き起こった。教授陣の中には複雑な表情を浮かべる者もいたが、学院長は静かに微笑み、頷いていた。


 壇上を降りる天音を、第一列に座っていた遼が見つめていた。彼の目には明らかな敬意が浮かんでいた。


 式の後、天音は灯花の手帳から発見された図面をもとに、新しいプロジェクトを立ち上げることを学院長に提案した。それは貧民街の孤児院に新しい結界システムを設置するというものだった。


「これは灯花が最期まで実現したかった夢です」


 天音は図面を広げながら説明した。それは灯花が研究していた、長期間持続する保護結界の設計図だった。


「彼女の研究を無駄にせず、実際に役立てたいんです」


 学院長は図面を見て頷いた。「素晴らしい提案だ。実現に向けて動き出そう」


 その言葉に、天音の顔に安堵の表情が広がった。


「ありがとうございます」


 彼女が部屋を出ようとすると、そこには遼が待っていた。


「素晴らしい演説だった」


 彼は静かに言った。天音は感謝の笑みを浮かべた。


「協力してくれる?」


「ああ」


 遼は即座に答えた。「灯花の夢を形にするなら、私にできることは何でもする」


 二人は並んで歩き出した。彼らの間には、以前のような隔たりはもうなかった。代わりに、共通の目的と相互の尊敬が育まれていた。


「彼女の図面によると、この結界は単なる防御だけでなく、温度調節や浄化機能も備えている」


 天音が説明すると、遼は図面を真剣に見つめた。


「彼女の才能は本物だった」


 彼の言葉には後悔の色が滲んでいたが、同時に前向きな決意も込められていた。


 設置作業中、遼は灯花の日記の一節を思い出していた。


「時々、私の影が別の意思を持っているように感じる。でもそれは私自身なのだと、どこかで分かっている。認めたくなかっただけで」


 灯花の洞察に、遼は静かな敬意を抱いた。彼女が最後に見せた成長と勇気は、彼自身の変化のきっかけにもなっていた。


「彼女は...最後に本当の自分と向き合えたんだ」


 遼のつぶやきに、天音は優しく頷いた。


 その日の夕方、貧民街の孤児院に最初の試験的な結界が張られた。子供たちは歓声を上げ、不思議そうに結界に触れていた。


 天音はその光景を見つめながら、静かに微笑んだ。彼女の背中には灯花の影が重なって見えるようだった。仮面を脱いだその先にある本当の自分を生きるために、天音は歩み出していた。


「これが、あなたの望んだことだったわよね、灯花」


 彼女は心の中でそうつぶやいた。周囲に広がる子供たちの笑顔と、彼らを見守る大人たちの安堵の表情に、彼女は確信した。これこそが灯花が本当に望んでいたものだったと。


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