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4. 暗がりに灯る小さな火

 学院の地下深く、新たに造られた封印室は厳重な魔法結界に守られていた。その入口には常に二人の上級魔法使いが立ち、許可された者以外の立ち入りを厳しく制限していた。


 天音は今日も特別許可証を示し、静かに頷く守衛の前を通り抜けた。彼女はもう何度もここを訪れていたが、今日は特別だった。遼からの伝言を受け、彼とともにこの場所を訪れることになっていたのだ。


 封印室の重い扉を開けると、幻想的な赤い光が彼女を出迎えた。部屋の中央には「紅蓮の石棺」と名付けられた大きな封印装置があり、そこに安置された灯花の魔力の結晶が放つ光が壁に映り、幽玄な雰囲気を作り出していた。


「来たか」


 静かな声が響き、遼の姿が見えた。彼は既に到着し、石棺の前で黙想するように立っていた。


「遼...ずいぶん早かったのね」


 天音は彼の横に立った。二人は石棺に映る赤い光を静かに見つめ、言葉を交わすことなく、しばらく沈黙を共有した。


「評議会はどうだった?」


 天音がようやく口を開いた。


「予想通りだ。私の申し出を受け入れるには時間がかかる」


 遼の声は落ち着いていた。天音は静かに頷いた。彼女は遼の勇気ある決断を知っていた。彼は今、家名を捨て、学院の改革に身を投じようとしていた。これは彼の中での大きな転換点だった。


「灯花が本当に求めていたものは何だったのだろう」


 遼はふと問いかけるように言った。それは特に天音に向けた質問というより、彼自身の内なる問いのように聞こえた。


「見られる自分ではなく、隣にいる誰かに信じてもらえること」


 天音はゆっくりと答えた。その答えは長い思索の末に彼女が辿り着いた結論だった。灯花の日記や行動、そして最後の表情から導き出したものだ。


「そうだな」


 遼も同意した。彼らは改めて石棺を見つめた。不思議なことに、石棺からの光が二人の会話に反応するように、鮮やかに揺らめいた。


 天音の背後に、一瞬、灯花の幻影が立っているように見えた。天音が振り返ると何もなかったが、遼は確かに見たと思った。それは彼の気のせいではなく、この空間に残る灯花の意思のようなものだったのかもしれない。


「調査チームが彼女の私物をもう少し発見したそうだ」


 遼は話題を変え、小さな箱を取り出した。それは研究塔の瓦礫から救出された灯花の遺品だった。


「最終ページだけが残っていた彼女の日記の続きが見つかった」


 箱を開けると、中には焼け焦げた日記帳の断片があった。紅蓮の炎から奇跡的に守られた最後のページは、震える文字で記されていた。


「影法師は私自身だった。自分の弱さや渇望を認められず、外側に投影していただけ」


 天音は震える手でそのページをめくった。そこには小さな自画像が描かれていた。灯花自身と彼女の影が手を取り合う姿だった。


「これは...」


 天音は言葉を失った。それは灯花が最後に描いたものだろうか。彼女が自分自身の影と和解しようとした証だろうか。


 最後の一行には「もう仮面はいらない」と記されていた。


「彼女は気づいていたんだね。最期に」


 遼の言葉に、天音は静かに頷いた。


「この日記...私たちの責任ね」


 彼女が言うと、遼も同意した。二人は灯花の遺したものから学び、そしてその教訓を伝える役目を担っていた。


「彼女がかつて語った『皆を照らす暖炉のような炎』...」


 天音はふと思い出したように言った。灯花が時折口にしていた母からの教えだ。


「そうだな。彼女はそうなりたかった。だから、最後に自分の力を使って私たちを守ったのだろう」


 遼の言葉に、天音は深く頷いた。そして二人は灯花の自画像に注目した。その絵には不思議な安らぎが表現されていた。まるで長い間抱えていた重荷を下ろした安堵のような。


「最後に彼女が見つけた平安を、私たちは大切にしないといけないわね」


 天音が言うと、遼はその言葉に深く共鳴するように頷いた。


「生前の彼女の言動には、常に何かが欠けていた。見られる満足があっても、そこに真の充足はなかった」


 遼の分析に、天音も同意した。彼女も灯花の微笑みの裏に、常に満たされない渇きを感じていた。


「でも、最後の彼女には違うものがあったわ。仮面の下の本当の彼女」


 封印された灯花の炎が、彼らの会話に反応するように、再び鮮やかに揺らめいた。二人の間には言葉では表現できない共感があった。それは灯花を通じて生まれた絆だった。


 天音は懐から小さな白い花を取り出し、石棺の前に置いた。それは灯花が好んでいた花だった。


「あなたの遺してくれたものを、私たちは大切にしているわ」


 彼女の言葉に、石棺の光が微かに明滅した。それは返事のように感じられた。


 遼も静かに一歩前に出て、彼もまた一輪の花を供えた。彼は普段、こういった感傷的な行為を好まなかったが、今は違った。彼の中に、新しい理解が芽生えていた。


「命を賭して敵を倒すことも勇気だが、自分自身と向き合うことはそれ以上の勇気が必要だ」


 彼の言葉に、天音は感銘を受けたように静かに頷いた。


「灯花は最期に、その勇気を持ったのね」


 遼はさらに続けた。「そして私たちに大切なことを残していった。見返りを求めず、ただ信じるという勇気を」


 二人は静かに手を取り合い、この炎の意味を守っていくことを改めて誓い合った。灯花の物語は、彼女の死とともに終わったのではなく、彼女の遺した問いかけとともに生き続けていくのだと。


 室内には灯花の炎だけが静かに燃え続けていた。それは決して消えることのない、永遠の灯火となって。


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