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2. 天音の誓い

 学院の中央広場で臨時の授与式が行われていた。研究塔の崩壊という未曾有の危機を乗り越えた功績により、一部の学生たちに特別な表彰が行われることになったのだ。


 天音はその中心にいた。彼女は一か月前、まだ自信なく、平民出身という立場に引け目を感じていた少女だったが、今は違う。彼女の姿には、責任感と静かな強さが宿っていた。


 学院長が天音の名を呼び、彼女は壇上へと上がった。学院長から手渡されたのは、金色に輝く首席の徽章だった。通常、首席は学期末の成績によって決まるものだが、この非常時には別の基準が適用されたのだ。


「天音さん。あなたはこの危機において、傑出した指導力と冷静な判断力を示しました。首席として学院を導く資質を十分に証明したと評議会は判断しました」


 学院長の言葉に、広場には拍手が沸き起こった。天音は徽章を受け取り、一礼した。彼女の表情は喜びというより、厳かさに満ちていた。


「ありがとうございます」


 天音は静かに答えた。そして彼女は徽章を手に握りしめ、学生たちに向き直った。彼女が話し始めるというのは予定外のことだったのか、学院長も驚いた様子だったが、制止はしなかった。


「これは、私のためではありません」


 天音の声は、広場の隅々まで響き渡った。学生たちは不思議そうな表情で彼女を見つめた。


「この徽章は、ある一人の魔法使いの"願い損ねた何か"を繋ぐための印です」


 彼女の言葉に、広場には静寂が広がった。誰もが、彼女が誰のことを言っているのか理解していた。


「灯花は...」


 天音は言葉を切り、顔を上げた。彼女の目には涙はなく、強い決意が宿っていた。


「灯花は強くなりたかった。認められたかった。でも、それは彼女の本当の願いではなかったと思います」


 風が広場を抜け、天音の長い髪が揺れた。彼女は崩壊した研究塔の方向を見つめた。


「彼女の本当の願いは、誰かの役に立つこと。誰かを温めることだったはず」


 天音は首席の徽章を高く掲げた。朝日を受けて、それは美しく輝いた。


「だから私は誓います。この力を使って、彼女の本当の願いを形にすると」


 彼女の宣言に、広場の空気が変わった。最初は静寂、そして徐々に拍手が湧き起こっていった。


 式の後、天音は崩壊した研究塔の跡地へと足を向けた。そこには小さな祭壇が設けられ、灯花の遺品が丁寧に飾られていた。彼女はその前に立ち、徽章を手に持ったまま、静かに語りかけた。


「灯花、私が首席になったわ。あなたが望んでいたものでしょう?」


 返事はないが、彼女は話し続けた。


「でも、あなたは最後、何を見たの?」


 天音は灯花が最期に見せた涙の意味を考え続けていた。それは演じることに疲れた魂の、本当の表情だったのではないか。彼女は思い返した---灯花との会話、一緒に過ごした時間、そして彼女が少しずつ変わっていく様子を。


「灯花は誰かに認められたいと願っていた。でも、本当は自分自身を認められないことに苦しんでいたんだ」


 そうつぶやきながら、天音は灯花の部屋から回収された日記を開いた。それは彼女と遼に託された貴重な資料だった。ページをめくると、灯花の内面に迫る記述が目に飛び込んでくる。


「私は影のような存在を恐れていた。でも今思えば、それは私自身の別の面だったのかもしれない」


 天音は震える手でその一節に触れた。


「灯花...あなたはずっと自分自身と戦っていたのね」


 彼女は日記を閉じ、空を見上げた。そこには灯花が最後に見たであろう同じ空が広がっていた。


「あなたが見つけた答えを、私は無駄にしない」


 その夜、天音は学院長を訪ね、特別な提案をした。灯花が貧民街の孤児院に通っていたことを報告し、学院として支援を続けるよう提案したのだ。


「彼女の本当の願いは、弱い立場の人々を守ることだったから」


 天音の真摯な提案に、学院長は静かに頷いた。彼も灯花の才能を惜しみ、彼女の犠牲が無駄にならないことを望んでいた。


「承認しよう。王立魔法学院灯花基金として正式に設立しよう」


 その言葉に、天音は深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 部屋を出る前、天音は振り返った。


「灯花は...誰にも言えなかった悩みを抱えていたと思います。私たちは彼女が本当に何を考えていたのか、完全には理解できなかった。でも...」


 天音の言葉が続く。


「でも、最後に彼女が見せた表情は、嘘のない、本当の彼女自身のものだったと信じています」


 学院長は厳かに頷いた。彼もまた、あの事件の真相を完全には理解していなかったが、それが単なる魔力の暴走ではなく、一人の魔法使いの内なる闘いの結末だったことは感じていた。


 天音は寮に戻る途中、中庭で足を止めた。そこには水盤があり、夜空の星が水面に映っていた。彼女はその水面に映る自分の顔を見つめた。


「私はあなたじゃない。でも、あなたの見つけた答えを大切にしたい」


 水面に手を伸ばすと、波紋が広がり、彼女の姿が歪んだ。


「見られるために生きるのではなく、誰かのために在ることの意味---あなたが最後に気づいたことを、私は最初から始めるわ」


 天音の心には、灯花の最期の涙が確かに生きていた。それは後悔と解放が混ざり合った、真実の表情だった。


「灯花の灯火を、私が継ぐわ」


 彼女は窓辺に立ち、灯花がかつて見つめた空を見上げながら、静かに誓った。


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