表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/73

1. 炎の朝焼け

 学院の空に残る紅い煙。研究塔の崩壊から一か月が経った今でも、夜明け前の空には微かに赤みがかかっていた。それは物理的な煙というよりは、強大な魔力が空気中に残した名残りのようなものだった。


 朝焼けとともに、その紅さが次第に空の青さに溶け込んでいく。塔の崩壊の衝撃が夜を裂き、朝焼けとともに静寂が戻る---それがこの一ヶ月の日課のようになっていた。


 広場に集められた学生たちの顔には、疲労と安堵が交錯していた。一晩中、崩壊した塔の周辺を封鎖するための結界を張り続け、今ようやく交代の時間が来たのだ。


 天音は倒れた仲間たちに手を差し伸べていた。


「みんな、よく頑張ったわ。少し休みましょう」


 彼女の声は優しかったが、その表情には強い決意が表れていた。天音は過去一ヶ月、率先して復興活動を指揮してきた。彼女はいつの間にか、学生たちの中心的存在になっていた。


 ある一年生の少女が、天音に恐る恐る近づいてきた。


「天音先輩...」


「どうしたの?」


「灯花先輩は...もういないのですか?」


 その問いに、広場は一瞬静まり返った。天音は悲しげに頷く。


「ええ。灯花はもういないわ」


 言葉にするのは辛かったが、これが現実だった。その事実を受け入れなければ、前に進むことはできない。


「でも、彼女がしたことは無駄じゃなかった」


 天音は続けた。彼女の声には確信が宿っていた。


 学生たちの間では様々な噂が広がっていた。「影法師に魂を売った」「禁断の力に飲み込まれた」「自ら求めた破滅だ」。灯花の存在は既に伝説と化していた。


 天音はそれらの言葉に首を振る。


「違う。彼女を飲み込んだのは、影法師でも紅蓮の力でもない」


 生徒たちは天音の言葉に耳を傾けた。彼女は灯花の友人だったし、最後の瞬間を目撃した数少ない人間の一人だった。


「彼女を飲み込んだのは...」


 天音は言葉を探した。簡単に説明できるものではなかった。灯花の内なる闘争、見られたいという渇望、そして最後に訪れた自己認識---それらを短い言葉で表現することは不可能だった。


「...それは、彼女が求め続けたものだったの」


 曖昧な表現だったが、天音にはそれが最も正直な表現に思えた。だが、その真実を語るには、傷が新しすぎた。


 一方、遼もまた、廃墟と化した研究塔を遠くから見つめていた。彼の左足は依然として包帯で巻かれ、杖をついて立っていた。秘術の代償は小さくなかったが、彼に後悔はなかった。


 彼の手には小さなノートがあった---灯花の日記帳だ。研究塔の跡地から見つかった数少ない遺品の一つで、学院長から遼と天音に託されたものだった。


 ページをめくると、ある一節が目に留まる。


「時々、鏡に映る自分が違う顔をしている。それは私自身なのに、私ではないような...でも、その影のような存在は私の内側から生まれたものだと、どこかで理解している」


 遼はノートを閉じ、天音の元へと歩み寄った。彼女はちょうど学生たちに休息を取るよう指示したところだった。


「天音」


 遼の声に、彼女は振り返った。


「遼...日記を読んだの?」


 彼は静かに頷いた。二人は並んで立ち、遠くの朝焼けを見つめた。


「彼女が最後に見せたのは、本当の灯花だった」


 遼は静かに言った。その言葉に天音は頷いた。彼らの傍らには、塔の瓦礫から救出された学生たちが疲れた様子で休んでいた。


「私たちの役目は、彼女の本当の姿を伝えることね」


 天音の言葉に、遼は無言で同意した。二人は静かな決意を共有していた。灯花の栄光も過ちも、すべてを正直に語り継ぐこと。それが彼女の遺志を尊重する唯一の方法だった。


 遠くの朝焼けは、灯花の炎の色を思わせるように、紅く輝いていた。その光は学院全体を柔らかく包み、新しい一日の始まりを告げていた。天音は目を細め、その輝きを見つめた。


「今日も、始まるわね」


 灯花はもういないが、彼女が残した灯火は、彼らの心の中で静かに燃え続けていた。それはかつての紅蓮の炎のように激しいものではなく、誰かを温められる、優しい炎だった。


 遼は黙ってうなずき、杖を持ち直した。彼らの前には長い道のりが待っていた。学院の再建、灯花の遺志を伝えること、そして彼ら自身が成長すること。


「行こう」


 遼の一言に、天音は微笑みながら頷いた。二人は学生たちの元へと戻り、新しい一日の活動を始めようとしていた。彼らの背後で、朝日はますます鮮やかに輝きを増していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ