3. 貴族公聴会の侮辱
学院の大講堂は威厳に満ちていた。高い天井からは豪奢なシャンデリアが吊るされ、壁には歴代の名魔法使いの肖像画が並ぶ。灯花はその場の雰囲気に圧倒されながらも、奨学金公聴会の議事録係として集中を切らさないよう努めていた。
平民出身者への奨学金増額を検討する議題が上がり、灯花の胸は少し高鳴った。期待で喉が渇き、無意識に唇を湿らせる。これが通れば、彼女のような境遇の学生がもっと入学できるようになる。さらには自分の家族への仕送りも増やせるかもしれない。
だが、議論は彼女の期待を裏切る方向へと進んでいった。
「平民への奨学金増額?笑わせるな」
壮年の議員が鼻で笑い、周囲の貴族たちもそれに同調した。
「教育の機会は資源である。限られた資源は貴族に優先的に与えられるべきだ。王国の未来を担うのは我々の子弟なのだから」
その言葉に対し、もう一人の議員が頷きながら続ける。灯花の胃が冷たく縮こまった。
「平民風情に高等魔法を教えても無駄だ。彼らは所詮、魔法機械の部品扱いで十分。細かい作業や雑務を任せられる程度の教育があれば事足りる」
灯花の手が震えた。羽ペンを握りしめる力が強くなり、羊皮紙に小さなインクの染みができた。自分のような存在が「部品扱い」と言われているのだ。頭に血が上り、視界の端が赤く滲む。奥歯を噛みしめる音が自分の耳に響いた。しかし、彼女は表情を変えず、淡々と議事を記録し続けた。
公聴会に出席していた平民出身の学生たちから怒りの声が上がる。
「そんな言い方は酷すぎます!私たちにも夢があるんです!」
年若い男子学生が立ち上がって叫んだが、議長は冷たく一蹴した。
「静粛に。感情的な発言は控えてもらいたい」
議長の言葉に、その学生は肩を落として席に戻った。灯花の隣では平民の少年が嗚咽を漏らしている。灯花は彼の肩に手を置きたい衝動に駆られたが、自分の役割を思い出して動かなかった。代わりに、机の下で拳を強く握りしめた。爪が掌に食い込む痛みが、かろうじて彼女を現実に繋ぎ止めていた。
彼女の心には激しい怒りが渦巻いていた。それは復讐心に近い感情だった。胸の奥で何かが燃え上がるような熱さを感じ、同時に背筋を冷たい汗が伝った。
「いつか必ずこの屈辱を晴らしてやる」
その思いを胸に秘めながら、灯花は冷静に記録を続けた。貴族たちの侮蔑的な笑みを見るたび、彼女の決意は固くなっていく。腹の底から湧き上がる黒い感情を、深呼吸で押し込めながら。
会場の一角で霧島が灯花の様子を眺めていることに、彼女は気づいていた。彼の表情には複雑なものが浮かんでいるように見えた。軽蔑か、それとも別の何かか。
公聴会が終わり、灯花が資料を整理していると、烏丸教授が近づいてきた。
「よく耐えたな、灯花」
教授は静かな声で言った。
「あの議員たちの言葉に惑わされるな。真に選ばれた者は血筋ではなく、才能と努力で証明されるのだ。お前にはその可能性がある」
灯花は教授の言葉に感謝しつつも、「選ばれた者」という考え方自体に違和感を覚えていた。その言葉を聞くたびに、喉の奥に苦いものがこみ上げてくる。誰かに選ばれるのではなく、自分の意志で道を切り開きたい。そう思いながらも、彼女は丁寧にお辞儀をした。
「ありがとうございます、先生」
烏丸教授はただ頷くと、大講堂を後にした。灯花はしばらくその場に立ち尽くし、心の中で誓った。握りしめた拳から、ようやく力を抜いた時、掌には赤い爪の跡がくっきりと残っていた。
「私は必ず証明してみせる。平民だって、貴族以上の魔法使いになれることを」