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8. 封印と余韻

 学院の中央評議会は緊急会議を開き、研究塔跡地の扱いについて決定を下した。灯花の残した紅蓮の魔力は、塔の崩壊後も強大な力を保ったままだった。それは危険でありながらも、学術的に貴重な存在として認識されていた。


 「地下に特別な封印室を設置する」


 学院長の言葉に、評議会の面々が頷いた。学院の魔法使いたちによって作られる特別な封印室—そこには灯花の魔力が凝縮された結晶が安置されることになった。


 天音は評議会の決定を聞いて腹の底で何かが重く沈んだ。灯花の力を「研究対象」として保存するという考えに、彼女の喉が詰まるような違和感を覚えた。それは灯花という人間ではなく、ただその力のみを価値あるものとして扱うような気がしたからだ。


 「天音、ちょっといいか」


 廊下で霧島が声をかけてきた。彼は松葉杖から杖に変わり、少しずつ回復していた。


 「霧島……どうしたの?」


 「評議会の決定について、お前はどう思う?」


 天音は複雑な表情で答えた。「正直……賛成できないわ。灯花をただの研究材料にするなんて」


 霧島は静かに頷いた。「俺も同感だ。だから、代案を校長に提出した」


 彼は一枚の書類を取り出した。そこには灯花の遺した力を「教訓」として保存するための計画が記されていた。単なる研究対象ではなく、魔法使いとしての倫理を考える場としての「紅蓮の石棺」という構想だった。


 「霧島……」


 天音は目を見開き、鼻の奥がつんと熱くなるのを感じながら彼を見た。かつては傲慢だった貴族の青年が、今では平民出身の灯花の尊厳を守ろうとしている。この変化こそ、灯花の残した最大の遺産の一つだった。


 一週間後、地下に封印室が完成した。厳重な結界に守られた暗い部屋の中央には、紅蓮の結晶を収めた石棺が置かれていた。その周囲には灯花の研究ノートや日記の抜粋が展示され、彼女が何を求め、何を犠牲にしたのかを後世に伝える展示となっていた。


 天音は一人、封印室を訪れた。石棺から漏れる赤い光が部屋全体を照らし、壁に映る彼女の影を揺らめかせていた。彼女は石棺に近づき、静かに手を置いた。


 「灯花……」


 その瞬間、時に結晶から赤い光が強まり、封印室全体を照らした。天音は肩がびくりと震えたが、恐れは感じなかった。むしろ頬を撫でるような不思議な温かさが全身を包んだ。


 「まだ……ここにいるのね」


 天音は微笑んだ。灯花の存在は消えていなかった。形を変え、場所を変えても、彼女の意志はまだ残っているようだった。


 「今日も良い天気よ」


 天音は日常の出来事を話し始めた。まるで古い友人に話しかけるように。


 「霧島も少しずつ回復してきたわ。彼、随分変わったでしょう?」


 石棺の光が微かに明滅する。天音はそれが灯花の反応だと直感的に悟った。科学的な説明はできないが、彼女の肌がジンジンと温かくなり、うなじが火照った。灯花がまだここにいることを物語っていた。


 「校長先生は、ここを『灯花記念館』として、学生たちが訪れる場所にするつもりみたい。あなたの研究データや日記が展示されるわ」


 彼女は石棺の周りに置かれた灯花の遺品を見回した。研究ノート、日記、そして彼女が最後まで大切にしていた父の古い魔法書。それらは全て、灯花という一人の魔法使いの軌跡を物語っていた。


 「承認とは何か、見られることの意味とは何か……あなたが問いかけたことは、きっとこれからも多くの人の心に響くと思う」


 天音の言葉が封印室に響く。石棺の光が再び強まり、部屋全体が温かな赤い光に包まれた。


 「一度、美羽ちゃんを連れてくるわね。彼女、しっかりしてるわよ。お母さんと一緒に暮らしながら、地元の学校に通っている。『お姉ちゃんのように、役に立つ魔法使いになりたい』って言ってたわ」


 天音の目に涙が浮かんだ。それは悲しみの涙というよりは、喉の奥が熱くなり、目頭がじんとして、涙がつーっと頬を伝った。


 「あなたの残したものは、これからもずっと生き続けるわ」


 封印された力は消えていないが、もう暴走することはない。まるで彼女の存在が今も問いかけ続けているように。承認とは何か、演じることの意味とは何か。そして誰の目もない場所で、自分を保つことは可能なのか。


 封印室を去る前に、天音は最後に振り返った。


 「あなたの最後の選択は、間違っていなかったと思う」


 彼女の言葉に、石棺の光が一瞬強く輝いた。それはまるで返事のようだった。


 学院の日常は戻りつつあった。学生たちは新しい教室で学び、古い研究塔の跡地には小さな庭園が造られていた。中央には小さな石碑が立ち、「真の炎は照らすことを忘れない」という言葉が刻まれていた。


 天音は窓辺に立ち、外の雪景色を眺めながら脳裏に記憶が蘇った。あの冬の夜、貧民街で灯花が初めて炎を灯した日のことを。彼女から聞いた話で、実際に見たわけではなかったが、なぜか手のひらに温もりを感じるほど鮮明に思い描くことができた。


 小さな手から生まれた温かな炎。それは誰かを見返すためでも、認められるためでもなく、ただ大切な人を温めるためだけに灯されたものだった。


 窓の外では雪が静かに降り続けていた。学院の塔の一つから見える封印室の入り口からは、かすかに赤い光が漏れていた。それは脅威ではなく、静かな警鐘のように、そして心を温める炎のように感じられた。


 天音は窓ガラスに映る自分の姿を見つめた。そこには以前より強く、そして優しくなった自分の姿があった。灯花の物語は彼女の魂に深く刻まれ、彼女自身をも変えていた。


 「誰かの心に、灯火のような痛みとともに残る温もりを残して……」


 天音はそう呟き、新しい日の始まりに向かって歩き出した。

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