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2. 共鳴と母の記憶

 灯花のラボでは、魔核との共鳴実験が日々進んでいた。彼女は紅蓮の力で魔核のエネルギーを引き出し、共鳴率を高めようと試みていた。実験台の上では小さな魔核片が赤く脈打ち、灯花の右手の紅蓮の指輪と同調するように光を放っている。


 「共鳴率75%……」


 灯花は実験記録を取りながら、満足げに微笑んだ。一週間前は70%だったものが、わずかな時間で5%も上昇していた。進捗の速さに彼女自身も驚いていた。


 実験の記録を取りながら、灯花はふと窓の外を見た。学院の窓から見える遠くの貧民街。そこには彼女の家族が今も暮らしている。美羽は元気だろうか、母は無理をしていないだろうか。


 「皆を照らす暖炉になりなさい」


 母の言葉が脹裏に響き、手が一瞬止まった。幼い頃、灯花が初めて小さな炎を灯した日、母イリナは彼女にそう言った。「強い炎になるのも大事だけど、何より大切なのは、皆を温める優しい炎であること」と。


 灯花は実験を一時停止し、窓際に歩み寄った。母の願いは彼女が家族や貧民街の人々を温かく見守る存在になることだった。それが彼女の原点だったはずだ。


 「今の私の炎は、誰に届いているだろう」


 自問すると、心の奥から別の声が響いた。「温めるのではなく、照らすのだ。皆の目に映るほど明るく強い炎になれ」


 灯花はその考えに頷いた。母の言葉の解釈が、いつからか変わっていた。「照らす」とは、「注目を浴びる」ことと同義になっていたのだ。


 実験に戻った灯花は、紅蓮の力をさらに込めて魔核片に働きかけた。


 「共鳴率、78%……80%……」


 数値の上昇とともに、彼女の体からは紅い光が漏れ出し、部屋全体が赤く染まっていく。灯花の鼻の穴が広がり、肩が上がり、その瞳は紅蓮の力に満ちて輝いていた。


 「これこそが私の力……」


 80%という過去最高の共鳴率を達成し、灯花は成功の喜びに浸った。拳がぎゅっと握られ、歯がカチリと鳴った。血管が脈打ち、筋肉が張り詰めた。


 「私が力を持てば皆が幸せになる。私が世界を変える」


 灯花はそう自分に言い聞かせた。しかし、心の奥底では別の思いも渦巻いていた。「皆が私を見る。皆が私を必要とする。皆が私を称える」


 実験データを整理しながら、灯花は魔核共鳴の理論について考えを巡らせていた。共鳴率が高まるとどうなるのか。父の研究によれば、完全共鳴(100%)に達すると、魔法使いと魔力源は一体化し、通常では考えられない力を発揮できるという。


 「完全共鳴……」


 灯花はその言葉を口にしながら、胸が高鳴り、同時に胃の奥がひんやりと冷えた。喉が乾き、背中に冷たい汗が流れた。


 夜も更けた頃、灯花は実験を終え、ラボを後にしようとしていた。その時、彼女の足元の影が微かに動いた気がした。振り返ると、誰もいない。だが、彼女はわかっていた。それは影法師、あるいは彼女自身の影の部分だった。


 「順調だな」


 低い声が彼女の耳元で囁いた。


 「計画通りよ」と灯花は答えた。「でも……時々考えるの。これが本当に正しい道なのかって」


 「迷いは弱さの現れだ」と影は言った。「お前は強くなるためにここにいる」


 灯花は黙って頷いた。強くなること。それが全ての始まりだった。だが今や、「強さ」の定義すら彼女の中で変わりつつあった。


 ラボを施錠し、灯花は寮に向かった。廊下を歩きながら、彼女は実験の成功を思い出し、再び血が熱くなり、足取りが軽くなった。烏丸教授に報告すれば、さらなる称賛が得られるだろう。


 寮に着くと、彼女は机の上に置かれた美羽からの手紙を見つけた。久しぶりの便りだった。美羽の体調はやや改善し、新しい薬のおかげで症状が和らいでいるという。


 「お姉ちゃん、学院で有名になったって聞いたよ!すごいね!わたし、お姉ちゃんのこと、みんなに自慢してるんだ」


 その無邪気な言葉に、灯花の胸がぎしりと軋み、喉の奥が締め付けられた。手が無意識に手紙を握りしめた。喜びと誇りの一方で、美羽の言う「有名」と彼女が求める「承認」の間には、微妙なずれがあることに気づいていた。


 窓から見える月を見上げながら、灯花は自問した。「私は何のために強さを求めているのだろう」


 その夜の夢で、灯花は母イリナと会話していた。母は暖炉の前で編み物をしながら、「あなたの炎は冷たくなっていくわね」と悲しげに言った。灯花が反論しようとすると、母の姿は次第に霞み、代わりに鏡に映った自分自身が現れた。その姿はまるで見知らぬ人のようで、紅蓮の力に満ちた瞳は冷たく鋭い光を放っていた。


 灯花は汗をかきながら目を覚ました。薄れゆく母の記憶に不安を感じながらも、彼女は「世界を変える神話的存在」としての自己像に酔いしれていた。鏡に映る自分を見て「この姿を皆が見ているのね」と満足げに微笑む。


 しかし、その微笑みの影には、かすかな虚しさと恐れが潜んでいた。

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