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1. 迷宮への降下

 影法師との契約から一週間、灯花の右手薬指の紅蓮の指輪は彼女に新たな力をもたらしていた。早朝の演習室で紅蓮の炎を操作する灯花は、鏡に映る自分の姿に一瞬驚いた――炎に照らされた顔が笑っているように見えたが、彼女自身は笑っていなかったのだ。


 「これは……私の本当の力」


 灯花は紅蓮の炎を見つめた。従来の魔法とは比べ物にならない力強さと美しさがあった。心からそう思いながらも、胸の奥で何かがざわついた。契約以来、時折胸が締め付けられ、呼吸が浅くなることがあった。


 魔力の高まりと共に痛みもあったが、灯花はそれを受け入れていた。「力には代償がつきもの」。そう自分に言い聞かせる。


 灯花は演習室の窓から朝日を見つめた。今日は学期の迷宮演習があり、彼女は初めて紅蓮の力を公の場で使うことになる。


 「皆に見せる時が来た」


 その言葉を口にした瞬間、灯花の足が止まった。背筋がぴリと張り、唇が乾く。「見せる」というフレーズが妙に引っかかる。力を得たのは見せるためではなく、使うためのはずだった。


 「いや、力を示すことで、私の価値が証明される」


 灯花は自分を納得させた。演習室を後にする彼女の影は、一瞬彼女の動きとは関係なく揺らめいたように見えた。


 教室に向かう途中、灯花は天音の姿が見当たらないことに気づいた。天音は彼女の契約後、微妙な距離を取るようになっていた。


 ある日、灯花が近づく気配に天音が怯えたような表情を浮かべたのを見てしまったことがあった。その瞬間、灯花の心に痛みが走った。親友に恐れられる存在になってしまったのか。


 「見られたい」という思いと「見られたくない」という矛盾した感情の間で揺れる灯花。紅蓮の指輪が指に食い込み、脈打つような熱を放っていた。


 迷宮演習の集合場所に着くと、学生たちが既に集まっていた。彼女が現れると、一部の学生たちが小声で囁き合い、中には明らかに距離を取る者もいる。


 入り口で霧島とすれ違った。彼は灯花を一瞬見つめ、何か言いかけたが思いとどまったように見えた。


 「見せるためだけの力に何の価値がある」


 そっと呟くような声で、彼はそれだけ言って先に進んだ。灯花の胸に鋭い何かが突き刺さり、息が詰まる。頬の筋肉が引きつり、笑顔を作るのが苦しい。霧島の耳には聞こえないが、灯花の耳には影法師の囁きのように「力を示せば価値が証明される」という別の声も聞こえていた。


 迷宮の入り口で、烏丸教授が説明を始めた。


 「今日の演習は個人評価となります。各自の実力を測るため、異なる経路で進んでください」


 学生たちが次々と迷宮へと入っていく。灯花の番になり、彼女は暗い入り口を見つめた。


 「私はこれまでとは違う」


 そう心に誓い、灯花は紅蓮の指輪が導くように、禁断の試練の場へと足を踏み入れた。


 迷宮の内部は薄暗く、古い石壁から湿った空気が漂っていた。灯花は紅蓮の力を使い、周囲を照らした。その光は通常の魔法の灯りより鮮やかに、より遠くまで届いた。


 灯花の背筋に冷たいものが走った。鳥肌が立ち、喉の奥がヒリヒリと痛む。通常の迷宮コースではなく、より深い、より危険な経路へと進んでいることが分かった。普段は立ち入り禁止とされるエリアだったが、紅蓮の力を手に入れた今、彼女はその禁忌を破る勇気を持っていた。


 「力を極めて孤児たちを守る」


 そう言い聞かせながら、灯花は迷宮の奥へと進んでいく。水溜りに映る自分の顔がにやりと笑い、「力を見せつければ皆が自分を必要としてくれるはず」と囁く声が耳の奥で響いた。


 灯花は水溜りを踏み荒らし、その映像を消した。


 奥へ進むにつれ、迷宮の壁に刻まれた警告の文字が増えてきた。「先へ進む者に死あり」「禁忌の力、触れし者は滅ぶ」。しかし灯花はそれらを無視した。力と承認――本来別々の目標が混ざり合い、彼女の中で区別がつかなくなっていた。


 迷宮の最深部へと続く石段を降りながら、灯花は自問した。


 「私は本当に何を求めているのだろう」


 しかし、その問いに答える前に、紅蓮の指輪が強く脈打ち、彼女を前進させた。もう後戻りはできない。灯花は静かに微笑み、深淵へと降りていった。

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