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4. 首席順位逆転

 迷宮演習の日、灯花の心臓は朝から激しく脈打っていた。学院の地下に作られた人工迷宮には緊張感が漂っていた。これは冬学期の最終評価となる重要な実技試験だ。結果は正式な首席発表に直結する。


 灯花は昨日まで練習を重ね、父の魔法書から学んだ「魂の共鳴」をさらに進化させた術式を準備していた。天音を負傷させた事故以来、彼女は魔力の制御に特に注意を払い、安定性を高める改良を加えていた。


 「今日の結果で全てが決まる」


 灯花は自分に言い聞かせた。迷宮の入口で順番を待つ間、彼女の手は微かに震えていた。それは緊張からだけではなく、期待と高揚からくるものでもあった。


 天音が彼女の肩を軽く叩いた。


 「灯花、大丈夫?」


 「ええ、全然平気よ」灯花は笑顔で答えたが、その目は少し虚ろだった。


 「頑張って。でも無理はしないでね」


 天音の優しさに、灯花の胸の奥がぎしりと軋んだ。喉が熱くなり、目の奥がじんとした。友情への感謝と競争相手としての思いがせめぎ合っていた。


 灯花の番がやってきた。彼女は深呼吸し、迷宮へと足を踏み入れた。暗い通路が彼女を迎え、壁には古代の魔法文字が刻まれている。試験の目標は、迷宮の中心にある「試練の間」に到達し、そこで待ち構える魔法生物を倒すことだった。


 灯花は冷静に進み、「魂の共鳴」で形成した結界を周囲に展開しながら進む。迷宮の罠や仕掛けは、彼女の繊細な魔力感知で事前に察知され、巧みに回避された。


 「以前より明確に魔力の流れが見える」


 灯花の全身に力が溢れ、指先が熱く痺れた。迷宮の深部へと進むにつれ、魔物たちが現れ始めるが、彼女の強化された結界と、新たに開発した赤い炎の魔法で難なく撃退していく。


 「試練の間」へと続く扉の前で、灯花は一瞬立ち止まった。最後の試練に備え、彼女は全魔力を集中させる。


 「父さん、見ていて」


 扉を開けると、巨大な魔法生物が彼女を待ち構えていた。石像のような姿をした守護獣だ。それは赤い目を光らせ、灯花に襲いかかってきた。


 灯花は落ち着いて対応する。まず防御結界を張り、守護獣の攻撃を受け止める。そして次の瞬間、「魂の共鳴」を極限まで高め、結界の中に赤い炎を宿らせた。


 「これが、私の全力」


 彼女の結界から放たれた赤い炎が、守護獣を包み込む。炎は獣の石の体を焼き尽くし、わずか数秒で勝負は決した。


 灯花は息を荒げながらも、満足げに微笑んだ。自分でも驚くほどの力を発揮できたのだ。


 迷宮から出ると、教授たちは彼女の成績を記録していた。烏丸教授の目には、かすかな興奮の色が宿っていた。


 全員の試験が終わり、その日の夕方、正式な首席発表の時間となった。


 中央掲示板の前に学生たちが集まる中、灯花の心臓は激しく鼓動していた。手のひらに汗が滲み、喉が渇いていた。これほど力を尽くしたのだから、今度こそ首席を取れるはずだ。


 掲示板に名前が掲示された瞬間、灯花の期待は砕かれた。


 1位・天音、2位・霧島遼、3位・灯花。


 結果は変わらなかった。全力を尽くし、新しい結界術も披露したのに、順位は動かない。


 「灯花、ごめんね」


 天音が申し訳なさそうに近づいてきた。灯花は表情を取り繕い、微笑んだ。


 「あなたが首席にふさわしいわ。おめでとう、天音」


 その言葉は嘘ではなかった。天音は本当に優れた魔法使いだ。しかし、灯花の胸の奥で何かが焼けつくように熱くなり、拳が震えた。爪が掌に食い込み、血が滲みそうなほど力を込めていた。胃がキリキリと痛み、吐き気がこみ上げてくる。なぜ努力が報われないのか。なぜ認めてもらえないのか。


 夜、寮の自室の鏡の前で、灯花は自問した。


 「なぜ認められないの?どれだけ努力しても……」


 すると鏡の中の灯花が応えるように口を動かした。


 「認められるには、もっと力が必要だ」


 その声は確かに自分のものだが、意識して話したわけではない。まるで内側にいるもう一人の自分が語りかけてきたかのよう。いや、それは確実にもう一人の灯花だった。


 「私、疲れているのかしら」


 灯花は首を振り再び鏡を見ると普通の姿が映っていたが、瞳の奥に何か違うものが宿り始めているような気がした。


 彼女は自分の気持ちを整理しようとしたが、頭の中がるつぼのように熱くなり、耳鳴りがして考えがまとまらなかった。胸の奥で何かが蠢き、爪を立てているような感覚があった。喉の奥から鉄の味がせり上がり、呼吸が浅くなる。それは純粋な向上心とは違う、もっと暗く、渇いた何かだった。


 灯花は窓辺に座り、星空を見上げた。眼鏡のレンズに涙が滲み、視界がにじむ。「誰かに見ていてほしい」「認めてほしい」という思いが、胸を焼くように熱く疼く。


 右手の薬指の赤い痕は以前より鮮明になり、それに触れると指の下で何かが脈打ち、熱を帯びた。まるで生き物のように反応している。これも力の証なのだろうか。認められるための印なのだろうか。


 「どこまで行けば、満たされるのだろう」


 窓辺から見える月明かりの下、灯花の決意は次第に形を変えていった。


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