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2. 評議会"凍結勧告"

 学院の大講堂は、王国評議会の特使が訪れるというので、学生や教師たちで満席となっていた。灯花も天音と共に後方の席に着き、その場の緊張した雰囲気に身を縮めていた。


 「どんな発表があるのかしら」と天音が小声で尋ねる。


 「さあ……」灯花は肩をすくめた。


 数日前から学院内では何かの噂が流れていたが、確かな情報は誰も持っていなかった。ただ、教授陣の表情が曇っていることから、良い知らせではないことは明らかだった。


 突然、大講堂の扉が開き、王国評議会の使者が厳かに入場してきた。金と紫の豪華な衣装を纏った中年の男性は、高く掲げた杖を一度床に打ちつけると、その場に静寂が広がった。


 「王国評議会より重要な方針発表があります」


 使者の声は魔法で増幅され、講堂の隅々まで響き渡った。


 「現在の国際情勢に鑑み、王国防衛力の強化が急務となっております。そのため、評議会は予算配分の見直しを決定しました」


 学生たちの間に小さなざわめきが起こる。灯花は背筋が緊張するのを感じた。


 「不要不急の支出を見直した結果、『平民街医療支援金』の予算を今期より凍結することとなりました。これらの資金は国防費増強に充てられます」


 その言葉を聞いた瞬間、講堂の空気が凍りついた。次いで怒号が飛び始めた。


 「何だと!?」

 「冗談じゃない!」

 「人の命を何だと思ってるんだ!」


 特に平民出身の学生たちからの抗議の声が大きかった。灯花は震える手で椅子の肘掛を握りしめていた。その支援金は美羽の薬も母の診療費も賄っていたのだ。


 「黙れ!」使者は再び杖を打ちつけ、魔法の圧力で抗議の声を押さえつけた。「これは評議会の決定であり、既に王国令として発布されています。議論の余地はありません」


 彼の冷たい言葉に、講堂には怒りと絶望の沈黙が広がった。灯花の胸の奥で何かが燃え上がり、拳を握る手が小刻みに震えた。爪が掌に食い込み、ジンジンと痛みが走る。生き死にすら貴族の都合で決められてしまう現実。


 天音が泣きじゃくる傍ら「どうして……あの支援金で生きている人がどれだけいるか」と嘆いていた。彼女の家族も貧民街住まいで、支援金に頼る部分があったのだ。


 灯花は天音の肩に手を置いた。「こんな不平等な世界、変えなくちゃいけない」と静かに呟いた。その言葉には、これまでにない硬質な決意が込められていた。


 講堂を出ると、灯花は怒りに震える足で廊下を歩いた。ふと大きな窓を通り過ぎた時、夕陽に照らされたガラスに自分の姿が映った。その映像は怒りに燃え、紅い光を帯びているように見えた。


 灯花はその映像を凝視し、映り込みが「力があれば変えられる」と囁いたように感じた。目を擦り再び見ると、ただの反射像に戻っている。だが、その言葉は彼女の心に深く刻み込まれていた。


 その晩、灯花は貧民街の孤児院で食事を配りながら、子どもたちに笑顔を向け続けた。しかし心臓が早鐘のように打ち、喉がカラカラに渇く。「私が力を得て、この仕組みを変えなければ」という思いが、頭の中をグルグルと回る。


 「お姉ちゃん、何か悩んでるの?」小さな女の子が灯花の表情の変化に気づいて尋ねた。


 「ううん、大丈夫よ」灯花は笑顔を取り戻そうとしたが、唇が引きつり、上手く笑えない。その笑みは以前のような自然なものではなかった。


 孤児院を出た後、灯花は暗い路地で立ち止まり、両手を見つめた。「魂の共鳴」を成功させた手は、確かに力を得ていた。だが、その力は貧民街を救うには遠く及ばない。


 「このままじゃ、美羽も……」


 母からの最新の手紙によれば、支援金の削減で美羽の新しい薬が買えなくなるという。病状が進行すれば、彼女の命にも関わる。


 灯花は路地の水たまりに映る自分の顔を見た。そこには焦りと怒り、そして何かに取り憑かれたような表情の自分が映っていた。


 「本当に、このままで良いの?」


 水面の自分が問いかけてくるように感じた。それは灯花自身の内なる声だったのかもしれない。


 学院に戻る道すがら、灯花は決意を固めていた。学院で暫定首席は天音だが、それは望んで譲ったわけではない。純粋な実力差だった。だが今、この現実を変えるためには、もっと力が、もっと影響力が必要だ。


 灯花の右手の薬指に、かすかに赤い痕が現れ始めていた。彼女自身はまだそれに気づいていなかったが、それは何かが彼女の内側で変化し始めている証だった。

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