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2. 魔法使いへの第一歩

「灯花さん、その炎は本物だ」


 初めて聞く称賛の言葉に、灯花は目を見開いた。


 あの雪の夜から二年。灯花は十四歳になり、魔法の才能は日に日に開花していった。


 貧民街の広場で、灯花は手のひらに宿した炎を熱心に見つめていた。意識を集中させ、形を変え、熱量を調整する。最初は小さな松明ほどの火だったのが、二年の試行錯誤を経て、今では自在に操れるようになっていた。彼女の前では、様々な形に変化する炎が舞っていた。ウサギ、鳥、そして美羽が喜ぶ小さな花の形。


「これは......」


 声の主は、白い長い髭を蓄えた老人だった。深い緑色の上質なローブに、首元には王立魔法学院の紋章が輝いている。この貧民街では明らかに異質な存在。通りを行き交う人々も、その姿に驚きの視線を送っていた。


「私は烏丸という。王立魔法学院で結界術を教えている」


 灯花の胸は高鳴った。王立魔法学院。それは彼女がただ噂で聞いていただけの、憧れの場所だった。貴族の子女や裕福な家庭の子供たちが学ぶ場所。灯花のような貧民街の少女には、遠い星のような存在。


 烏丸は続けた。


「君の炎は形だけでなく、質が違う。意思を持ち、慈しみの感情が宿っている」


 その言葉に、灯花は信じられないような気持ちで見上げた。彼女のような貧民街の子供が、何か特別なことをしているのだなんて。どこかに間違いがあるのではないか。平民である自分が認められるなんて------。


「炎を操る魔法使いは珍しくないが、君のように炎の本質を理解している者は稀だ。百年に一人の逸材かもしれん」


 百年に一人------。その言葉が灯花の耳に残る。もし本当なら、この才能で家族を救えるかもしれない。美羽の病気を治せるかもしれない。母の重労働から解放できるかもしれない。灯花の炎は、彼女の期待を反映するかのように、ほんのりと明るさを増した。


「灯花さん、君は学院を目指すべきだ。その才能を磨けば、多くの人々を救える魔法使いになれるだろう」


 烏丸の言葉に、灯花の目は輝きに満ちた。だが、すぐに現実が心に影を落とした。金の問題だ。貧民街の子供が学費も生活費も出せるはずがない。


「でも...学費も生活費も...私たちには無理です」


 灯花の言葉に、烏丸は穏やかに微笑み、彼女の肩に手を置いた。


「安心しなさい。魔法学院には奨学金制度がある。特に君のような才能ある者には、門戸を大きく開いているのだよ」


 その瞬間、灯花の心に新たな希望の灯火が灯った。一筋の光。これが彼女の運命を変える瞬間だと、灯花は直感的に理解できた。


「烏丸先生、どうすれば受験できますか?」


 灯花の問いに、烏丸先生は受験の手順を詳しく教えてくれた。来月に行われる才能試験のことや、必要な書類のこと、そして奨学金の申請方法まで。すべては灯花のような境遇の子供たちでも挑戦できるよう、細やかに配慮されていた。


 もちろん、困難が待ち受けていることも伝えられた。王立魔法学院の試験は難関で、合格者の九割は貴族か裕福な商人の子女だという。平民の入学者は稀で、貧民街からの合格者となればさらに例外中の例外だった。


 それでも灯花は決意した。覚悟を決めたのだ。


 その夜、灯花は震える手で母に魔法学院受験の決意を伝えた。


「お母さん、私、魔法学院を受験したい」


 テーブルを拭いていた母の手が止まる。驚きと疑念、そして小さな希望が入り混じった表情で灯花を見つめた。


「灯花...本気なの?」


「うん、烏丸先生という魔法学院の教授が私の才能を認めてくれたの。合格したら、きっとみんなを幸せにできる」


 灯花の言葉に、母の目から涙がこぼれた。それは喜びと誇りと、少しの切なさが混ざった涙だった。


「あなたのお父さんも、昔は才能のある魔法使いだったのよ」


 母の意外な言葉に、灯花は息を呑んだ。父のことを母が話すのは珍しかった。灯花が五歳のときに病で亡くなった父は、彼女の記憶の中では優しく穏やかな人だったが、魔法の才があったなどとは知らなかった。


「だから、あの炎の才能は......」


「そう、あなたはお父さんの血を引いているのよ。でも彼は貧しさゆえに学院には行けなかった。彼の才能は日々の労働に消えていった」母の瞳は遠い過去を見ているようだった。「だからあなたには...あなたにはその夢を叶えてほしい」


 母は灯花を強く抱きしめ、灯花もまた母にしがみついた。これが彼女たちの別れの始まりになることを、二人とも薄々感じていた。


 受験当日、緊張で震える手を握りしめながらも、灯花は全力を尽くした。家族への愛と、あの雪の夜に灯った炎の記憶を胸に。そして父の血を受け継いだという新たな自覚を胸に。


 試験会場には貴族の子女たちが多く集まっていた。上質な服に身を包み、自信に満ちた表情。それに比べ、灯花の粗末な服装は明らかに浮いていた。でも彼女は怯まなかった。炎の才能だけは誰にも劣らないという自信があった。


 試験官の前で灯花は炎を操り、その美しさと精密さで周囲を驚かせた。そして最後に、彼女は炎で小さな鳥を形作り、それを試験官の周りで舞わせた。炎の鳥は温かく、試験官を焦がすことなく、優しい光で包み込んだ。


 そして灯花は、見事合格を果たした。


 これが灯花の、魔法使いとしての第一歩。暖炉の炎を越え、世界を照らす大いなる炎を目指す旅の始まりだった。


 だがそのときの灯花は、炎が照らすものは周囲の温かな光だけでなく、ときに焼き尽くす業火にもなりうることを、まだ知らなかった。父の血の中に何が眠っているのかも、彼女はまだ知る由もなかったのだ。


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