7. 実力の成長
冬学期に入り、灯花の結界術は目覚ましい進化を遂げていた。基礎から学び直したことで、彼女の魔法は安定性と深みを増していった。以前は派手さを求めていた彼女だが、今は魔力の効率と精密さに重点を置くようになっていた。
雪の積もった演習室の窓から、冷たい光が差し込む午後。結界術実技の授業が行われていた。
「次は春宮灯花さん」
烏丸教授が彼女の名を呼ぶと、教室に軽い緊張が走った。学生たちの背筋が伸び、視線が一点に集中する。灯花の成長を見てきた彼らは、その実演に期待を寄せていた。
灯花は演習の中央に立ち、深く息を吸った。冷たい空気が肺に流れ込み、思考がクリアになる。閉じた瞳の裏で、彼女は術式の全体像を思い描く。基礎理論で学んだ通り、まず心の中で完璧な結界をイメージしてから実行する。
彼女の指が空中に複雑な模様を描き始めた。指先から渦巻く魔力が、空気を震わせる。それは父の魔法書と基礎理論を融合させた、彼女独自の術式だった。詠唱の一つ一つが明確で、無駄のない動きで魔力が流れていく。
「防御結界、展開」
灯花の言葉とともに、彼女の周囲に美しく均整のとれた結界が形成された。淡い紅色の光が体を包み、肌に温かさを伝える。以前より安定感があり、魔力の流れが均一だった。
烏丸教授は杖を振り、試験のための攻撃魔法を放った。火球、氷の矢、雷撃と、次々と様々な属性の魔法が灯花の結界に向かって放たれる。
かつての灯花なら、これらの攻撃に耐えきれなかっただろう。しかし今の彼女の結界は、すべての攻撃をしっかりと弾き返した。衝撃が伝わるたびに、灯花の手のひらがわずかに痺れるが、その痛みさえも心地よい。
最後に教授は最も強力な貫通攻撃を放ったが、それさえも灯花の結界は完全に防いだ。
教室に沈黙が広がった後、烏丸教授が拍手を始めた。
「見事です。基礎を固めた上での応用、素晴らしい成長です」
クラスメイトからも拍手が沸き起こる。天音の顔がぽっと紅潮し、目が潤んでいる。他の平民出身の学生たちも目を輝かせ、姿勢を正した。灯花は控えめに頭を下げたが、耳たぶまで赤く染まっていた。
教室の隅では、霧島も静かに観察していた。彼の表情からは何も読み取れなかったが、その瞳は一瞬も灯花から離れなかった。組んだ腕がわずかに緊張している。
* * *
授業後、烏丸教授が灯花を呼び止めた。
「君の才能は特別だ。基礎に立ち返る謙虚さと、それを応用する創造性がある」
教授は彼女の肩に手を置いた。その重みに、灯花の背筋が伸びる。
「このまま行けば次学期にはクラス首席も夢ではない。才能ある者だけが到達できる高みがある。君はその素質を持っている」
灯花の胸が温かくなったが、同時に喉元に何かが引っかかる。「才能ある者だけが」という言葉を聞いた瞬間、背筋がぴんと張り、奢歯がかちりと音を立てた。彼女の成長は才能だけでなく、地道な努力の結果だったからだ。
「ありがとうございます、先生。でも、まだまだ霧島には及びません」
烏丸教授は微笑んだ。「自分の限界を知ることも大切だ。だが、限界を超えるためにこそ才能が必要なのだよ」
教授は立ち去り、灯花は一人残された。眉間に皺が寄り、視線が床に落ちる。自分の才能の限界はどこにあるのだろうか。努力だけでは超えられない壁があるとしたら……。
* * *
その夜、彼女は父の魔法書から「魔法の本質的解放」について書かれた章を再読した。指先が頁をめくるたびに、心臓が早鐘のように打つ。
「魔法使いの限界とは、自らの心が作り出した壁に過ぎない。魂の共鳴を極めれば、その壁を超える道がある」
父の言葉に、灯花の全身が震えた。背筋を電流が走り、毛穴が開く。眼鏡の奥の瞳が、熱に浮かされたように輝き始める。
彼女の内面には、力への期待と新たな可能性への希望が芽生え始めていた。胸の奥が熱く疼き、呼吸が浅くなる。その感情は純粋なものだったが、その中には危うさも潜んでいた。
窓の外に広がる星空を見上げながら、灯花は心の中で誓った。拳を握りしめ、爪が掌に食い込む。
「必ず、この先にある真実を見つけ出してみせる」
彼女のノートには、次の段階の「魂の共鳴」実験計画が詳細に記されていた。ペンを走らせる手が震え、文字が乱れる。基礎を徹底的に固めた今、彼女はようやく父の研究の本質に迫る準備ができたのだ。
その瞳には、純粋な決意と共に、微かな危うい光が宿っていた。