5. ライバルの刺激
秋学期が始まり、学院は新たな活気に包まれていた。灯花は授業のカリキュラムが変わったことに緊張していた。この学期の実地研修では、古代遺跡を探索することになっていたのだ。
「実地研修のグループ発表です」
担当教授が名前を読み上げていく。灯花は自分の名前を聞き、思わず息を呑んだ。
「春宮灯花、霧島遼、岩本太郎、西尾美鈴。第四班です」
霧島と同じグループ。灯花の胃がキリキリと痛み、口の中が急に乾いた。
顔を上げると、霧島が冷ややかな視線を送ってきた。彼は明らかに不満げだった。灯花の肩が少し落ち、手の平が汗ばんだ。しかし顔の筋肉を固く保ち、表情には出さないよう努めた。
「これも修行のうち」と自分に言い聞かせる。
実地研修の当日、一行は学院から北に位置する古代遺跡へと向かった。マジックステッドと呼ばれる魔法エネルギーで動く乗り物に乗り、山道を進む。霧島はほとんど口を利かず、他の二人の班員も気まずさからか黙り込んでいた。
遺跡に到着した頃には、空が薄暗くなり始めていた。灯花たちは入り口で教授から説明を受ける。
「この遺跡は古代魔法文明の研究施設だったと考えられています。内部には多くの魔法装置が残されていますが、中には危険なものもあります。必ず班ごとに行動し、決して単独行動はしないように」
教授の言葉に頷き、各班は遺跡内に入っていった。
第四班は中央ホールから東側の廊下を担当することになった。湿った空気と古い石の匂いが漂う暗い廊下を、灯花たちは魔法の灯りを頼りに進んでいく。
壁には奇妙な文字が刻まれていた。灯花はその文字に見覚えがあった。エレノアから学んだ古代ルーン文字の一種だ。彼女は立ち止まり、その文字を注意深く観察した。
「何をしている?進むぞ」
霧島が苛立ちを隠さずに言った。
「待って」灯花は壁の文字を指さした。「これは警告文よ。『先に進む者は試練に備えよ。心の弱き者は滅びを迎えん』と書いてある」
西尾が不安そうに尋ねた。「ど、どういう意味?」
灯花が答える前に、廊下の先から不気味な音が聞こえてきた。地面が揺れ始め、天井から砂が落ちてくる。
「何かが来る!」
灯花が叫んだ瞬間、巨大な守護獣の群れが廊下の先から現れた。石像のような姿をした獣たちは、赤い目を光らせながら彼らに向かって突進してきた。
「結界を!」
霧島の指示に、灯花は咄嗟に防御結界を展開した。淡い赤みを帯びた彼女の結界が一行を包み込む。しかし、守護獣の攻撃はそれを簡単に砕いてしまった。
「弱すぎる!」
霧島が前に出て、圧倒的な力で敵を次々と倒していく。彼の術式は洗練されており、無駄な動きが一切なかった。霧島の結界は灯花のものとは違い、青く冷たい光を放ち、固く揺るぎない安定感があった。
西尾と岩本も応戦するが、彼らの攻撃はほとんど効いていなかった。灯花も必死に戦うが、彼女の結界はすぐに破られてしまう。
「下がれ!」
霧島が叫んだ瞬間、背後から別の守護獣が襲いかかってきた。死角からの攻撃に灯花たちは身構える間もなかった。
その時、霧島が驚くべき速さで動き、灯花たちを守るように立ちはだかった。彼は複雑な術式を素早く展開し、敵の攻撃を全て防いだ。
「霧島……」
灯花は彼の背中に驚きの視線を向けた。彼女と他の仲間を守るために、霧島は自分を危険にさらしていたのだ。
全ての守護獣を倒した後、霧島は肩で息をしながら灯花に向き直った。
「あなたの結界は弱すぎる。力の根本を理解していない」
その言葉は厳しかったが、嘲りではなく、事実の指摘のようだった。続けて意外な言葉が続いた。
「図書館で見たお前の試みは方向性は悪くない。だが基礎が不足している」
灯花は驚いた。霧島は彼女の「魂の共鳴」の実験を見ていただけでなく、それについて考えていたのだ。
「教えてください」灯花は迷わず言った。
霧島は少し驚いたような表情を見せたが、やがて小さく頷いた。
「お前は面白い。努力だけでどこまで行けるか、見てみたい」
その言葉には、今までにない認めるような響きがあった。
実地研修から戻った灯花は、霧島の言葉を何度も思い返した。「基礎が不足している」と言われた瞬間、奢歯を噫みしめ、拳を固く握った。しかしそれ以上に、彼が自分の魔法に関心を持っていたことが、彼女の胸を熱くし、心臓の鼓動を速めた。
「いつか必ず霧島を超える」
灯花は父の魔法書を胸に抱きながら、新たな決意を固めた。基礎から結界術を学び直し、「魂の共鳴」の真髄に迫るために。