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4. 古文書の解明

 夏の終わり、灯花の部屋は古書と羊皮紙で溢れていた。エレノアの助けを借りて父の魔法書の解読が進み、それが結界術の奥義について書かれたものだと判明したのだ。灯花は興奮を抑えきれず、日々新たな発見に胸を躍らせていた。


 「魂の共鳴……」


 彼女は魔法書の一節を声に出して読んだ。そこには魔法と魔法使いの魂が一体となることで限界を超えた結界を張る技術が記されていた。通常の結界術が魔力だけを頼りにするのに対し、「魂の共鳴」は術者の意志と思いを直接結界に反映させる高度な技術だった。


 「これこそ、父さんが追求していたもの」


 灯花はノートに丁寧に術式を書き写しながら、感慨深げに唇を噛んだ。ペンを持つ手がかすかに震え、眼鏡を外して目頭を押さえる。これは単なる技術書ではなく、父が生涯をかけて研究した魔法哲学だったのだ。「結界とは壁ではなく、心の投影である」という父の言葉が、今になって深く理解できた。


 エレノアとの週一回のレッスンは、灯花にとって何よりも貴重な時間だった。


 「この文字の組み合わせは『意思の循環』を表しています」


 エレノアが説明する間、灯花は一言も聞き逃すまいと真剣に耳を傾けていた。


 「あなたのお父様は非常に独創的な解釈をされていますね。古典的な結界術を超える試みが見られます」


 灯花の顎が上がり、眼鏡の奥の瞳が輝きを増した。胸が熱くなり、手の平をノートの上に置いて、父の遺した文字を愛おしむように撫でた。父の研究は学院でも認められる価値があったのだ。彼女は父の研究を継ぎ、結界術の奥義を極めることを決意した。


 「グリーンウッド先生、この『魂の共鳴』を実際に試してみたいんです」


 エレノアは少し考え込んでから答えた。「初歩的な技術なら試せるでしょう。でも決して無理はしないように」


 その助言を胸に、灯花は演習室で「魂の共鳴」の初歩的な技術を試してみることにした。


 夕暮れ時、ほとんどの学生が夕食に向かう時間。空いた図書館の一角で、灯花は静かに術式を床に描いた。


 「集中……意志と魔力を一体に」


 灯花は父の本に書かれた通りに魔力を込めていく。彼女の指先から赤い光が広がり始め、周囲の空気がわずかに震えた。


 父の言葉が脳裏に響く。「結界は心を映す鏡」。灯花は目を閉じ、美羽と母の笑顔を思い浮かべた。胸の奥から湧き上がる温かい何かを、指先に込める。すると、小さいながらも確かな結界が形成された。それは従来の青白い結界とは違い、淡く赤みを帯びた温かな光を放っていた。


 「できた……!」


 灯花の目に喜びの涙が浮かぶ。父の遺志を継ぐ第一歩を踏み出せたのだ。


 しかし、その喜びもつかの間、灯花の首筋に冷たいものが走った。鳥肌が立ち、呼吸が浅くなる。結界の中に何かが——影のようなものが蠢いている。


 「何これ……」


 灯花が手を伸ばした瞬間、結界の中の影が突然膨れ上がった。それは人の形を取り始め、灯花自身とそっくりな姿になっていく。


 「やっと会えたね」


 影が口を開いた。その声は、灯花自身の声と瓜二つだった。


 灯花は恐怖で動けなくなった。しかし次の瞬間、図書館の入口から鋭い声が響いた。


 「その術式を解け!」


 霧島だった。彼は灯花の異変に気づき、素早く駆け寄ってきた。彼の手から放たれた風の刃が、影を切り裂く。影は霧のように消え、結界も同時に崩壊した。


 「お前、一体何をしていた」


 霧島の顔は青ざめていた。彼は灯花の結界をしばらく見つめてから、低い声で言った。


 「『魂の共鳴』は危険な術だ。下手をすれば、術者の魂そのものが結界に取り込まれる」


 その言葉に、灯花は背筋に冷たいものが走った。父はこの危険を知っていたのだろうか。


 「霧島……あなたはこの術を知っているの?」


 霧島は一瞬躊躇したが、やがて口を開いた。


 「昔、私の一族でも研究していた者がいた。だが全員が——」


 彼は言葉を切った。その表情には、いつもの傲慢さではなく、深い悲しみが浮かんでいた。


 灯花の心臓が奇妙なリズムを刻んだ。霧島の表情を見て、胸の奥で何かが動いた。それは今まで感じたことのない感覚だった。彼の瞳には、いつもの冷たい軽蔑ではなく、何か別のものが宿っていた。背筋がまっすぐ伸び、無意識に唇を舐めた。


 その夜、灯花は父の魔法書を再読した。ページをめくるたびに、父の温もりが指先から伝わってくるようだった。「魂の共鳴」の背後には、単なる技術を超えた深い哲学があった。父は結界を通じて、人と人、心と心を繋ぐことを目指していた。その事実に気づいた瞬間、目頭が熱くなり、視界が滲んだ。


 「父さん、私は必ずあなたの研究を完成させます」


 窓から見える三日月を見上げながら、灯花は静かに誓った。彼女の部屋の机には、解読した術式と、明日試す新たな「魂の共鳴」の応用法が書かれたノートが広げられていた。

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