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2. 美羽からの手紙

  夏の始め、学院の郵便室から呼び出しを受けた灯花は足早に階段を駆け上がった。息が切れ、胸が早鐘のように打つが、足を止めることはできない。彼女の名前で届いた荷物があるという。平民街からの郵便は珍しく、彼女の心は期待と不安で揺れていた。手が震え、階段の手すりを握る掌に汗が滲む。


 「確かに灯花様宛ての荷物です」


  老管理人は埃だらけの棚から小さな包みを取り出した。紐で縛られただけのその包みは、長い道のりを経て少し傷んでいたが、灯花にとっては何より貴重なものだった。受け取る手が微かに震え、包みの重さが妙に重く感じられる。


  寮に戻ると、灯花は丁寧に紐をほどき、包みを開いた。震える指先で慎重に結び目を解き、祈るような気持ちで中を覗く。中から出てきたのは、妹・美羽の手紙と、古びた一冊の本だった。


 「お姉ちゃんへ」


  幼い文字で始まる手紙に、灯花は思わず微笑んだ。しかし同時に、胸の奥がきゅっと締め付けられるような痛みも感じる。


 「お薬代、ありがとう。お母さんの仕事が楽になったって。わたしもくすりが買えてよくなってきたよ。」


  灯花はほっと安堵の息をついた。張り詰めていた肩の力が一気に抜け、目頭が熱くなる。奨学金からの仕送りが役立っていることを実感できる言葉だった。


 「それとね、お母さんが物置をせいりしていたら、お父さんの古い本が見つかったの。お姉ちゃんにあげてって言ってた。お父さんもきっと、お姉ちゃんに受けつぐべきだって思ってるんだよ」


  灯花は手紙を脇に置き、古びた本を手に取った。革表紙の感触が掌に伝わり、父の温もりを感じたような錯覚に陥る。表紙には「結界術奥義 - 共鳴の理」と記されている。彼女の父が遺した魔法書だ。


  頁をめくると、父の筆跡で書かれた複雑な術式と注釈が現れた。灯花は思わず息を呑んだ。喉が急に渇き、心臓が跳ね上がる。これは彼女が今まさに研究していた高位結界術の応用編だった。


 「父さん……」


  灯花は胸が熱くなるのを感じた。涙が頬を伝い、本の頁に落ちないよう慌てて顔を上げる。5歳の時に亡くなった父について、彼女の記憶は曖昧だった。母から聞いた話では、彼は貧しさゆえに学院で学べず、才能を花開かせることができなかったという。生前、彼は街の片隅で独学の魔法使いとして細々と生計を立てていた。


 「これが……父さんの夢だったのね」


  灯花は本を抱きしめた。胸に押し当てた本の重みが、父の期待のように感じられる。この瞬間、彼女は父の志を継ぐという新たな使命を感じていた。背筋に電流が走るような感覚と共に、決意が全身を貫く。


  手紙の続きを読む。


 「先生が言うの。わたしもすこしずつよくなってるって。お姉ちゃんの魔法、すごいんだね。いつか見せてね。わたし、お姉ちゃんみたいにつよくなりたいな」


  美羽の無邪気な言葉に、灯花は決意を新たにした。拳を握りしめ、爪が掌に食い込むまで力を込める。彼女はまだ何も成し遂げていないのに、妹は彼女を信じてくれている。その信頼に応えねばならない。


 「必ず、もっと強くなって、みんなを守ってみせる」


  その日から灯花の演習はさらに熱を帯びた。父の魔法書を手がかりに、彼女は新たな境地を開こうとしていた。深夜の演習室、彼女の姿はいつも同じ場所にあった。指先は火傷で赤く腫れ、瞼は重く垂れ下がるが、それでも手を止めることはない。


 「また来たのか、平民が」


  ある夜、霧島が演習室に現れ、冷たい言葉を投げかけた。その声を聞いた瞬間、灯花の背筋に緊張が走る。


 「いくら練習しても、生まれながらの素質には敵わない。それが現実だ」


  灯花は黙って頷き、手を止めることなく練習を続けた。霧島の言葉は胸に鋭い刃のように突き刺さり、内臓が抉られるような痛みを感じる。しかし、表情には一切出さない。歯を食いしばり、その屈辱を力に変える。彼女はもはや挑発に動じない強さを持っていた。


 「美羽のため、母さんのため、そして……父さんの夢のため」


  灯花の決意は、これまでより一層固いものになっていた。彼女は父の魔法書を胸に、再び結界術の練習に没頭した。魔力が血管を焼くように流れ、全身が悲鳴を上げるが、それすら心地良い。その指先が描く術式は、日に日に洗練されていった。瞳の奥に宿る光は、もはや純粋な努力だけではない、何か別のものを帯び始めていた。

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