1. 凍える誓い
このままでは美羽が死んでしまう。
灯花の腕の中で、小さな妹の唇はもう青紫に変わり始めていた。雪が舞う夜空の下、凍えるような寒さの中で、母の迎えをどれほど待っただろう。貧民街の薄暗い路地裏で、灯花は震える美羽の身体を必死に自分の体温で温めようとしていた。
「お姉ちゃん、寒いよぉ……」美羽が弱々しい声で呟く。
「もう少しの辛抱だよ、美羽。お母さんがすぐ迎えに来てくれるから」
灯花は美羽の背中をさすりながら、必死に明るい声を作った。しかし声は震え、白い吐息が凍える。拳を握りしめる手に爪が食い込み、血が滲んだ。
もっと強い力があれば。魔法の炎で美羽を温められれば。
なぜもっと早く迎えに来てくれないのだろう。なぜこんな寒さの中、私たちを一人で待たせるのだろう。
ふと、灯花は幼い頃の記憶を思い出していた。あの日も今夜のように雪が降っていた。まだ幼かった灯花が泣きながら母に尋ねたのだ。
「どうして私たちは貧乏で、寒い思いをしなくちゃいけないの?」
その時、母はしんみりとした表情で灯花を見つめ、優しく微笑みながらこう答えた。
「灯花、あなたはきっと皆を照らす暖炉のような炎になるのよ。強い炎になるのも大事だけど、何より大切なのは、皆を温める優しい炎であること」
母の温かい手が頭を撫でてくれたあの感覚を、灯花は今でも覚えている。そして続けて言った母の言葉も。
「でも貧しくても、あなたたちを守るのがお母さんの務めよ。だから、無理はしちゃだめ。お母さんに任せられることは、お母さんがやるから」
あの時幼い灯花は、母の言葉を聞きながらも心の中で誓っていた。いつか魔法の炎を大きく育て、立派な魔法使いになって、美羽を、そして母さんも守るのだと。
そう、灯花は信じていた。魔法なら、生まれや身分なんて関係ない。貴族の子供たちは確かに強い魔力を持って生まれてくるけれど、平民だって努力すれば魔法学院に入学できる。母がそう教えてくれたのだから。
その頃、灯花は初めて小さな魔法の灯を灯すことができるようになったばかりだった。手のひらに宿った温もりは、貧民街で生まれた自分にも希望があることを教えてくれた。あの温もりを、灯花は今でも忘れずにいる。
「美羽、お姉ちゃんはね、絶対に美羽を守るからね。どんなことがあっても」
灯花は凍えそうな唇を噛みしめながら、美羽にそっと語りかけた。
「うん……お姉ちゃん、ありがとう」
美羽の弱々しい返事に、灯花はもっと強くならなければと心に誓った。
母のように家族を癒やす炎に。
妹を絶対に凍えさせない、力強い炎になると。
いつか魔法学院に入学し、この貧困から家族を救い出す。貴族たちが生まれながらに持つ特権など、努力で必ず超えてみせる。そうすれば、こんな寒さの中で震えることも、誰かの迎えを待つこともない。
遠くで母の足音が聞こえ始めた時、灯花の心に一つの炎が宿った。
それは家族への愛だけではなく、この世界を変えたいという、小さくとも燃え続ける意志の炎だった。
美羽の冷たい頬に、灯花はそっと手を当てた。いつかこの手で、大切な人たちをもう二度と寒い思いをさせない世界を作る。
雪はまだ降り続けていたが、灯花の胸の奥で、小さな炎がゆらゆらと燃えていた。