2話 能力の目覚め
僕が自分の持つ能力に気付いたのは10歳の時、帝国伝統のスキル授与の儀式の時だった。スキルは万人に宿るものであり、それによって特に冒険者などは今後の人生が左右される大事なものである。僕は元々運動ができなかったし、気も強い方ではなかったのであまりスキルに期待してはいなかった。どうせ家業の商人を継げばいいしね。
「よっしゃー!俺は炎属性だ!」
「フッ、私の植物属性に敵うとでも思っているのかしら?」
目の前で同年代の子どもたちが騒いでいる。本当に元気でいいことだ。どっちも未来は冒険者になるんだろう。僕には遠い世界の話だけどねぇ。
「次、レン・エルドラ」
「は、はい!」
村の古い教会の中で老司祭に呼びつけられる。
「随分と小さなガキだな」
「あれだよ。辺境伯の出入り商人の倅だ」
「あぁ…アイツの子どもね。もう10歳になったのか…見えねぇなぁ」
周囲から貴族たち大人たちの声がしてくる。一人はこの村を含む地域の領主様でもう一人はジョージという鎧を着た大男だ。確かに僕は同年代と比べて背が低いし今後伸びる見込みもなさそうだ。
「レンよ。この椅子に座り、目をつむり祈りなさい」
僕が座ると司祭は唱えはじめる。
「神よ。この少年に導きを与えたまえ~」
瞬間僕の身体に何かが入る気がした。
「ふぅむ…これは…珍しいスキルだね」
「そ、そうですか?まさか戦闘向きとか」
「いや少なくとも戦闘向きではないよ。と言うかお主自体が戦闘向きではない」
司祭は僕の前に表を出し優し気な声色で話す。
「パラメーターでは武術適性も、魔術適性も最低レベル。これからの成長分を加味しても恐らくは並の人間より弱い。あぁ別にお主が病弱で早死にするとかその手の話ではないのでな」
周囲の大人たちはざわめく。
「何だ。やっぱり彼もダメか…勇者の器ではないと」
「また一般人かよ。まぁ仕方ない血統もないんじゃね」
失望の声も聞こえてくる。
「そ、そうですか…」
「何だね。やはり男の子は冒険者に憧れるかね?」
「いえ良かったと思ってます」
「なぜだね」
「戦闘向きじゃない身体に戦闘が滅茶苦茶強くなるスキルを貰ったところで宝の持ち腐れですからね。そんな体たらくでは他の冒険者たちに申し訳ないです」
「お主…10にして既に他人の将来のことまで見据えているというのか…」
「随分達観したガキだな…人生2周目コースか?」
「我が家の娘にその爪の垢を煎じて飲ませたい…」
「まぁそう言う訳で僕には何の才能もないということですね」
「あ、いやそのことなんじゃがー」
ドゴォォン!
司祭の言葉は巨大な破壊音にかき消された。
「何だ?!」
僕は思わず走り出す。
「待ちなされ。レンよお主は…」
それは酷い現状だった。
「おい待てお前植物魔法を止めやがれ!」
男が叫んでいる先には巨大な植物が暴れまわっていた。大斧を持って僕を追いかけて来たジョージが尋ねる。
「おいおい何があったんだ。教えろ」
「はっ、ジョージ様。魔術の暴走です」
「あぁ…魔術の暴走。健全な魔術は健全な肉体に宿るってか?肉体もきちんとしてないガキがたまに許容量以上の魔術を使うと肉体が制御しきれずに暴走するんだ。にしちゃ酷い気もするがね。知ってたか?レンよ。今から突撃するから下がっていろ」
ジョージが僕にそう語りかける。
「えぇ知ってます。でも今回はもっとひどいですよ」
「酷いって?何がよ」
僕はその少年を指さす。そこに居た少女は目の焦点が定まっていなかった。
「あれを見てください完全に混乱してます」
「そりゃそうだ。魔術に己の制御を乗っ取られているんだからな。脳も混乱する。それがどうした?」
「ただの混乱ではありません。幻惑の花です」
「幻惑の花なら知ってるよ。初歩植物魔術の一つでかけた相手を混乱させるとか。ってレン。お前まさか一番恐ろしい想像をしてないか…」
「幻惑の花の効果が自分にかかってるんです。それで抑えることができなくなってる」
「チッ、自縄自縛かよ。しかもそれだと騎士全員で無理やり突撃するのも逆効果だな。下手打てば騎士が殺し合う地獄絵図になる。てなわけでお前らはこのガキ連れて下がってろ」
村人たちが僕の身体を掴んで後ろに下げる。僕も足を引っ張りたくないので後ろに下がる。
ジョージは考えていた。今のこの状況をどう突破するべきか。レンが言ったように幻惑の花で自縄自縛状態なら少女に語り掛けることは難しいだろう。それどころか巨大化した植物相手ではこちら側にもその効果が及ぶ恐れがある。
(無理やり攻め込んで気絶を狙うか…いや確か幻惑の花は気絶した相手も無理やり動かせるんじゃなかったか…いやまずは周囲への被害を押さえることだ。この手の魔術への対応策は何だ…あれ聞いたことがあるぞ?確か植物系の魔術って…いや待てそんなの奇跡に近い確率だろ?そんな都合のいいことが起きるわけ…物は試しか)
ジョージは顔を上げた。
「おい村長!こっち来い」
「へ、へい…」
ジョージは髭を生やした村長に耳打ちする。
「まさかこの近くによ…ってあるか?」
「それでしたら山を越えた先にございますが」
「とっとと走ってそいつを呼んで来い!」
ジョージはそう言って植物怪獣に向き直って叫ぶ。
「おい、ガキ。今助けるからな。もうこれ以上余計なことに巻き込まれんじゃねぇぞ!」
ジョージはそう叫んだがどうすれば良いのかについて悩んでいたようだった。
少女の身体から大量の蔓が襲い掛かって来る。
「おいレン…早く逃げろ!でないとお前等村人が死んじまう!お前もらだ!」
「ジョージさん…あなたは非常に優しい人だ」
すると少女の身体から大量の花粉が出て来る。
「うわっ、遠隔攻撃だ!こっちにも花粉を飛ばしてきやがった!」
「ジョージさん!早く逃げてください!」
「それができりゃ苦労しねぇんだ。俺は騎士であり冒険者だぞ!」
ジョージは僕に向かってそう言って来た。
しかし、相手は待たない花粉を顔に一部浴びてしまったらしい。
「うぐぐ…この程度で負けるか!まだ応援まで30分はあるんだぞ…」
ジョージは本当に耐えていた。本当に立派な騎士だと感じた。でも30分…そんなに待てるだろうか今後5分でも全滅しそうなのに…
僕のせいだ…僕がもっと強ければ凄ければこんなことにはならなかったのに…
僕が目をつぶった瞬間だった。
ジョージの前に巨大な防壁ができる。
「大丈夫だったか?」
目の前に立っていたのは高身長の長髪女エルフの騎士だった。
「私はマリア、エルフ族のマリアだ」
「エ、エルフ?!やっと来たか。でもおかしい。村長の話ではエルフの隠れ里はもっと遠い場所にあるはずだ。こんな短時間で来れるわけがないだろ!」
「散歩していたら急にコースを変えたくなって偶然この近くを通りかかったものでな。騒ぎがあったから出てきたのだが…まさか植物お化けとはな…これは僥倖だ」
マリアは長剣を構える。
「植物は私たちエルフの得意分野だ!なんせ何十年植物と共に生きているからな!」
そう言って蔦を紙のように切っていく。その姿は歴戦の英雄のようだった。
「おい!そこの少年!ポーションを持って来てくれ」
「ポ、ポーションならすぐ近くの店にあります!」
僕は走って薬屋に行き、ポーションを取って来て投げる。マリアはそれを受け取り少女の口に力技でねじ込む。30秒で発作は収まったのだった。
少女は後で診療所に運ばれていった。
「ハァ…ハァ…感謝するぜ。エルフの女…」
「それはお互い様だろう。そこのデカブツ騎士」
マリアとジョージが互いにほめ讃え合う。
「だがやはり一番貢献したのはこの少年か」
僕はマリアさんの膝の上に乗せられて撫でられる。
「いや僕はそんなに大したこと…ってそろそろ時間だ。司祭の神託の続き効かなきゃ!」
僕が走ろうとしたところでジョージに肩を掴まれる。
「おい待てや。一つスッキリしねぇことがあるんだ…」
「スッキリしないこと?」
「お前一体何でそんなに魔術に詳しかったんだ?」
「へ?」
「魔術の暴走についてやけに詳しい上に、植物魔法の技…それも幻惑の花なんて言う具体名まで知ってやがるし、その効果まで見抜いてやがった。俺でさえ言われるまで気づかない話だ。お前魔術に興味が無いんじゃなかったのか」
「あ!そ、それは子供の頃本で読んで…」
「魔術書はガキが仕組みを理解できるようなちゃちなもんじゃねぇ。当たり前だ間違えて読んで今回みたいな暴走をしないために特殊言語で難しく書いてある。かえって俺みたいなバカじゃ理解できないような高等技術なんだ。子供の頃に読んだからって再現できるかよ!お前ホントは何者なんだ?」
ジョージは首をかしげている。そんなことを言われたって僕にはあの内容が手に取るように理解できて…
「お待ちくだされ!」
走って来たのは老司祭だった。
「ハァ…ハァ…あんまり走らせないで欲しいの。老い先短い年寄りなんじゃから」
「あ、司祭様!」
「全く話は最後まで聞いてくれると嬉しい」
「そう言えば司祭の話途中だったな」
「そうじゃ。ワシがお主に話したいことはただ一つ。お主のスキルについてじゃ…」
司祭は咳払いをすると僕の能力について話し始めた。