第60話 躍進準備③
暴力、すなわち軍事力こそが国家の安定においては最重要。前世はもちろん、封建制が主流の今世においては尚更に。できる限り、暴力は為政者が掌握すべき。少なくとも、臣従させる貴族たちを上回る暴力を手中に収めておくべき。
ヴィルヘルムのそのような考えに基づき、将来的には国軍となるフルーネフェルト伯爵領軍は、冬の間も順調に発展を遂げていた。
新兵の訓練が進む一方で、戦闘の基幹部隊であるラクリマ突撃中隊も戦力を拡大する。
「ヴァーツラフ! ははは! 元気だったかこの野郎!」
「……久しぶりだな」
年が明けた神聖暦七三七年の一月。ユトレヒト近郊の平原、草が刈られ、新兵の訓練場となっている一角。寒さが多少は和らぐ昼間に訓練が行われている最中、それを監督していたヴァーツラフのもとへ歩み寄ってきたのは、二人の男だった。
「ゴルジェイ。それにマーカスも。ようやく着いたか」
振り返ったヴァーツラフは、熊のような大男と、小柄で寡黙な男の名をそれぞれ呼び、笑みを見せる。
彼らはヴァーツラフの傭兵時代の知人。ルブニツァル王国やヴィアンデン王国との国境地帯で仕事をしていた頃の知り合いで、それぞれラクリマ傭兵団よりは小さい、数十人規模の傭兵団を率いている。いわゆる「行儀のいい傭兵」であり、仲間に引き入れるに値するとヴァーツラフが見なした者たちだった。
フルーネフェルト家への忠誠を誓った直後から、ヴァーツラフは親交があり信用できる傭兵団の長たちに、自分と共にフルーネフェルト家の正規軍人になるよう勧誘の書簡を送った。書簡を運ぶ役目は、ナイジェルの部下で、国境地帯の情勢を見に行く行商人たちが担ってくれた。
返信は昨年のうちに届いた。ヴァーツラフの申し出を断る内容のものが数通。ヴァーツラフがあてにしていた団長が既に戦死している旨が記されたものが二通。
そして、ヴァーツラフの申し出について、前向きに検討する旨が記された返信が二通。現在の仕事を片付けて帝国東部を横断し、できるだけ早くフルーネフェルト伯爵領までやってくると記されていた。
「お前が手紙に書いてた仕官の条件、本当なんだろうな?」
「もちろんだ。現に、俺はあの待遇で騎士としてフルーネフェルト家に仕えてる。お前らも次の戦いで相応の働きを示せば、正式に貴族家に仕える騎士だ。いずれは爵位持ちになることも夢じゃないぞ」
「ははは! 小汚い傭兵の俺たちが爵位持ちか! そいつはいい!」
「言っておくが冗談じゃないぞ。フルーネフェルト閣下が建国を成せば、俺は国軍を率いるのにふさわしい身分をもらうことが決まってる。お前らも国軍の幹部になるのなら、宮廷貴族の男爵か、場合によっては子爵になるくらいは夢じゃない」
ヴァーツラフが真顔で言うと、ゴルジェイは片眉を上げながら、最初の挨拶以降ずっと無言だったマーカスと目を見合わせる。
「お前ら何人連れてきた? 今抱えてる戦闘要員の数は?」
「三十二人だ! 俺を除いて!」
「……俺を入れて二十六人だ」
「つまり合計で五十九人か。元ラクリマ傭兵団と合わせれば百人越え……ようやく中隊の名に恥じない規模になるな」
ヴァーツラフは独り言ち、自嘲気味に笑う。これまでのラクリマ突撃中隊は、規模としては二個小隊に届かない程度。中隊の名を冠していたのはあくまで将来的な発展を見込まれてのことだった。
「とりあえず、お前たちと幹部連中をフルーネフェルト家の屋敷に連れていく。閣下に紹介して、その後に俺から仕官条件の詳細を説明してやる。団の連中はここで待たせとけ……アキーム! こいつらの部下を面倒見てやってくれ!」
呼ばれたアキームは、新兵たちへの指導を他の騎士に任せ、ヴァーツラフたちのもとへ駆け寄ってくる。
「ははは! アキームてめえ! 相変わらずでかい図体だな!」
「あんたに言われたくないぞゴルジェイ、よく来たな。マーカスも久しいな」
「おいゴルジェイ、あんまり絡んでやるな。早く行くぞ」
アキームの肩を乱暴に揺さぶるゴルジェイを引き離し、寡黙なままのマーカスも連れ、ヴァーツラフはユトレヒトの城門に向かう。
その後の領主への面会も和やかに終わり、仕官条件についても問題なく同意がなされ、彼ら二人の率いる傭兵団は、無事にフルーネフェルト伯爵領軍へと迎えられることになった。
・・・・・・
軍備の増強が進むのは、領軍に関してだけではない。戦時の兵力徴集についても、制度の整備が進みつつあった。
国境地帯を除いて基本的に平和な時代が続いていたこの数十年、各貴族領の軍備は縮小されて久しい。貴族たちは領内の治安維持や、自家とその財産の警備要員として、手勢を揃えるにとどまっている。その規模は概ね、領地人口の一パーセント以下。
動乱の時代が始まるとなると、この軍事力だけでは心許ない。よって、領民を動員して徴集兵部隊を編成することになる。現にヴィルヘルムも、先の戦いでは民を徴集した。必要数を迅速に集めるために、動員された徴集兵たちには、日雇いの仕事にしては割のいい報酬を支払った。
このような徴集方法をより洗練させ、徴集兵部隊の質を高めるための試みを、ヴィルヘルムは臣下たちに命じて進めさせている。
それは前世の知識で言うところの、予備役制度のようなものだった。
まず、領内の成人男子から、戦時の即時徴集に応じる者たちを集め、都市や村ごとに名簿をまとめる。目標数は、フルーネフェルト伯爵領の人口の十分の一。現状ではおよそ二千人。
彼らを地域ごとにあらかじめ部隊編成した上で、年に数回、一週間から十日程度の基礎訓練を受けることを義務づける。施すのは主に、整列や陣形構築など集団行動の訓練。そうしておけば、いざ戦争に臨む際、ただ集めて武器を持たせただけの素人よりはまともに動く。まとまって突撃することしかできない烏合の衆と、指揮官の号令に従って一応は部隊単位で行動できる兵士たち。後者の方が戦力としてはあてになり、より柔軟な戦い方が可能となる。この差は大きい。
この徴集兵たちに対し、戦時は一日に銀貨一枚――すなわち百ターラー程度、訓練時もその半分ほどの報酬を支払う。領主家からの報酬の支払いは、結果的に減税として機能する。訓練を農閑期に定めておけば、応じる者はおそらく多い。
それだけの民を動員して定期的に訓練を行い、戦時を含めて報酬を支払う原資は、ひとまずリシュリュー伯爵家から接収した軍資金で賄う。そして長期的には、ルールモント鉱山からの収益や、臣従させた西の貴族領からの上納税を軍事費に充てる。
以上のようなヴィルヘルムの方針に従い、領軍の幹部たちは迅速に体勢を整えている。
「旧リシュリュー伯爵領においては、ひとまず予定数が集まりました。最初の基礎訓練も、冬が終わるまでには完了する見込みとなっています」
フルーネフェルト家の屋敷、従士長執務室。ランツから報告に訪れている騎士ティエリーが、領軍隊長エルヴィンを前にそう語る。
「ご苦労だった。なかなか大変だっただろう。旧リシュリュー伯爵領は広いからな」
「いえ、そう大したことはありませんでした。今は冬ですし、ランツの治安も落ち着いていますので、私たちも暇が多く……徴集兵たちに指導をしていれば冬の間も腕がなまらずに済むので、むしろ張り合いが出て丁度いいと思っています」
エルヴィンの言葉に、ティエリーは微笑交じりに答える。
「補給計画の方は如何ですか?」
「順調に進んでいる。岩塩のおかげでエレディア商会の発言力や影響力が大きく増したからな。旧リシュリュー伯爵領の商人たちもとても協力的だ。冬明けにはいつでも動ける状態になるだろう」
戦争における補給は、貴族と繋がりの深い御用商人が支えるのが一般的。エレディア商会の長であるカルメンは、塩を独占的に卸される権利を得たことで、フルーネフェルト家との協力関係がさらに深まった。今後も忠実な御用商人であり続けるのは間違いない。
彼女が旧リシュリュー伯爵領の主要商会を掌握したことで、フルーネフェルト家による今後の軍事行動は、大商人たちによって厚く支えられる。一連の成果は、冬明けのアプラウエ子爵家との戦いで早速表れるものと予想されている。
「ラクリマ突撃中隊の方も、規模拡大後の編成や訓練が順調に進んでいるそうだ。後は冬明けに向けて、各々がやるべきことを着実にやっていけば大丈夫だろう」
「そうですね。戦時の騎兵部隊の編成と運用についても、抜かりなく進めてまいります」
「ああ、頼んだ……頼りにしている」
エルヴィンの言葉に、ティエリーは生真面目な一礼で応えた。
元は敵軍の騎士だった彼は、今やすっかりフルーネフェルト家に忠実な騎士となっている。西部侵攻の際の働きも申し分なく、ヴィルヘルムの重臣の一人として傍に置かれる日も近い。




