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アクイレギアの楽園  作者: エノキスルメ
第二章 覚悟、矜持、思惑
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第52話 西進③

 アールテンを発ったフルーネフェルト軍、ファルハーレン軍、クラーセン軍の連合軍は、その日の夕方前にはマウエン男爵領の街道上で接敵した。キールストラ子爵家、マウエン男爵家、オッケル男爵家の軍勢から成る連合軍と、街道周辺の平原で睨み合いながら野営地を置いた。

 敵側の兵力は、キールストラ軍がおよそ八百、マウエン軍がおよそ五百、オッケル軍がおよそ二百。合計でおよそ千五百。三家の抱える領民がそれぞれおよそ七千、五千、三千であることを考えると、概ね妥当な規模だと言えた。

 キールストラ軍が人口に比してやや多いのは、財力にものを言わせた結果か。あるいは、子爵家の意地か。

 規模としてはほぼ同格の両軍は、翌日の午前中に布陣を開始する。


「中央にキールストラ軍、右翼側にオッケル軍、そして左翼側にマウエン軍。各軍の騎士を集めた騎兵部隊は後方の本陣に置かれていますが、数は本陣直衛も含めて二十五騎程度です」

「騎兵部隊の規模ではこちらもたかが知れているから、特に有利不利は左右されないか……このまま激突すれば、単純に力押しの対決になるね」


 布陣を進めながらの軍議の場。斥候の報告を取りまとめ、簡単な図を示して説明するエルヴィンの言葉を受け、ヴィルヘルムはそのように語る。

 こちらの騎士は三十人ほどだが、そのうちラクリマ突撃中隊は下馬し、最前列に配置される。そしてエルヴィンをはじめとしたフルーネフェルト家の譜代の騎士は本陣直衛を務め、純粋に騎兵部隊として運用されるのは、ティエリーたち旧リシュリュー伯爵領軍騎士と他の二家の騎士、総勢二十騎弱。規模としては敵側と変わらず、千を超える軍勢が対峙する戦場においては、運用方法は限られる。


「両軍とも徴集兵が大半を占める急ごしらえの連合軍となれば、仕方ないことだな……楽に勝てるか否かは、マウエン卿次第か」

「そうですね。まずはマウエン卿が約束を守ってくれることを祈りましょう」

「……フルーネフェルト卿。約束とは?」


 ラウレンスとヴィルヘルムの会話を聞いて、怪訝な顔で尋ねたのはクラーセン男爵だった。


「ああ、クラーセン卿には伝えていませんでしたね。マウエン卿とは内通済みなんです。マウエン軍には、土壇場で裏切ってもらうことになっています」


 唖然とした表情のクラーセン男爵に、ヴィルヘルムは内通の概要を語る。


 クラーセン男爵家を傘下に収めた直後、ヴィルヘルムはマウエン男爵のもとに、騎士の一人を密使として送り込んだ。そして、ひとつの交渉を持ちかけた。

 フルーネフェルト家を中心とした三家と、キールストラ子爵家を中心とした三家。それぞれの連合軍が激突する決戦の場において、マウエン軍には激突の直前で戦闘を放棄し、逃走してほしい。規模としては二番手になるマウエン軍が裏切れば、敵側は戦列の重要な一角を喪失して陣形を崩壊させ、敗北は必至となる。こちらは確実に勝利を成せる。

 マウエン男爵家が要求を受け入れ、こちらの勝利に貢献してくれれば、フルーネフェルト家が三家を傘下に加えた後、他の二家よりも明確に優遇する。しかし要求を拒絶すれば、こちらが勝利した暁にはマウエン男爵家の領地も財産も接収し、男爵家の人間は親族に至るまで追放する。

 そのような内容の書簡を、ヴィルヘルムはマウエン男爵に突きつけた。自分は領地規模で遥かに勝るリシュリュー伯爵家に大勝したことをお忘れなきよう、とも書き添えた。


 家系図を辿れば宗主家であるキールストラ子爵家と他の二家では、おそらく戦意に差がある。元より仲が良いわけでもない以上、互いの信頼関係も薄く、戦いでどれほど連係できるかは未知数。そんな中で、ほぼ確実に独り勝ちできる抜け駆けの機会を与えられ、おまけに断った場合の末路が貴族家としての消滅となれば、おそらくマウエン男爵は乗ってくる。

 ヴィルヘルムの予想通り、男爵は交渉に同意を示した。彼が約束を守ってくれるのであれば、敵側は激突の前に陣形が崩壊する。


「もちろん、マウエン卿が約束を破った場合にも備えて策を立てています。要となるのは……ヴァーツラフ、そしてティエリー、君たち二人だ」


 唖然としたままのクラーセン男爵に一方的に言いつつ、ヴィルヘルムが視線を向けたのはフルーネフェルト伯爵領軍の幹部である二人の臣下。

 ヴァーツラフ率いるラクリマ突撃中隊は、旧リシュリュー伯爵領軍の兵士たちを連れて最前列の左寄りに配置されている。そしてティエリー率いる騎兵部隊は、ひとまず本陣の傍に置かれる。


「ヴァーツラフ。片翼の欠けた敵軍に一気呵成に突撃するとしても、敵と真正面から激突し、右翼側のオッケル軍を崩して突破口を開くとしても、ラクリマ突撃中隊の働きが極めて重要になる。頼んだよ」

「お任せを。敵軍は所詮、脆弱な徴集兵だらけです。蹴散らしてご覧に入れます」


 口の端を歪め、ヴァーツラフは主の言葉に答える。


「ティエリー。マウエン軍が逃走してがら空きになった敵陣左翼側に迫るとしても、オッケル軍を敗走に追い込んで敵陣の崩壊の起点を生み出すとしても、君たちには果敢に突撃してもらうことになる。君たちが戦功をもって、正しく忠誠を示してくれるものと思っているよ」

「必ずやご期待にお応えします」


 この戦いを通して忠誠心を試されているティエリーは、生真面目な表情で言った。

 マウエン軍が約束通りに戦場から逃走し、残った二家の軍が混乱して機能不全に陥れば、ヴァーツラフたちラクリマ突撃中隊を先頭に歩兵部隊が前進し、敵を追い散らす。ティエリーたち騎兵部隊はマウエン軍のいなくなった敵陣左翼側に迫り、やはり敵の壊走を促す。

 約束を破ってマウエン軍が敵対してくれば、対峙する三軍のうち最も少数で、正面に立つ正規軍人も少ないオッケル軍を、ラクリマ突撃中隊による正面攻撃と騎兵部隊による側面攻撃で崩し、そのまま正面と右側から敵陣を飲み込んで壊走に追い込む。

 そのような策を、ヴィルヘルムは立てていた。


「それじゃあ開戦に備えよう。君たちは配置について……諸卿は本陣で、我々の軍が勝利する様を共に見届けましょう」


 ヴィルヘルムの言葉で、軍議は終了する。ヴァーツラフとティエリーは自身の部隊のもとへ向かい、ラウレンスとクラーセン男爵は友軍の将として本陣に留まる。


・・・・・・


 それからしばらくして。両軍は布陣を終え、いよいよ決戦に臨む。


 両軍とも、正規軍人は隊列の最前列あるいは最後方の騎兵部隊に置いている。まともな弓兵部隊などはないので、最初から前進し、接近戦に臨むことになる。

 双方が前進を開始し、距離を詰め始めた、そのとき。

 敵陣の左翼側を担うマウエン軍の後方から、騎士によって鏑矢が放たれた。合図らしき甲高い音が戦場に響く中で、マウエン軍が急に動きを見せる。

 まずは、最前列を担うマウエン男爵領軍の兵士たちが、一斉に左側へと走る。彼らは戦場から逃げながら、後ろの徴集兵たちに向けて何かを――おそらくは「逃げろ」という指示を叫んでいるらしかった。土壇場で裏切る作戦を知らされていなかったのであろう徴集兵たちは、本当に逃げていいものか悩んでいる様子で、しかし少しずつ、櫛の歯が欠けるように逃走に移る。

 同時に、後方では将であるマウエン男爵と、彼の従える騎士たちも逃走を開始する。本陣とその傍らの騎兵部隊から、数騎ずつが仲間の不意を突くようにして駆け出す。


「ははは、マウエン卿は約束を守る人物だったなぁ」

「ええ。勝利の暁には、彼の献身に恩寵をもって報いなければ」


 敵陣が崩れていく様を眺めながら、ヴィルヘルムはラウレンスと言葉を交わす。クラーセン男爵がげんなりとした顔で視線を向けてくるが、二人とも気にしない。


「おっと、キールストラ軍とオッケル軍の騎士たちが、マウエン卿を追撃し始めたな。敗北する前に、せめて裏切り者を殺すつもりか」

「せっかく協力してくれたマウエン卿を死なせるわけにはいきませんね……歩兵部隊は直ちに突撃を。騎兵部隊も、敵の左側面に突撃」


 ヴィルヘルムの指示を、エルヴィンが声を張って復唱する。本陣直衛の騎士の一人が、自陣の最前列に向けて指示用の旗を振る。

 フルーネフェルト軍、ファルハーレン軍、クラーセン軍の連合軍が、勝利に向けて動き出す。

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