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アクイレギアの楽園  作者: エノキスルメ
第二章 覚悟、矜持、思惑
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第47話 臣下たち②

 領地面積が大幅に増え、領民も激増したフルーネフェルト伯爵領において、最も多忙な一人が従士ハルカだった。

 文官の筆頭である彼女は、領都ユトレヒトと新領地の中心都市ランツを行き来しながら、フルーネフェルト家のさらなる躍進、その下準備のために奔走していた。

 この日は午前から、エレディア商会の長である御用商人カルメンと、屋敷の一室で話し合いに臨んでいた。


「――では、親方たちにもそのように伝えておきます。次回の話し合いからは、彼らにも同席してもらいましょうか?」

「そうしてもらえると助かります。次までには具体的な都市開発の方針も定まって、もっと詳細な点を詰めていくことになると思うので」


 ハルカが手がける仕事の中でも最重要のひとつが、領都ユトレヒトの開発計画、その実務面の進行。資材などの手配はエレディア商会に、実際の作業は建設業を営む複数の商会に任せることになるが、都市計画を提示して進捗を管理するのはハルカの役割となる。

 現在のユトレヒトの城壁は、当主ヴィルヘルムの祖父の時代に建造されたもの。将来の発展を見越して広めに市域がとられ、今も多少の余裕が残っている。

 今後の大まかな都市計画としては、まずは騎士向けの一軒家や商業、工業向けの建物で城壁内を埋め、同時に城壁外に集合住宅を建設する。城壁外まで広がった市域を守るためにひとまず頑丈な木柵を立て、折を見て城壁の拡張も進める。

 そうして都市を拡大し、まずは来年中に数百人の人口増を成す目標が立てられている。


 当座の都市開発予算として充てられるのは、リシュリュー伯爵家から接収した多額の軍資金の一部。ハルカの主ヴィルヘルムは、いつまでもこの軍資金を当てにしているようでは建国など成せないと考え、軍備拡大から減税による領民の人心掌握、そしてこの都市開発まで、大胆に予算を投じるつもりでいる。

 新たに家屋を建設した後、最優先で移住させるのは、領軍の主力であるラクリマ突撃中隊。彼らは現時点でもユトレヒトに拠点を置いているが、空き家に収まらない者たちは、領都からほど近く住民の失われたノエレ村で寝起きしている。まずは彼ら全員がユトレヒトに完全な定住を成し、そのまま領都の防衛兵力に、そしてフルーネフェルト家の抱える即応戦力になることが第一目標とされている。


 その後も領軍への入隊志願者や、都市開発に伴って需要の増加する労働者、増加する住民の生活を支える商人や職人などが移住すれば、ユトレヒトはヴィルヘルムの理想通りに発展していく。より詳細な都市計画――どこに何を建て、商業区や工業区、住宅地をどのように広げていくかについては、建設業を営む親方たちも交え、技術的な助言ももらいながら固めていくこととなる。


「それと、西への侵攻に際して物資輸送を行う件なんですが――」


 領主家であるフルーネフェルト家が何をするにしても、エレディア商会の協力は不可欠。様々な事柄について、ハルカはカルメンと話し合いを進める。

 そして話し合いが一段落すると、お茶を飲みながら少しばかり雑談に興じる。


「この後はまたランツに行くんです。今日は向こうで一泊します」

「……本当に大変ですね。旧フルーネフェルト男爵領の行政実務も統括しながら、頻繁に旧リシュリュー伯爵領と行き来して、向こうの管理までこなして」

「意外とそうでもないですよ。こっちの仕事は慣れてるので時間もかかりません。移動中は休憩時間みたいなものですし、向こうに行っても管理職として報告を受けたり、書類仕事を片付けたりするだけです」


 ハルカが事もなげに言うと、カルメンは微苦笑を零す。


「尊敬しますよ。文官の筆頭として、涼しい顔でこれだけ色々な仕事をこなして。誰でもできることじゃありません」

「そんな、大袈裟ですよぉ」


 ハルカは照れ笑いを浮かべるが、対するカルメンの表情は、どこか呆れ交じりだった。


「いえ、大袈裟じゃありません。この短期間で、元は別の貴族領だった上に領地規模がまるで違う旧リシュリュー伯爵領を統合して、行政が上手く回るように管理できるあなたは、はっきり言って異常です。私も有能なつもりですが、あなたと話していると勝てる気がしません。時々恐ろしくなります」

「そ、そこまでですか……?」

「ええ、そこまでです。もっと誇っていいと思いますよ」


 ハルカとしては、難しい仕事をしているつもりは本当にない。苦労がないとは言わないが、少なくとも不可能を可能にするような活躍を自分がしているとは思っていない。

 しかし、特に最近になってから、周囲からやけに仕事を高く評価されることが増えた。主ヴィルヘルムからも、建国を成した暁には宰相になってほしいと言われている。


「じゃ、じゃあ、私も実は凄いんだぞ~、なんて、少しだけ思ってみることにしますね」


 自分が際立って有能である実感は未だ掴めず、照れ隠しにおどけながら、ハルカは言った。

 それから間もなく。カルメンが帰るのを見送り、自分もランツに向けて発つ。部下に御者を務めさせて馬車に乗り、護衛の騎士を伴い、街道を東へ進む。


「……」


 流れていく景色を眺めながら、ハルカは思案する。

 野心で仕事をしているわけではない。任命されれば宰相だろうと務めるが、個人的に出世を望んでいるわけではない。

 ただ、主ヴィルヘルムの野望、建国を成すという目標の実現を手伝いたい。


 母は自分を産むときに死に、父も自分が幼い頃に病で死んだ。自分を育て教育してくれたのは、年の離れた姉だった。文官としてフルーネフェルト家に仕えていた姉に憧れ、姉の後を継いで、自分も文官になった。

 姉はノエレ村の村長の継嗣と結婚し、一人の人間として幸福を手にした。間もなく村長の立場を継いだ夫と共に、そのまま幸福に生きていくはずだった。

 そんな姉の人生も、尊厳も、ある日突然に踏みにじられた。あんな悲劇が起きるなんて許されないはずなのに、悲劇は容赦なく姉を襲った。


 一度起こった悲劇は、なかったことにはならない。時は巻き戻らない。姉は生き返らない。ならばせめて、姉の死は無意味であってはならない。

 主ヴィルヘルム・フルーネフェルトが、姉の死に意味を与えてくれる。ノエレ村の悲劇をきっかけのひとつとして彼が偉業を成すことで、姉の死は意味を得る。

 だから自分は、主を全力で支える。主のために全力を尽くして仕事をする。

 彼には、ヴィルヘルムには、掲げた野望を必ず実現してもらわなければならないのだから。


・・・・・・


「いやあ、帰ってくると毎回言ってますけど、やっぱり故郷にいる時間が一番幸せですねぇ。この先も各地を飛び回る外交官としては失格かもしれませんが」


 仕事を終えてフルーネフェルト家の屋敷に戻ったナイジェルは、従士執務室で自分の席に座り、息を吐きながら言った。そして、自分で自分の言葉に苦笑を零した。

 近いうちに始まる、西の小貴族領群への侵攻。その布石として、ナイジェルは重要な外交任務を成し、帰還したところだった。


「故郷に帰ってきてほっとするくらい、いいじゃありませんか。誰にとっても落ち着ける場所は必要ですよ。今回も無事にお帰りになってよかったわ……さあ、お茶をどうぞ」

「ありがとうございます。わざわざすいません」


 家令のヘルガから差し出された温かいお茶を、ナイジェルは一口飲む。

 十一月も間近となれば、馬の背に揺られて外を移動していると肌寒さを感じることもある。長年家令を務めるヘルガの熟練の技で淹れられた、奥深い味わいのお茶。その温かさが身と心にじんわりと沁みる。


 故郷。ナイジェルにとって、ユトレヒトはまさしく故郷だった。

 しがない行商人だったナイジェルの祖父は、フルーネフェルト家の協力者として信用を築いた。そして父の代で、一族はフルーネフェルト家に仕える正式な従士家となった。

 根無し草の行商人から、貴族の従士へ。一族の成り上がりを見届けた晩年の祖父も、そして成り上がりを果たした当人である父も、故郷をくれたフルーネフェルト家に強い忠誠を誓っていた。故郷となったフルーネフェルト男爵領に、帰るべき我が家のあるユトレヒトに並々ならぬ思い入れを抱いていた。

 祖父や父の言葉を聞かされて育ったナイジェルも、自然とこの地に強い愛着を抱き、フルーネフェルト家に強い忠誠心を抱いた。


 先のリシュリュー伯爵家による侵攻で、ナイジェルは心の拠り所が失われるかもしれない恐怖を体験した。だからこそ、その恐怖を取り払い、故郷を救い、希望を見せてくれたヴィルヘルムは、ナイジェルにとって偉大な主となった。

 ヴィルヘルムは国を作るという。この地を、ナイジェルの故郷を、この先も守り続けるために。

 であれば、自分も主の野望を叶えるために貢献しなければ。

 幸い自分には得意分野がある。主のためにどこへでも赴き、誰を相手にしても笑顔を作り、主の意向を伝えてみせよう。

 そして、仕事を終えて故郷に帰ってきたら、心地よい安堵に浸ろう。


「しばらく休みをもらったら、次はルーデンベルク侯爵領で大仕事です。何でも、侯爵家主催の宴が開かれて、周辺の貴族領から当主の名代や外交官が集まるのだとか」

「私も話は聞いていますわ。奥方様も旦那様の名代として赴かれるのですよね?」

「ええ。なので私は、奥方様の社交をお助けしつつ、各家の外交官に挨拶回りです。新参者なので虐められないように頑張らないといけません。そして、侯爵家が約束通りの公言をしてくれるか見届けないと」

「あらあら、それはまた大変なお仕事ねぇ。私にできることは大してありませんけど……せめて、お帰りになられたらこうしてお茶を淹れますね」

「十分すぎるほどありがたいですよ。ヘルガさんのお茶は抜群に美味しいですから」


 柔和な笑みを浮かべるヘルガに、ナイジェルは人好きのする笑みを返して言った。

 ヘルガの言葉と笑顔の裏には、優しさだけではなく、並々ならぬ覚悟がある。彼女もまた、フルーネフェルト家の側近の一人として、皆と強い決意を共有している。フルーネフェルト家の心臓たるこの屋敷を、仕事を続けられる限り守り抜くという決意を抱いている。

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元々一定の才能ある人達だったんだろうけど、立場と覚悟が人を作るのを感じます
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