金でも買えないものはある
誰かに刺さりますように。
「また、ダメだった…。」
そう言いながら助手席のドアを開け、ひどく落ち込んだ様子の僕の妻。
「(今回こそは。)」
そんな思いで車を走らせた日は何度あっただろうか。
最寄りの産婦人科から家までは車で10分もかからない。最寄りの駅は遠くても病院だったり、スーパーだったり、ホームセンターだったり…。
車さえあれば生活に不便を感じることはない、長閑な田舎に家を建てた。
ああ、少し薬局は遠いかな?
そんな風な場所に生活の拠点を置いたのだった。
“僕”という人間の最近について説明させてもらいたい。
僕は齢24で結婚し、25で挙式、26で夢のマイホームを建てた。頭に描いた設計図を自分たちで完成させていく、人生というものは非常に簡単で、不自由ないものと思っていた。
自慢できる人生ではないけれど、自分の価値観ではこれこそが順風満帆といえることなのではないだろうか。
人に依っては「普通」でも、人に依っては「特別」。
価値観ってそういうものじゃない?何が普通で特別かはその人次第であるわけで…。
蛇足を挟んだけれど小説冒頭の会話はつい最近のことであり、妊娠の判定結果が“陰性”だったときの話。
「“だった”。」
なんて言ってみたけれど、これは未来に対する僕の希望の表れがもたらした表現なのかもしれない。
2023年08月19日現在。今年度から不妊治療が保険適用となったわけだが、本日僕たち夫婦体外受精保険適用の通算回数6回を終えた。
僕たち「普通」の夫婦は「特別」なことで今悩んでいる。
そう。
子供ができないのだ…。