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それは、ずっとずっと先での物語



 深い森の中、少女が遭難していた。十七、八さいぐらいの子どもとも大人とも言えない年の少女だ。

 フードをかぶり、大きな荷物を背負い、独り途方に暮れていた。




「せんぱーい?! って、なんで居ないの??」


 辺りを見回しても、木と木と木ばかりで、なにもない。

 一緒に来ていたはずの先輩たちの姿も、見えない。

 私は、この周辺の国の歴史を調べる調査団に入ったばかりで、ようやく念願叶って名無しの森の調査に来た所だった。迷子になってしまったのは、浮き足立ってしまったせいだろうか。


 この辺りは百年ほど昔、旧ディレトニア国が滅ぼした国があったとされている土地だ。

 悪名高いディレトニア国は、多くの国の文化と歴史を壊し、滅ぼしてきた。大国となっていた彼の国を、周辺の国々が協力して滅ぼしたのは数十年前のこと。私が生まれるずいぶん前の事だ。


 ここにあった国は、最初の頃に滅ぼされた国であったせいで、名前すら伝わっていない。町があった跡なども壊されて、森しかない。だから、名無しの森。

 どこかに滅ぼされた城の跡地があったらしいが、その場所も分からない。

 記録によると、いつの間にか突然誰もたどり着けなくなってしまったのだという。おそらく、すべて壊されたか、何者かによって場所を隠されてしまったのだろう。


「あっ……!!」


 名無しの森を抜けてしまったのか、小さな小道を見つけた。この道を進めば、町に戻れるかも知れない。

 細い道をたどっていく。

 道中、ちゃんとフードをかぶっているか確認した。


 ディレトニア国の名残で、この辺り特有の言い伝えが多く残っている。

 例えば、黒い髪の持ち主は悪魔だとか。

 黒ずんだ赤髪の私には、とても迷惑な話だ。だから、現地の人とスムーズに対話するために、この辺りでは少し目立つ髪をフードや帽子で隠していた。


「あ……れ?」


 道が開ける。

 木が無くなり、明るい日差しが降り注ぐ。

 そこに、町はなかった。廃墟……巨大な廃城があった。


「これ、って……」


 誰かによって手入れをされているのか、少し整えられた庭園を歩いていく。

 ひっそりと、小さな石碑がある。その周りに、花がたくさん咲いていた。

 城の前に行くと、大きな扉が開かれている。


 中を覗くと、ボロボロだが砂や埃はあまりなく、意外と綺麗だ。誰かが掃除でもしているのだろう。


 上の方で、音がした。

 何だろうか。


「誰か、いますか?」


 返事はない。誰か、管理している人が居るだろうか。


 なぜか、とても気になって城に足を踏み入れた。管理の人が居たら、謝ろう。

 ここは、もしかしたら滅ぼされた国の城ではないだろうか。

 所々にうっすら残る紋章、扉にある彫刻や細工などを調べながら歩いていく。

 明らかに、ディレトニアにはない紋様ばかりだ。


 どんどん、登っていく。

 音の先へ……何かが、待っている気がした。


「うわぁ……綺麗」


 いつの間にか、バルコニーに出ていた。

 辺りを一望して、ほうっと息をつく。

 空は何処までも青く、地上には美しい森が広がっている。優しい風が頬を撫で、フードをめくっていった。


 カタン、と音がした。

 後ろを振り返る。

 そこに……黒い髪の青年がいた。

 私の黒ずんだ赤い髪とは違う、夜のような黒。

 綺麗だな、と思った。


「ルーチェ?」


 彼は、まるであり得ない物を見たかのように黄玉の目を丸くして、私を見ていた。


(ルーチェ)?」


 何のことだろう。


「あ、すみません。この城を管理している方でしょうか? 私はこの辺りに合ったという国を調査していて……リチアと申します」

「……」

「勝手に入って申し訳ありませんでした。よろしければ、この城について教えていただけませんか?」


 彼はしばらく私を見つめ、そして笑った。どうしてか、笑っているのにどこか寂しそうに見えた。


「ディレトニアに滅ぼされた国を調査しているのですか?」

「はいっ。この名無しの森にあった国は、ディレトニアによって文化と歴史を壊され、国を守っていた悪魔がディレトニアを呪ったという言い伝えしか残っていません。どんな国だったのか、悪魔とは本当にいたのか、呪いとは何だったのか、私は知りたくて……」


 そう、言いながらふと気付く。

 彼の髪の色は黒だ。言い伝えの悪魔と同じ色。

 瞬きをする。

 よく考えると、ここは迷いの森の中だ。辺りを見回しても、森ばかり。あの道は町などではなくこの城に繋がっていた。バルコニーから見える場所に、彼が住んでいるような所は見当たらない。この城に住んでいる? 黒い髪の青年?


「も、もしかして、あくま、さん?」


 いや、そんなことあり得ない。けれど、思わずそう問いかけて……。


「そんな風に、呼ばれていたこともありましたね」

「え、えぇっ??」


 あくまさんはどうしてここに居るのだろうとか、なんで誰もたどり着けなくなってしまったこの城に、私はたどり着いたのだろうとか、あくまさんは本当に悪魔なのかとか、この城を調査させて欲しいとか、たくさん聞いてみたいことが湧き上がる。今の状況も忘れて、どきどきする。


「あの、貴方のお名前はっ?」


 思わず、手を取って聞いていた。


「私はカルア、です」

「カルアさん。カルアさんがこの土地を閉ざしているのですか?? カルアさんは、ここに住んでいるのですか? この城の保存状態が良いのもカルアさんが……? あの、是非私と一緒に調査に来た先輩達をこの城に連れてきたいのですが、良いでしょうか?」

「え?」


 手を握りしめたまま、私は夢中で聞いていた。


「……しっかり調査すれば、この国の名前とか文化とか歴史とかがきっと分かるはずですっ。あの紋章とか、もし書物などが残っていれば是非読ませてくださいっ」

「……」

「あ、その前にカルアさんにもちょっとお話を伺いたいですね……どうしてこの国を守っていたのかとか、なんでまだいらっしゃるのかとか……っは! すみません。私、興奮して一人で暴走していました?! ちょっと、びっくりすることばかりでだいぶ興奮して……?」


 正気に戻ると、くすくすとカルアさんが笑っている。


「失礼……最初、貴方の姿がある子と似ていると思ったんですけど、全然似てなくて……」


 だいぶツボにはまってしまったようで、まだ笑っている。


「きっと、貴方が、本来の君だったのでしょうね」

「?」


 どういう意味だろうか。

 カルアさんは不思議なほど優しい笑みを浮かべている。


「貴方に出逢えて、良かった」

「わ、私も、失われた歴史を見つけることができて、貴方に会えて、嬉しいです」


 ただ、なんとなくカルアさんの笑顔を、もっと見ていたい。

 どうしてか、わからないけれど。



 カルアさんの事がもっと知りたいと思った。




これにて完結となります。

ここまでお読みくださりありがとうございました。

後日、活動報告で少しだけ裏話というか、ちょっとした小話を語りたいと思います。

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