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のろいがなかったとして




 黒い髪のあくまさんと出逢ってから、二日が経った。

 わたしは今、暖炉の前に居る。


「だから、こんな寒い中で森に行くなと言っているだろう」

「はい……」


 冷えた足を、温まったお湯に付け、あくまさんに説教を受けている。


「そう言って、また行くだろう」

「……」


 あれから、あくまさんはわたしを殺さずにこの部屋に連れ込んだ。冬は、寒いからと。

 何を思っているのか、本当のコトは分からない。

 だって、ディレトニアはこの国を滅ぼした仇。わたしは、そのディレトニアから送られた人間なのだ。

 あくまさんはディレトニアのことを呪うほど怨んでいるのだから、わたしのことも怨んでいるはず。

 だから、早く、殺してくれればいいのに。


 それなのに、あくまさんは殺してくれなくて、わたしはあくまさんの部屋にいる。


 いつでも暖炉が燃えていて、明かりが消えない不思議な部屋。


「あくまさんは、いつわたしを殺してくれるんですか?」

「なぜ殺さないといけない」

「わたしはディレトニアの民です」

「……」


 あくまさんはため息をついた。


「私は、誰も怨んではいない。呪ってもいない。ディレトニアにも、なにも感じていない」

「でも、わたしはあくまさんに殺されるためにここに来たんです」

「はぁ……」


 あくまさんが額に手を当てて、ため息をする。その仕草だけで、絵になる。


「あと、私はカルアだ。あくまさんじゃない」

「カルアさん……?」


 そう呼ぶと、彼は微笑んだ。


「そうだ。で、君は?」

「わたしは、えっと人柱です」

「そうじゃなくて、名前だ」


 あくまさん、いや、カルアさんは時々不思議なことを言う。


「だから、『ひとばしら』です」


 また、カルアさんはため息をついた。


「話が通じるようで通じて……いや、君は……」


 それ以上、カルアさんはなにも聞いてこなかった。

 何かを考えて居るようで、時々こちらを見るけれど、なにも言わなかった。





 朝が来る。

 わたしは、いつものように保存食を食べているけれど、カルアさんは何も食べない。食べなくても大丈夫なんだとじっと見ていたら教えてくれた。

 さすが、あくまさん。なのだろうか?


 外は、まだまだ寒い。ここの冬は寒くて長い。

 けれど、日が出ているおかげで外に出ても動ける。


「ちょっと待て」

「はい?」


 今日も庭園へ向かおうとすると、カルアさんが来た。そして、コートを掛けてくる。

 

「せめて、もう少し暖かい服装で行きなさい」


 そう言って、私の全身を見る。


 不揃いな髪、ボロボロの服、そして靴もそろそろ穴が開きそうだ。だが、教会で生活していた時とあまり変わらない。

 雪が降る時期に裸足で外にいた時よりも、ずっと温かいのに。


「……ありがとう、ございます」

「あと、変に敬語を使わなくて良い」

「……?」

「別に、私は怒らないから」

「……はい」

「これは、難しそうだな……」


 頭を抱えながら、彼は薄着のままわたしの後ろに付いてきた。


「?」

「どうした」

「なぜ、付いてくるのですか?」

「行くなと言っても行くのだから、付いていくしかないだろう」

「??」


 どうしてなのか分からない。

 まあ、いっかとわたしはいつもの日課へと向かった。




 遂に、雪が降ってきた。

 連日雪が降り積もり、もう外を歩けない。

 ずっと燃えてる暖炉のおかげで薪は要らないし、飲み水は雪を溶かせるから大丈夫。


「なんで、ここに居ないといけないんですか?」


 どうしてここに連れてこられたのか分からない。けれどカルアさんはわたしが元の場所で寝ようとすると無理矢理ここに連れてくるのだ。


「とりあえず、冬の間はここに居なさい」

「そしたら、殺してくれますか?」

「はぁ……あそこは寒すぎるだろう」

「??」


 雪は降ってきた。けれど、思っていたよりも寒くないから大丈夫だと思うけれど……。

 今日は、カルアさんは無理矢理わたしをベッドの中に放り込んだ。

 ふかふかすぎて、逆に怖い。


「今日こそは、ここで寝なさい。ソファじゃ、固いだろう」

「でも、カルアさんは」

「私は、使わないから。とにかく、ここで寝なさい」


 夜になると、カルアさんは絶対にここで寝なさいと念を押して、どこかへ出かけていった。

 お城を歩き回っているのだろうか。それとも、滅んでしまったこの国を見回っているのだろうか。

 独りぼっちで、わたしは本を開いた。外に出られない時間を読書に費やしていた。まだ難しい文字はあるけれど、少しずつ読む早さは上がってきた気がする。


 今日の本は、童話集だ。

 聞いた事の無いものばかりの話だし、この国に会った物だから、きっとこの国の童話ばかりなのだろう。

 まぁ、ディレトニアにある童話を、あまり知らないけれど。


「あ……」


 一番最後に、挿絵のある短い童話があった。


 挿絵には、夜空の下に佇む黒いヒト影と王子様がいる。

 流行病に苦しむ人を助けるために、王子様が冒険をして……。


 最後の方のページは、文字が滲んでいてよく読めない所が多い。


『……いつまでもこの国を愛し、見守っているのです』


 そんな一文だけが、最後に読めた。





 長い長い冬が終わる。

 雪に閉ざされていた大地が、少しずつ元の色を取り戻していく。

 まだ、冷たい風は吹くけれど、外を走り回れるようになってきた。


「もうすぐ、春か……」


 カルアさんがそんなことを言いながら、わたしの髪を弄ぶ。


「なんですか?」

「髪が伸びただろう」

「?」


 問答無用でカルアさんが三階のバルコニーに連れてこられた。

 どこから持って来たのか、座れるぐらいのぼろさの椅子に座らされると、いつものようにカルアさんのコートを掛けてくる。


「動かないように」

「……うん」


 しぶしぶ頷き、前を向く。

 カルアさんは後ろに回り込むと、髪を梳かし始めた。


「髪は、伸ばしたいのか?」

「……」


 伸ばしたいかと言われると、分からない。邪魔にならなければ良いと思った。

 首を振ると、そうかと短く返事をされる。

 そして、どこから持って来たのか、カルアさんははさみを取り出すと髪を切り始めた。

 しばらく、髪を切られる音しか聞こえなくなる。


「目、閉じて」


 目を閉じると、前髪を触り始めた。

 髪が顔にかかって少しくすぐったい。


「はい。いいよ」


 目を開ける。前髪が短くなったせいか、視界が広く感じる。

 他は、自分から見えないからよく見えない。


「かわいいよ」

「……」


 時々、カルアさんは心にも思っていないことを言う。


「……疑っているな」


 こんな、黒になりきれない、金髪にも銀髪にも、なんにもなれない髪に、暗い色の瞳。中途半端な色で、ろくに食べてこなかったから小柄で細くて、こんな小娘になにを言うのか。


「私は、君の髪色が好きだよ。光に透かすと朝焼けの色だ」


 黒みがかった赤い髪を、彼は一房手に取った。

 そんなことを、言われるのは初めてだった。


「あ、光に透かさなくても、綺麗だぞ」

「……」


 突然、カルアさんは不思議な顔をした。

 何か、変な物を食べたような。


「?」


 そして、微笑んだ。


「初めて、君の笑う所を見たよ」


 わたしが、笑った?

 顔をぺたぺたと触ってみた。

 よく、分からない。

 そもそも、私が笑ったら、なぜカルアさんが笑うのかが分からない。


「君は、笑っていた方が良い……って、ずっと『君』呼びも変だな」

「わたしは、人柱ですよ」

「それは、名前じゃないよ」


 何を言っているのだろう。

 わたしは、ずっとそう呼ばれてきた。それが、名前だったのに。


「そうだな……ルーチェ。ルーチェと呼ぼうか」

「……」


 勝手にわたしをルーチェと呼び始めた彼は、とても楽しそうだった。









「ルーチェ」


 野いちごを摘んでいると、カルアさんが呼んでくる。

 少しずつ温かくなり、木の実や小動物が増えてきた。備蓄が無くなってきたところだったから、ちょうどよかった。


 顔を上げると、なぜかカルアさんはボロボロのバケツを持ち、長めの木の枝を二本担いでいる。


「なんです?」

「魚が居るから、釣りでもどうかな

「つり……?」



 川に行くと、魚の影が見えた。

 ここに来るまでに釣りについては大体の話は聞いた。本当に、こんな木の枝と虫やら何かで捕まえられるのだろうか。

 石の影には、ザリガニやカニ、貝がいる。それを捕まえる方が楽そうに感じる。


「さて、どうかな……」


 カルアさんはおもむろに近くにある石をひっくり返しはじめた。

 楽しそうに見つけた虫を手作り感あふれる針につけていく。


「はい」

「……」


 渡された釣り竿を思わず見る。


「こうするんだ」


 もう一本の釣り竿を彼は見せる。

 餌をつけた針。それをつけた糸を魚の影が見える方に向かって投げた。

 ぽちゃん。間の抜けた音。魚のいない浅瀬に落ちた。


「……」

「……魚は釣れそう?」

「時には、こういうこともあるんだよ」


 しずしずと針を回収すると、もう一度投げる。また、魚の居るところよりも端に落ちている。

 そんなに難しいのかと、わたしはとりあえず投げてみた。

 ぽちゃん。魚のいる場所より少し上流に落ちる。水の流れに流されて、そのまま魚の前へ。おもしろいほどにうまく魚が寄ってくると、そのままぱくりと食べられた。


「っ?!」


 思ったよりも魚の引きが強い。もがいて跳ねる音が響く。びっくりして竿が落ちそうになると、すかさずカルアさんが後ろから私の手を竿ごと握って支えてきた。


「思いっきり、引っ張るぞ」

「う、ん」


 釣りのことを初めて知ったのだから、魚を釣るのは当然初めて。

 初めてづくしのことだったが、不安は無かった。


「いくぞ」


 カルアさんの声に合わせて力を込める。

 さらに魚がもがいて跳ねる。


 そして、遂に魚が浅瀬まで来た。ずるずると引っ張られて、ようやく捕まえた。


 少し、傷もあったが銀色のうろこがキラキラしている。

 見つめる私に、カルアさんは針を捕ると魚を渡してきた。


「うわっ」


 冷たさと、少しぬめっとしている体に落としそうになるが、ぎゅっと握りしめてバケツの中に入れた。

 バケツの中には、カルアさんが事前にいれていた水が入っていて、魚はその中で優雅に泳いでいた。


「無事、釣れたな」

「うん……」

「よし、今度こそ私も……」


 その日の夜は、カルアさんが魚を焼いてくれた。普段は食べないカルアさんが、これは別だと自分用にも焼き魚を作っていた。

 ついでに、保存食として干し魚も作れるほどたくさん釣って……釣りに味を占めたわたしたちは、しばらく魚三昧となった。








「今日は一日、寝ていなさい」


 わたしのおでこに手を当てて、カルアさんは言った。

 昨日から喉が痛いと思っていたら、朝から咳と熱が出て、風邪を引いていた。


 思い当たることはある。

 この前、釣りをしている時に川に落ちてしまってだいぶ寒い思いをした。

 この城に来た時も、雪に閉ざされた冬も、体調を崩さなかったのに。


 熱のせいか、頭痛と視界が歪んで見える。

 ふと、おでこに冷たさを感じた。

 濡れた布を、カルアさんが置いてくれたところだった。


「ごめんなさい」

「そういうときは、ありがとうと言えば良いんですよ」

「……ありが、とう」

「はい、どういたしまして」


 意味も無く、カルアさんは私の頭を撫でると、席を立った。

 何処に行くのだろう。

 なぜか、その行方を目で追ってしまう。


「ちょっとでかけてくるから、静かに寝てるんですよ」


 そう言って、姿を消した。


 こうして、独りぼっちになるのは久しぶりかも知れない。

 わたしが寝ている時は、よく出かけているみたいだけれど、わたしが起きている時はいつもカルアさんは側に居た。

 それが、いつの間にか当たり前になっていた。


 あの夜。殺して欲しいと頼んだのに、部屋に連れ込まれた時。あの頃の関係と、大きく変わってないはずなのに胸が痛い。

 側に居ないことが、どうしてか辛い。


 寝てしまおう。寝てしまえば、何も感じないはずだから。


 目をつむっても、なかなか寝付けなかった。

 熱のせいか、それとも別の事のせいか、時間は驚くほどゆっくりすぎていく。




「ただいま」


 カルアさんが帰ってきた声。思わず起き上がると、少し驚いた顔のカルアさんと目が合った。


「無理をしちゃ、ダメだよ」


 そう言うと、カルアさんは布の包みを机に置いた。


「果物は、好き? 野いちごも食べてたし、大丈夫だよね」


 中から出てきたのは、ブルーベリーやドドメだった。近くの森から撮ってきてくれたのだろう。

 ちょうど起き上がっていたわたしの口元に、ブルーベリーを一粒運ぶ。


「……」

「ほら、口を開けて」


 放り込まれたブルーベリーは、甘酸っぱかった。


「ドドメがたくさんあるところを見つけたから、今度ジャムを作ろう」


 優しい声が響く。

 見上げると、カルアさんはいつものように微笑んだ。



 その夜、少しだけ夢を見た。

 知らないはずの女の人が、眠るわたしの頭を撫でる夢を。優しい声で、微笑みながら何かを言うけれど、覚えていない。泣きたくなるような、優しい夢を。


 翌朝、すぐに熱が下がったわたしは、いつもの用に外に出ようとして、しばらく安静にしていなさいとカルアさんに叱られることになる。








 カルアさんは、いつもわたしがベッドで眠ると姿を消してしまう。


 もうだいぶ温かくなったのに、未だにわたしはカルアさんにベッドに放り込まれて寝てる。

 最初の頃はふかふかで寝づらかったが、今ではだいぶ慣れてしまった。


 耳をそばだてると、雨の音がする。

 今日は、珍しく一日中雨で、だいぶ退屈な一日だった。

 体を動かしてないせいか、まだ目が覚めている。


 城を、少しだけ歩いてみようか。


 唐突に思い立ったけれど、とてもおもしろそうに思えた。

 初めて、カルアさんと出会ったあの夜のように、なにかがあるかもしれない。そんなドキドキを胸に、そっとベッドを抜け出した。




 夜の廃城。しかも、外は雨が降っている。


 カルアさんがコツコツと修繕をしているので、だいぶ歩きやすくなっている。窓も、廊下はやらないつもりらしいが、使えそうな部屋にはどこから調達したのか、窓硝子がはめられて雨が吹き込んでこないようになっている。


 どこに、行こうか。


 ふらふらと歩き回っているうちに、一階の礼拝場に迷い込んだ。

 雨が曇ったステンドグラスを叩いている。

 壊されてしまった像は、きっとこの名前を失った国で信仰されていた神様だろう。いや、それとも悪魔だろうか。

 カルアさんが、飾られていたのだろうか。

 少しだけ、見てみたいと思ってしまった。

 どうしてそんな事を思ったのか分からない。

 しばらく、礼拝堂の床に座り込んで、壊された像やステンドグラスを見ていた。


 少しして、また歩き始める。


 ホールに入ると、舞台が見えた。

 ここでは、どんな劇を見ていたのだろうか。それとも、楽団を呼んでダンスを踊っていたのだろうか。

 舞台に上がる。

 侵略者に破壊され古びたホールの当時の面影を探す。


「ルーチェ」


 何時もの声が聞こえた。


「カルアさん?」

「……こんな夜中に、どうしたんですか」


 ふと、昔ならこんな事をしていないことに気付いた。

 前なら、夜に出歩くなんてしなかった。けれど、今はもう違う。

 カルアさんは、叱ってもぶったりしない。

 叱るのだって。わたしが危ない事をした時だけって、分かってる。


「眠れないんですか?」

「……うん」


 頷くと、彼は側に座った。


「ここで、昔はよくパーティーが開かれていました」


 カルアさんはあまり過去を話さない。わたしが聞かないし、そもそもわたしも過去を話さない。

 だから、カルアさんがあそこで眠っていた理由も知らない。

 けれど、今夜はいつもと違った。


「この国が無くなる前も……最後の王も音楽が好きで、よくお気に入りの楽団を呼んではパーティーを開いていましたね」

「……」

「あと、そう……末の王女がよく退屈だと庭園や礼拝堂に隠れてはみなを困らせていた」


 過去を懐かしむカルアさんの顔は、寂しそうだがそれだけだった。

 誰かを憎んだり、何かを呪ったり、そんな顔では無かった。



 本当は、カルアさんと出逢った時、なんとなくわかっていた。

 このヒトが、ディレトニアを呪ったりしないだろうと。

 会ってそうそう、殺してくれなんて言ってきた敵国の娘に優しくて、変なあくまさん。


 でも、それを認めたら、わたしの意味が無くなってしまう。それが、怖かった。

 顔も覚えていない母は、わたしをかくまったことで殺されたそうだ。父は、わたしがうまれてすぐに母とわたしを逃がしたことで処刑されたとも。森に隠れ住む母を知らずに助けていた村は焼かれた。

 たくさんの人を殺して、わたしは生きている。


 それなのに。


「ルーチェ」


 優しい声。その声で、その名で呼ばれる度に、忘れそうになる。


「踊ろうか」

「え?」


 手を取られ、少し開けた場所に連れてこられる。


「わたし、おどったことなんてないよ」


 パーティーが開かれたとか、話を聞いたことはあったけれど、見たことは無かった。パーティーがあった次の日は、少しだけご飯が豪華だったから、嬉しかっただけ。

 綺麗なドレスだとか、ダンスを踊るとか、夢の世界の出来事だった。


「大丈夫」


 カルアさんは、鼻歌を歌いながらわたしの手を引く。


「そう、そこでくるりと回って、ほら、できた」


 簡単な動きを一通り教えてくれると、また、もう一度と繰り返す。

 ぎこちないわたしの踊りを、カルアさんは上手だよと褒めながら微笑む。

 冬が過ぎて、わたしの背は少し伸びた。けれど、身長の高いカルアさんには全然届かない。並ぶとどうしても見上げることになる。

 そんなカルアさんを見上げて、視線が合う度に少しドキドキした。


 きっと、誰かが見たらひどく不格好なボロボロのダンスだっただろう。けれど、踊っている間は楽しくて、気付いたら笑っていた。



「ここから、遠い国に行かない?」


 疲れて、2人で座り込んでいると、カルアさんは唐突に言った。


「……え?」

「私は、ディレトニアを呪っていない。君は、ディレトニアの身代わりになって死ぬ必要は無いんだ」


 死ぬ必要が無い?

 その言葉は、どこか遠くで聞こえているようだった。


「ディレトニアの聖女にだいぶ力を削られてしまってね、今の私はほとんど何もできない。けれど、君1人をここから逃がすくらいならできると思う。いや、逃がすよ」

「……」


 思わず、カルアさんを見る。


「ルーチェ。君はまだ若い。こんな滅びた国の残骸で暮らす必要は無い」


 わたしは、その言葉に……。


「わたし、……」













 目が覚めると、すべてが終わった後だった。


 隣国に突如攻められ、あること無いこと並び立てられ、気付いた時には遅かった。

 聖女と名乗る者に斬られた時、ほぼすべての力を奪われ、眠りについてしまった。

 何も、守れなかった。

 賢王と王妃、仲の良かった子ども達は殺され、美しかった町並みは失われ、民はもういない。

 ずいぶん長い間眠っていたというのに、力も回復していない。斬られた時の傷は残ったまま。


 愛した国は滅び、目の前には痩せ細った少女とかつては栄華を誇っていたはずの壊れた城。

 悲しかった。けれども、今にも倒れそうな少女も心配だった。

 隣国の民ではあるが、明らかにこの子はここに捨てられたのか、虐待から逃げて来たようだったから。その予想はだいぶ正解に近かったが、思っていたものとは違っていた。


 彼女は、自分を人柱だと言った。


 悪魔が残した呪いを引き受けて死ぬ、人柱だと。

 馬鹿馬鹿しい。今の今まで眠っていて、たまたま彼女が触ったことで目覚めたところだというのに、呪えるわけがない。


 とにかく、今にも消えてしまいそうな少女を、保護した。

 悪魔に殺されたいと願う少女。彼女の話は異常と違和感ばかりで、その経緯を考えるととても恐ろしい物だった。


 自分の名前を思い出せないほど小さい頃から人柱と呼ばれ、虐待を受け、ディレトニアの民のために死ぬことがすべてだと教えられてきた少女。彼女を、どうにかディレトニアから遠ざけてやりたかった。


 夜になる度に、今の状況を知るために調査を進めた。

 聖女に与えられた傷がなかなか癒されず、だいぶ時間がかかったが、彼女を逃がせるかも知れないという希望が見えてきた。力も、少しずつ戻って来ている。


 けれど、ルーチェは泣き出しそうな顔で、首を振った。


「わたし、ここにいます」


 どうして。

 こんな滅びた国の残骸で、彼女は生きるべきじゃない。広い世界で、幸せを見つけるべきだ。


 けれど、ルーチェの返答は変わらなかった。





 その意味を知ることになるのはずっと後のこと。

 後悔をしても、どうしようもなかったと悔しがっても、なにも変わらない。

 最初から、結末は決まってしまっていた。






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