10話
アニメやゲームでとんでもない威力の攻撃描写が白黒だったり、強烈な光に飲まれるようなものだったりするだろう。
まさにそれだ。
光に飲まれたかのように視界一面を真っ白へと染め上げた一撃は、何故か勝手に一樹が展開したらしき結界にぶち当たりとんでもない轟音と衝撃波を発生させ後方斜め上へと弾きとばしされ続けていた。
(結界って攻撃受け止めるんじゃなくて弾くんだな…いや、弾くこともできる、のか?にしても耳もげてないかな)
「……『治癒の祈り』」
痛いほどの音を拾った耳はやがて何も聞こえなくなっていた。轟音のせいで一時的に音が分からなくなっているだけなのだがそんなこと一樹が分かるはずもなく。すぐさま回復魔法を自分にこっそりかけ、痛みを即座に取り除く。
魔法特有の光もなく結界との並行展開というかなり高等テクニックを使ったのだが本人に自覚はない。そもそも自分優先回復ということ自体に対する後ろめたさで他人に言うはずもない。
常日頃痛みになんて慣れているはずもなく。
泣きわめきたくなる痛さを他人の目があるため堪えた一樹の体内を、まるで追い討ちをかけるかのように治った耳が轟音を拾い続けていた。結局慣れるまで耳が聞こえないというのは治したところで同じことなのだ。
衝撃波なのか結界のない事務所の左右の建物は轟音とともに彼方へ飛んで行っているし、ここから山がよく見えるまでに前方の視界が開けている時点で街自体半壊と言っていいだろう。
(…何か、変な感じする…こう、何だ…?プチプチを手で潰さないでカッターの刃でフスッ…て潰す奴見た時みたいな……モヤッと?いや無料なのは分かるんだけども)
至極どうでもいいことを考えていた。
「シロマ君大丈夫?!魔力酔いどの位?!まだいける!?」
「内臓絞られてる?視野が回ってる?気絶しそう?」
「こう……モヤっと?、する…」
「モヤっと!?モヤ……もや?」
「それ平気なやつ」
初めて体験する魔力酔いは軽度なものだったらしい。
教皇のジョブの魔力が高いのか一樹自身の魔力が高いのかは分からないが、まだ問題ない状態なのだろう。拍子抜けしたような2人の態度にイラっとくるが抑える。
「えっと…不愉快→ムカムカ→吐き気→視界回転→虚脱→内臓回転→痙攣→失神だから全然いける!耐えて耐えて!背中さすってあげるから!」
「ムカムカかもしれないやめたい」
「我慢耐性低すぎるでしょ」
「それどっちにしても魔力酔いの底辺だからね」
軽度の魔力酔いでこれである。
2人は口の動きとモンスターとの戦闘に慣れていて耳も轟音に慣れているため言葉が通じるが、一樹は単に自分だけ耳を治し続けているため聞こえている。自分で治しておいて2人と自分の間にある経験の差を感じ若干気も滅入っていた。
2人は2人で呆れていたが、一樹の顔は分からずとも肌のハリが完全に若者のため年下なのは何となく予想がついた。
常に真面目で頼りになる男というよりは有能なくせに常にサボろうと画策ししかもすぐズルをしようとするがすぐバレるというなんだか憎めない弟のような印象を受けていた。つまり異性として見られていない。
「ほら頑張って!美少女に背中撫でてもらえてるんだから頑張れ!」
「エッ……アッハイ」
「シロマ君声に全部出るタイプだな?」
少女って歳ではないだろ、という思いが言葉になってなくとも声には出ていたらしい。
本人も流石に少女の歳ではないことくらい承知だろうが初対面の他人に言われたくはないだろう。一応配慮したものの精神的にも肉体的にも余裕が少なかったためちゃんとしたオブラートに包み損ねたようだ。
一樹も声色に出たことを察したのか日野に手のひらの硬い部分でゴリゴリ強く擦られても微妙な顔をするだけで反抗はしなかった。
天高くに弾かれ登っていく光を見つめ、そして他人事のように結界を眺める一樹を見つめ、世高はさほど顔に出さずとも驚いていた。
光に慣れてきた世高の目に映る街の様子は散々なものだった。どう控えめにみても無事な生命があるとは思えない。
廃墟以前に砂地のような状態になった街にショックを受けていたくらいだ。それでも仕事中であり、且つ世高は瀧ハンター事務所のハンターとして住民を守る立場である。そのため冷静に現況を観察する。
(一瞬で街を壊すような未知の攻撃を弾き続けてその程度の魔力酔い?しかもどう見ても腰の杖は魔力伝導云々じゃなくて攻撃用だし手に持ってない。師水くんの件で欠損が治せることもわかってる。…この子、多分普通のヒーラーよりも格段に能力が高い)
ヒーラーはコア取得時、魔力方向のステータス変化が大きい。そのため身体能力は他のジョブやノージョブほど変化がないとされている。
良質なコアを取得してなお貧弱、しかし神の奇跡としか言いようのない奇跡を起こすジョブ。それがヒーラーだ。
何度も手軽に神の奇跡が起こせるはずがないというどこかの主張通り、ヒーラーの魔力量を持ってなお回復魔法は効果の高いものだと連続で数回使っただけでひどい魔力酔いにより倒れてしまう。
回復と解毒、あとは防御力を上げるなど支援に特化したジョブなのは一般的に知られているが、そもそも結界やバリアを張るといった性能はあっただろうか。いやなかっただろう。じゃあ彼は?…そんな疑問を持ったのだ。
「ねぇ待って俺の背骨無事?」
「背骨は大丈夫だと思うよ」
「背骨"は"?」
「あっはっはヒーラーだから大丈夫」
「治すってことは怪我したってことなんだけど」
「いや〜シロマ君、良い声してるねぇ」
「今ほんとに声聞こえてる?」
この轟音の中である。
あからさまに話題をそらした日野に胡乱な目を向ける。もちろん仮面で目など大して分からないので雰囲気だ。結界を維持し続けていることに関して一樹の態度は別に自慢げなものではない。
勝手に展開したものなのであまりすごいことだとも感じていないのだ。そもそも結界を維持していることを当の本人が忘れてやしないだろうか。
多少生意気、というよりやる気の無さ頼りなさがあるものの素直なのは確かだ。日野もすっかり弟に接するような態度になってしまっている。つまり少々乱暴な扱いになるので一樹にとっては不幸よりだが。
「…少なくともこの殺傷ビームはずっと防げる、と考えていい?」
「うん、まぁ多分1に…半日程度は」
「今1日を半日に言い直した?言い直したよね?」
「半日程度は持つと思う」
「強情か」
「外活組に報告したら一時間内に終わらせるって」
「ありがと世高ちゃん。…まぁ過大報告よりは良いか」
瀧ハンター事務所の外活チームに連絡したらしい世高と慣れた様子の日野がいるため一樹は結界の維持にのみ専念できる。…とはいっても一度張った結界は余程のダメージを受けるか魔力の注入が止まるもしくは一樹自身が消すかでないと消えないのだが。
当然だが一樹自身が死んでも消える。それ以上詳しいことはまだ知らない。
(今使ったからか何となく使い方が分かってきた。自動戦闘は使えるな。てか、これ……街ヤバくない?)
一樹とて能天気なマイペースではあるがさほど非常識な人間ではないし空気も読める。
後ろは確認していなくとも、瀧ハンター事務所より前の街が吹き飛んだ攻撃を見た時点で向こう側にヤバいモンスターがいるということは悟っていた。
「これ、世界的にも大変なことになるんじゃない?一撃で街半壊だし……」
「なんか…ヤバいのは分かるんだけど意味が分からなすぎて意味が分からない」
「ならシャッター閉めていい?」
「あ、そだね閉めよっか」
「閉店して」
「ガラガラ」
ボタンにより自動で閉まっていく。
今更閉めて意味があるかは不明だが、いつも閉めているようなので慣習に従っておく。消滅した街を視界に入れるより精神的に楽でもある。シャッターが閉まるスピードは思いの外速かった。
ふ、と一樹の腹の底で燻っていた不快感が消えていく。理由が分からず首を傾げたところで、なにやら外の轟音が小さくなってきていることに気がついた。
「……あれ、小さくなってきてるかも」
「え、結界?」
「いやビーム」
「なら横山君かな」
「単なるエネルギー切れかもよ」
「あー」
閉まったシャッターを確認し、3人はロビーへ移動する。あまりに大きな動揺があると人間は現実逃避をするのかもしれない。3人とも街の被害についての話題を出さなかった。
ロビーに近づくと瀧ハンター事務所職員の姿が見えてくる。職員達はハンターの姿を確認し、緊張の糸が切れたかのようにその場でへたり込んだ。
「あれ大丈夫?」
「此処からじゃ外の様子が見えないんだよねぇ」
「不安になるのは当然でしょ」
避難場所として窓も扉も閉鎖してしまうのだ。外など見えるはずもない。
突然ビームが放たれまして此処より前の建物は全滅しましたがこの建物と此処から後ろは無事ですのでご安心ください。なおこの轟音はそのうち収まります。
全然安心できない。
「この轟音はその内無くなるみたいだから安心して!絶対外覗かないでね!」
「第7ゲートからの攻撃だったようです」
慣れているであろう2人に説明を任せ、一樹はその場でボーッとしている。
「私達は大丈夫なんですよね…?」
「大丈夫!超幸運なことに、なんとついこないだゲットした野生のヒーラーシロマ君の結界のお陰でこの建物は被爆しておりませーん!」
「攻撃もおさまってきているようなので安心してください!」
「え?あ、うん」
一瞬で会話に参加させられた一樹は雑な返事だった。
仮面の男の雑な返事に周囲の職員が不安げな顔をしているが、流石にそこを安心させるサービスなんてものを一樹がわざわざ披露することはない。
2人が説明しだしたところで素人でも分かる徐々に小さくなっていく轟音と振動。それでも30秒ほどしぶとく続いたそれらは、"なんかまだ揺れている気がする"的感想を各々に持たせながらも収束していく。
ようやく攻撃が止んだ。
一樹の結界も解除された。
自発的な解除ではなく勝手に切れたのでオート機能が切れたのだろう。危機は去ったと思っていいのか?と1人首を傾げつつ、大物ぶって何でもないふりをした。
世高と職員が意見を交わし合う間、いつのまにか端末を操作していた日野が胸元辺りまで端末を持ち上げる。
『もっかい言うぞ。新型撃破完了』
「はぁいお疲れー!後処理の予定は?」
『後は知らね』
「知らないなら知ってる沖田さんに代わって」
『おっさん、日野から後処理』
『はい沖田。雑魚数体片付けたら終いだから数分もかからんだろ。前方が全滅なのは見りゃ分かるから今日はそこで避難民を頼む。明日詳しい話を聞く、以上』
「了解でございます!」
妙に嬉しそうな返事をする日野。
視線をスライドして世高を見ると、生温かい目で日野を見ていた。
「俺家帰っていい?」
「今日はダメ。泊まって」
「はーい」
『シロマ、そこ居るな?』
「居ないよ」
「そんなこと言う人ほんとに居るんだ」
世高がボソリと呟く。
ここに居るハンターは女2人に男1人なのだ。声で完全にバレているにもかかわらず白々しく逃れようとする姿勢に呆れている。
『良いニュースと人によっては良いニュースとがあるぞ』
「そんなこと言う人ほんとに居るんだ」
「そこ!沖田さんのお話をしっかり聞け!」
「めっちゃ怒るじゃん」
「日野さん沖田さんのファンだから」
『なんか良い感じのゴーグルをゲットしたからお前にやる。明日からお前有名人だぞ』
「ちょっと、その言い方したんならもうちょい心の準備させてよ。どっちから聞きたい?とかもセットで言ってよ」
『じゃあな』
「切ったし」
流石協調性のない奴らの集いである。
「ヤバくない?今の良いニュースあった?」
「ゴーグルくれるみたいだけど」
「いやこんな訳あり仮面で出てきて1日でゴーグルに変更とか恥ずかし過ぎない?」
「いやそれは………ふふ、い、いいと思う」
「何わろてんねん」
首を一樹とは反対方向にしたところで堪え切れずに笑った世高である。関西人の追撃を受けあえなく撃沈した。