退屈と胎動
※改題しました。
魔王は退屈していたーー!!
悪趣味で派手な装飾をこれでもかと施した玉座に深く腰を下ろしながら、魔王は特大の欠伸をこぼした。
まるでーーそうしているのが常であるかのように、張り付いたように深く深く腰掛けていた。
もう随分と、立ち上がっていない。
立ち上がる必要がないのだ。
魔王に挑んでくる者は、もうすっかり数を減らしてしまった。
力ですべてを支配し、自らが魔王としてーー世を統べる者として君臨したその当初は、絶対王政に異を唱える勇敢な者たちが、魔王城へ攻め込んできたものだ。
それはもう来る日も来る日もーー何度敗れようとも、彼らは立ち上がり巨悪に牙を剥いた。
今やーーそれが、どうだ。
彼らは、本当に魔王には敵わぬことを心の底で知ってしまったのかーー圧政を打ち破る夢は叶わぬことを心の底で知ってしまったのかーーすっかり魔王城へ攻め入る者はいなくなってしまった。
時折現れる挑戦者も、魔王城が抱える最強の四天王に行手を阻まれ、魔王のもとへ辿り着く前に力尽きてしまう。
もうーー誰も彼もが、情熱を失っていた。
もはや、現状を受け入れてしまったかのようにーー。
魔王が望んだ『支配』とは、こんなものではなかった。
魔王は、血湧き肉躍る闘争の中にこそ、生を見出していたのだ。
拳を振るわずして何が支配か。何が王か。
ーー魔王は、行き場のない憤りを押し殺すように、努めて厳かに座していた。
余が全力をぶつけても壊れないーー余と渡り合える勇者は、もはやこの地上にはおらぬのか……。
まだ見ぬ想い人を焦がれるような、そんな心情をぽつりと胸中に浮かべたーーそのときであった。
ーードゴォォォォォンッッ!!
何かが裂けるような轟音が、魔王の耳に飛び込んできた。
「!?」
魔王ーーたまらず弾かれたように立ち上がる。
「これは……ッ!?」
刹那ーー高鳴る鼓動。
最強の上位存在をもってしても、しかしその高鳴りを抑える術を知らずーー。
弾む心に身を任せ、魔王は駆け出した。
まるで、目当ての昆虫を目にしたときの、虫取り少年のように、それはもう勢いよく駆け出した。
そして、扉を叩き割らんほど強烈に開け、王室を飛び出したそのとき、側近の一人と出くわした。
その側近は、ちょうど王室の戸を叩き、魔王に定例の報告をせんところであった。
「ま、魔王様……どうなされたのですか」
冷酷なまでに常に冷静な側近ーーが、しかしそのときばかりは声を詰まらせた。
「……『どう』とは?」
重くのしかかるような声音で、魔王は尋ねた。
これは言葉を選ばなくてはならないーーと、冷や汗を流した側近であったが、しかし浮かんだ疑問を、どうしてもそのまま口にせずにはいられなかった。
「いえ……その、そんなに慌ててどちらへ……?」
「何……!?」
しまったーー!!
さすがに差し出がましすぎたかーー!?
魔王の逆鱗に触れたやもーーと、側近は肝を冷やしたが、魔王が気にしていたこととは、側近の無礼な態度ではなくーー、
「聞こえたであろう。地を裂く轟音が」
ぽかんとした様子で、魔王はそう言った。
これに対して、側近もまた呆けた口調で答えた。
「は、はぁ……そのような『音』は、私の耳には……」
「何ッ!?」
魔王は、信じられないという目をした。
「貴様には聞こえなかったのか!?あの『胎動』が!!余の『退屈』を討ち滅ぼす勇者が、この地に生まれおつるその音がーーッ!!」
魔王の必死の問いかけにも、やはり側近は首を傾げるほかなかった。
事実ーー魔王のいうところの『轟音』をこのとき耳にした者は、魔王を除いて誰一人としてこの魔王城にはいなかった。
ーーが!!
魔王が聞いた『それ』は、断じて空耳などではないッ!!
このとき確かに、大地は裂けていた。
このとき確かに、大地を裂く者がいた。
このとき確かに、魔王の退屈は終焉を迎えていたのだーー!!
そのときまさに!
魔王城より遥か遠くーー千里ほど離れた彼の地にて、
路上喧嘩のさなか!
津張剛の拳が!
大地を砕いた瞬間であったーーッ!!
『津張剛 VS 魔王』のゴングは、すでにこのとき鳴らされていたのであるーーッッ!!